魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第100話 闇が燃え行く中で

 そこは薄暗さに満ちた場所だった。

 その中で、赤々と燃え盛る炎があった。

 焚火程度の大きさの炎を挟んで、二人の少女が体育すわりをして向き合っている。

 向き合っていると言ったが、両者の視線は炎に向かっていた。

 その真紅と黄水晶の視線が交わるよりも先に、真紅の少女が口を開いた。

 

 

「漸くひと段落着いたか」

 

 

 佐倉杏子の声は、拭い難い疲労感に満ちていた。

 

 

「そうなるかな。指揮やら段取りやら、色々とお疲れ。君をちょっと見直したよ」

 

 

 黄水晶の瞳を炎から前へと移しながら呉キリカは言った。

 炎に照らされた美しい顔には、普段の自然体な嘲弄さと少しの敬意の色が見えた。

 二人の魔法少女は共に普段の私服姿となっていた。

 この服を着るのも久々な気がすると、二人は口にはしないが同じ事を思っていた。

 

 

「一応これでも年長者らしいからな。ま、イキりたかったんだろうさ」

 

「素直でよろしい。君がそれでいいんならそれでいいさ」

 

 

 キリカの言葉に杏子は小さく鼻を鳴らした。

 慰めや労りで返されたら反論をしていたのだろうが、同意されたとなると返事に詰まる。

 しばしの間、火が燃える音だけが続いた。

 当然の事象ではあるが、時間の経過に連れて可燃物は消耗し、火の勢いと大きさは低下してゆく。

 

 

「おっと、そろそろ火種を追加しないと」

 

 

 キリカは傍らへと繊手を伸ばす。

 美しい手が何かを摘まむ。

 

 

「ほいっとな」

 

 

 眼の前にある炎へと直接くべず、キリカはそれを放り投げた。

 魔法少女の剛力によって高々と飛び上がり、やがて落下し炎の中へと墜落した。

 

 無数の火花を上げて炎の中に投ぜられたのは、黒い衣装を纏った少女の上半身。

 顔の輪郭も目鼻立も唇も、形を構成する全てが美の結晶のような美しさを放っている。

 その形は、呉キリカに酷似、どころか全くとして同じ形をしていた。

 それが炎によって焙られ、焦げて燃えていく。

 

 

「これが本当の荼毘に付したよ、というヤツだな」

 

 

 炎によってじわじわと燃えていく自分の姿を、氷点下の永久凍土のような瞳で見ながらキリカは吐き捨てた。

 形が崩壊する様ですら、呉キリカは美しかった。

 

 

「一応説明しておくとだね」

 

 

 キリカの言葉に杏子は頷いた。

 彼女曰くの「説明」を、杏子は既に十回は聞いている。

 最初の時は一応仲間だからと話を許可した。

 二回目はもう聞いたと言ったが無視された。

 それ以降はもう諦めているので許可し続けた。

 だがキリカがこれから語る話には、全くとして慣れなかった。

 

 

「これらはあのクソゲス腐れ緑女の作品集だよ」

 

 

 炎が靡き、キリカの背後を照らす。

 彼女の背後には、高々と積み上げられた人体があった。

 その全ては、呉キリカの姿をしていた。

 普段の魔法少女衣装を着たもの、夏の制服のような私服姿のもの、猫耳の意匠が施されたニット帽を被った冬服姿のものなどのキリカ達がそこにいた。

 全てが安らかな表情を浮かべて眼を閉じている。

 作品というからには造形物であるのだろうが、無機物で作ったとは思えない精巧さだった。

 なので、つまり。

 

 

「あの女は、私から剥ぎ取った血と肉と骨で私を再構成したのさ。そこに置いてあるのは」

 

 

 キリカはそこで口を閉ざした。炎に照らされるキリカの顔には、背後に積み上げられた複製達の浮かべたそれとは相反する安らぎとは無縁の苦痛に満ちた表情が浮かんでいる。

 

 

「あいつの、夜のお友達なんだってさ」

 

「………」

 

 

 杏子は無言を貫いた。

 それは初めて聞く言葉であり、そして聞きたくも無い事柄であった。

 

 

「あの女がこれを使って何をしてたのかは………知りたくも無いけどなんとなく分かるんだ。匂いとかで」

 

 

 嫌悪感が滲むキリカの小さな声に、落下音が覆い被さる。

 彼女曰くの「アリナの夜のお友達」を、まとめて三体炎に放り込んだのだった。

 先にくべられていたものと同じく、美しく崩壊しながら三体のキリカが燃えていく。

 

 

「多分これ、あれだ。ピンセットで少しずつ、少しずつ私から剥ぎ取っていったのでつくったやつだよ。あれはしんどかったな」

 

「……」

 

 

 杏子は無言である。叫びたくなる気持ちを必死に抑え、キリカの話を聞いている。

 

 

「あ、その顔」

 

「…んだよ。別にビビっちゃいねぇよ」

 

 

 言った後で杏子は無駄な一言だったと後悔した。

 キリカは僅かに微笑んだが、それについての言及は無かった。 

 杏子としては何か言ってくれた方が、リアルファイトへの口火となり会話を終わらせられるので歓迎していたのだが。

 キリカはそれも見越したらしい。相性の悪い二人であった。

 

 

「これだけの数をそんなクソ丁寧でちんたらとした方法で素材集めして作ったんなら、時間が幾らあっても足りないと思ったでしょ」

 

「…ああ、そういえば」

 

 

 少し落ち着いて考えると、確かに妙だった。

 一度に採取できる素材はミリ単位の大きさで、それも丁寧に行ったと被害者本人が言っている。

 確かに途方も無い時間が掛かるのは明らかであるが、作品の数は数十体を超えている。

 

 

「そこがあのクソ女の厄介なとこでね。あいつの魔法は結界生成ってのは言ったよね」

 

「ああ」

 

 

 杏子は頷く。実際、今二人がいる空間はアリナが生成した異界であり、現世ではキリカの部屋の中である。

 

 

「あいつ、私を解体する中で私の魔法を解析しちゃってさぁ」

 

 

 そこまで聞いて察しがついた。杏子の背骨を怖気が貫く。

 思わず浮かんだ恐怖の表情から、キリカも杏子が気付いたことを察した。

 

 

「うん、そう。時間の概念が希薄な世界を作って、その中で延々と私を壊し続けたんだよ。どのくらいの時間かは…想像にお任せするよ」

 

 

 杏子は言葉を返せなかった。

 普段のキリカなら、経過した時間や破壊された回数を正確に答えるだろう。

 膨大な数を突き付ける事で、聞き手の心に傷を刻むために。

 それをキリカは放棄している。どれだけの数の凌辱と時間が経過したのか、杏子には想像もつかず、そして考えたくも無かった。

 

 

「それで」

 

 

 恐怖から逃げる為、杏子は言葉を紡ぐ。

 意思の矛先は、自身の依存の対象であった。

 だが口を開きながら、それは自身を傷付ける諸刃の刃である事も察していた。

 

 

「あいつは今、そんなクソゲス女と一緒にいるって事だよな」

 

 

 頷き、かけてキリカは動作を止めた。

 認めたくは無く、認めてはならず、しかしそれは事実以外の何物でもないと分かっていた。

 自らから作り出された美しき複製達が焼けていくのを、キリカは黄水晶の瞳で眺めていた。

 火花が爆ぜる音が、解体の最中で聞こえた、あの女の哄笑と嬌声に聞こえてならなかった。

 

 

 

 

 


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