魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第103話 聖団②

「お邪魔…しますで…ござい…います…」

 

 

 全身の力を使い、アンジェリカベアーズの扉を開きながら、その少女は言った。

 赤紫の着物を纏った華奢な体つきであったが、その胸元は豊満だった。

 腰から垂れさがる青の帯や細い肩、豊かな胸を揺らせつつ、少女は扉を開け、生じた隙間に身を滑らせるようにして室内へと入り込んだ。

 隙間からの光が絶え、再び室内には闇が降りる。

 室内の音は絶えていた。ただ一つ、入室者である少女の荒い息を除いて。

 両手を膝小僧につけ、上体を曲げて酸素を貪っている。

 その様子を、プレイアデス聖団の面々は黙って見ていた。

 

 彼女らの誰もが、先ほどの光景を信じられなかった。

 扉は高度な隠蔽魔法で隠しており、更には魔法によって、物理的な重量も数十トンは下らない重さとしていたためだ。

 それも重量は開こうとする力に対して反抗し、センチ単位で上昇するように設定されている。

 それを苦も無くとまではいかなくとも、力で押し広げるとは。

 自分たちとは根本的に性能が異なるとしか思えなかった。

 

 怪物を見る目で、プレイアデス達はその少女を見ていた。

 視線に宿る感情は、疑念に不愉快さ、そして怒り。

 だが最も色濃いものは、恐怖であった。

 

 

『殺すか』

 

『殺そう』

 

『殺す』

 

『殺しましょう』

 

『今なら』

 

『殺せる』

 

 

 プレイアデスの面々はそう思念を交わした。

 プレイアデス聖団は魔法少女システムの否定を理念として自らに課している集団である。

 故に行動は過激とはいえ、魔法少女の命は奪わない事が第一前提であった。

 

 それがその理念を放棄し、殺害一択の意思を交わしていた。

 しかしながら、魔力はまだ行使されてはいない。

 行動を抑止しているのは、殺意の衝動さえ抑えつける恐怖。

 

 

「ああ、すみません、三度目ですが…お邪魔しますでございます」

 

 

 入室より約三分、ようやく少女は顔を上げた。

 その顔は、白い仮面で覆われていた。

 目の位置には二つの穴があるが、それは黒い空洞にも黒く塗りつぶされているようにも見えた。

 少なくとも、その穴からは少女の目は伺えなかった。

 底無しの深い孔。

 見つめていれば、魂を引きずり込まれそうな。

 地獄の門。

 

 そんな思いがプレイアデス達を襲った。

 

 

「御機嫌よう、天音さん方。息災のようでなによりだ」

 

 

 サキが笑顔で語りかけた。

 舌の根の近く、舌の淵を奥歯で嚙み潰す事の痛みで強引に恐怖を拭っていた。

 乾いていた舌も血に濡れたことで滑らかさを取り戻していた。

 

 

「こちらこそ。プレイアデス聖団の方々もお元気そうで、こちらとしてもうれしい限りでございます」

 

『ねー』

 

「ねー」

 

 

 天音と呼ばれた少女からは、二つの声がした。

 一つの声は仮面の裏にあるであろう口からの肉声。もう一つは、いつの間にか左手に握られていた笛からの思念。

 嫌悪感や吐き気が顔に出ることを、プレイアデス達は必死に堪えていた。直情的な思考のみらいでさえも、それは同じであった。

 

 声を発したのは天音月夜と天音月咲。

 仮面を付けているのが月夜であり、笛の姿となっているのが月咲。プレイアデス達はそう認識している。

 故にサキは、彼女らを複数形で呼んだのだった。

 

 

「それで、今日は何用かな?自分たちに出来ることがあれば、同盟者として協力は惜しまない」

 

 

 親しみを込めて、少なくともそう聞こえるようにサキは言った。

 危険な発言であるとはサキも理解しているのだが、誰もそれを責める気はしなかった。

 何よりも危険なのは、この天音姉妹だからである。

 

 マギウス司法局。

 マギウスの理念にそぐわない行動・非行動を取った・取らなかった魔法少女らを捕獲・拷問し、粛正する懲罰部隊。

 そのリーダーが天音姉妹である。

 どう出るか、と面々は体は動かさずとも心で身構えていた。

 

 

「それは嬉しいのでございます!」

 

 

 歓喜の声と、乾いた音が響いた。後者の音は、月夜が両手を重ねた音だった。喜びに感極まったように手を合わせ、体を震わせている。

 

 

「私共は今とても困っておりまして、それは本当に助かるのでございます。他のメンバーを代表して、心からの感謝の意を表します」

 

 

 そう言って、月夜は深々と頭を下げた。

 長い丈の髪型が、頭部の後を追って波を打ち、赤い髪の先端が床へと激突した。

 その間抜けな様子と、必死ともとれる御礼の態度に、プレイアデス達は緊張の糸がわずかに緩むのを感じていた。

 

 

「ところで、他の人らはどうしてるんだい?お仕事?」

 

 

 リラックスした様子でニコが問う。気が緩んだのではなく、探りを入れる為に。

 

 

「御機嫌よう、ニコさん。実は今日は一種のレクリエーションの日なのでございます」

 

「福利厚生がしっかりしてるということだね。感心するよ」

 

 

 言葉通りの意味として、ニコは月夜の言葉を受け取らなかった。

 この連中が獲物を狩る事について、きわめて真面目に取り組んでいると知っているからだ。

 謝罪の言葉を喉が枯れるまで泣き叫ぶ相手を、自身も謝罪しながら容赦なく断罪する場面をニコは見たことがあった。

 

 

「左様でございます!」

 

 

 大きな声、叫びに至るほどの声量だった。

 笛を用いる魔法少女であるためか、体格の割に肺活量が尋常でないのだろう。

 

 

「最近は漫画の感想や考察を語り合ったりなどもしているのでございます」

 

「漫画…」

 

 

 カオルが思わず呟いた。彼女はすぐに口を閉ざしたが、失言ではないだろうと思った。

 現状、マギウスと自分たちは敵対はしていないのだから。

 これを切っ掛けに会話して仲良くなり、少しは恐怖を減らしたいという心境を誰が責められよう。

 

 

「そうなのです!対象年齢は私たちの年代よりは少し上ですが、最近私たちがハマっている格闘漫画は先の読めない展開、緻密なデッサンに昨今の事情を反映した素晴らしい内容で」

 

『月夜ちゃん!』

 

 

 言葉を遮り、笛から強い思念が発せられた。

 

 

「はひっ!?でございま」

 

『その話題はアウト!それ以上はいけないよ!』

 

「そ、そうでございました。ネタバレは厳禁でございます」

 

『…んん…そうだね。うん、そうそう』

 

 

 狼狽する月夜、不承不承という風に認める笛、もとい月咲。

 プレイアデスの中の何人かは、月咲の態度の原因が分かっている。

 その漫画には心当たりがあり、確かに滅茶苦茶な展開が練り進んでいるが、それでもここ最近の内容の危険さは口に出すのも憚られるからだ。

 あの内容で何故、普通に流通させられているのかが理解できなかった。

 一方で、これも僅かにだが天音姉妹を見る目が少し変わってきていた。

 

 片方は肉体ではないとはいえ、天音姉妹は普通の姉妹のように会話し、娯楽も享受している。

 確かに話に聞き、実際に目撃した残虐性は否定しようもないが、それは彼女らと敵対した場合のみである。

 警戒は必要だが、必要以上は不要である。

 

 彼女らは少しずつそう思いつつあった。

 思えば、自分たちも褒められた立場ではない。

 自分たちの所業を知った者がいれば、唾棄されてもおかしくはない。

 対してマギウス司法局らは、曲がりなりにも組織のため、魔法少女の秩序のために日夜戦っている。

 そこは見習うべき美点ではないか。そう思えさえした。

 

 

「ああー…ちょっと、いいかな?」

 

「それにしても『あの男』とは一体何者で…ああ、申し訳ありません。何用でしょうか、ニコさん」

 

 

 月咲と会話していた月夜はニコへと顔を向けた。相変わらず白い仮面を被っているが、好きな漫画を語る事の楽しさが仮面越しに滲んでいるような気がした。

 

 

「今日はレクリエーション、ということだけど、一体何用だったのかな?私たちが手伝えることっていうのは?」

 

「あ!申し訳ございません、遅れておりました!」

 

 

 慌てて月夜は頭を垂れた。先ほどのように長い髪が大きく揺れ、前へと大きく靡いた。

 ざっと広がった赤い髪の奥で、仮面の口元に笛が接するのがサキには見えた。

 その瞬間、彼女は肺が凍り付いたような感覚を覚えた。今まで感じたことのない悪寒であった。

 

 

「皆、下がれ!!」

 

 

 叫んだサキの後頭部を、温かい何かが触れた。

 その熱は頭部だけに留まらず、背に腰に、尻にまで達していた。

 そして彼女の鼻孔は、いや、この室内全体にある香りが漂い始めた。それはすぐに、むせ返るほどの濃度に変わった。

 足の下を、冷え行く熱が広がっていく。

 サキは前を見ていた。

 正面には月夜がいる。その隣に、金の縁取りがされた大盾が突き立っていた。

 盾の正面装甲は開け放たれていた。

 開かれた装甲の奥には闇が広がっている。闇の奥からは、男と女の悲鳴に叫びが雷雨のように鳴り響いている。

 だがそれを、プレイアデスの誰もが認識しなかった。彼女らの意識は、盾の奥の闇から伸びた無数の細い鎖に注がれていた。

 そしてもう一つ、周囲に飾られているテディベアを囲うガラスケースに反射している、背後の光景に。

 

 びょっという音が鳴ると同時に、鎖は闇の奥へと引き戻された。

 戻る寸前、その先端が生物の尾のように大きく震えた。鎖の端は、人差し指を曲げたくらいの大きさの鈎爪となっていた。

 震えと同時に、そこに付着していたものが弾き飛ばされた。

 そのいくつかがサキの体へと命中した。

 それは眼球であり、耳であり、頭皮であり、手の甲の皮であり、声帯であり、指であり、骨であり、小脳の断片であり、肝臓の欠片だった。

 人間の破片は、プレイアデスの全員に激突していた。

 彼女らはよろめきもせず、いや、できずに肉片を受け止めた。その材料となった一人を除いて。

 

 

「……さ、とみ…?」

 

 

 カオルが震えながら口を開いた。血飛沫と肉片にまみれたガラスケースには、轢死体のような何かが反射していた。

 仰向けに倒れ、体の正面の皮膚と肉をはぎ取られ、骨と内臓と脳髄を露出している人体が見えた。

 考えるまでもなかった。一瞬で展開された鈎付きの鎖が里美の全身に突き立ち、悲鳴を上げる前に引かれ、全身を無惨に引き裂いたのだった。

 その有様は、まるで。

 

 

「あーあ、まるで雨の日に轢かれたカエルさんみたい」

 

 

 いつの間にか、盾の隣には紫色の髪の少女が立っていた。

 

 

「あんまり見ちゃダメだよ、スズネちゃん。御飯がマズくなっちゃうから」

 

 

 露出の高いドレスを纏った少女は、傍らの小柄な銀髪の少女へと語りかけた。

 「マリトッツォ」というプリントがされたシャツを纏い、短パンを履いた少女だった。その眼はうつろであり、口からは水でも吐いているかのように大量の唾液が垂れている。

 その首には刺だらけの首輪が嵌められ、首輪から伸びた鎖の端は紫髪の少女の手に握られていた。

 

 

「…はぁ!?」

 

 

 みらいが顔の血肉を拭いもせずに叫ぶ。

 既に大剣を握り、切っ先を天音姉妹へと向けている。

 その剣が、握っている腕ごと背後へと吹き飛ばされたのは次の瞬間だった。

 

 

「がぁっ!?」

 

「ぐ…!」

 

 

 二つの苦鳴。一つはみらいであり、もう一つはカオルであった。

 カオルは右腕を抑え、膝をついていた。左手で抑えられた右腕は、血が噴き出す場所の周囲が金属の光沢で輝いていた。

 彼女の魔法、カピターノ・ポテンザによる肉体の硬化によるものである。

 離れた手の奥では、腕が断裂寸前になるほどに、肘の肉が大きく抉れているのが見えた。

 ニコはカオルとみらいへと治癒魔法を放ち、原因を探した。すぐに見つかった。

 

 月夜の背後、猟師風の衣装を纏った仮面の少女がいた。携えた猟銃の銃口からは一筋の煙が立ち昇っている。

 その隣には、銀の衣装の銀髪少女が寄り添うように立っている。

 よく見れば、その二人は手を繋いでいるようだった。

 

 

「さて、遅くなりましたが質問に応えさせていただくでございます」

 

 

 月夜は丁寧に詫びつつ言葉を紡いだ。

 だがそれは、応答が遅れた事についての謝罪であった。

 

 

「貴女方へのお願いなのですが、貴女方には我々の糧となっていただきたく思います」

 

 

 とても真摯に、丁寧に、心を込めて月夜は言った。

 

 

『ウチ…私からもお願いします。プレイアデス聖団の力が、どうしても必要なの』

 

 

 月咲もまた、片割れと同じ気持ちを込めてそう言った。

 

 

「そうそう、そういうことってわけ」

 

 

 二人とは対照的に、紫の少女は頭を下げつつぞんざいな言葉使いだった。

 

 

「あとうっさい。ちょっとお黙りよ」

 

 

 そう言って、彼女は展開されていた盾の装甲を蹴った。

 盾が閉じ、同時に中から響いてくる悲鳴も絶えた。

 

 

「じゃ、そういうことだから」

 

「華々莉さん、そういう態度は失礼でございます」

 

『そうそう!礼儀礼節は大事だよ!』

 

「はいはーい。反省してまーす」

 

 

 カガリと呼ばれた少女は深々と頭を下げた。しかし下げた先で、彼女はプレイアデス達をそっと見上げていた。

 そして声には出さずに口を動かした。

 

 

コノ

 

ヒトデナシドモ

 

 

相手に見えるように、彼女はそう言っていた。

それはプレイアデス達の胸に疼痛を与える言葉だった。先手を打たれ、負傷者を出したこともあるが、彼女らは反撃に移れなかった。

 

 

「それでは、大変お待たせいたしました」

 

 

 重ね重ね申し訳ありませんと、月夜は言った。

 そしてプレイアデスではなく、背後と傍らの同胞らへと顔を向けた。

 

 

「それでは、本日も張り切って参りましょう!」

 

『みんな、無茶はしないでね!』

 

 

 指導者二人の声にカガリは「はいはい」と答え、大盾の少女は盾の裏で頷いた。

 スズネはうつろな視線のままの呆けた表情であり、残る二人は頷きすらしなかった。

 ただ銀髪の少女は、猟師の少女の手をより強く握ったようだった。

 

 

「ではプレイアデスの皆々様!僭越ながら、我々が存分にお相手させていただくのでございます!手加減のお気遣いは無用でございます!」

 

 

 誇り高い意志を携え、天音月夜は高らかに叫んだ。

 

 

「狂ってやがる」

 

 

 ぼそりとニコは呟いた。

 その呟きを塗りつぶすが如く、熱線と雷撃が空間に轟く。

 

 プレイアデス聖団と、マギウス司法局。

 光と爆風の中、双方の魔法少女らが激突した。


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