魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第99話 現在②

 荒い息が吐き続けられる。肺はそれ自体が炎と化したような熱を帯び、心臓は今にも破裂しそうなほどに脈動している。

 全身に刻まれた傷からは鼓動の度に血が溢れ、既に幾重にも塗り重ねられた血の層の上を新たな鮮血で濡らす。

 その血の流出と荒い呼吸は、十に達する前に平静に戻った。

 痛みは消えておらず、傷も塞がっていない。ただ、戦いに邪魔だからと精神力で肉体を御しきったのだった。

 

 

「待たせた」

 

 

 ナガレは言った。手に持つ斧槍は無数の傷が入っていた。

 刃の部分は大半が潰れており、錆が浮いていない事を除けば古代の遺跡から発掘された遺物にさえ見える。

 柄を握る指も切断こそされていないが、指の腹や手の甲の肉が大きく抉れている。まるで肉食動物の牙に貪り食われたかのように。

 

 左眼は斬撃で喪い、残っているのは右眼だけ。

 黒く渦巻く視線の先には、黒い衣装を纏った環いろはが立っている。

 満身創痍の彼と異なり、彼女の衣装や身体には一か所の傷や汚れも無い。

 俯いていたいろはは顔を上げ、彼を見た。

 美しい顔の中、双眸だけは無数の粒が連なった昆虫の複眼という異形であった。

 本来の瞳と同じく桃色の輝きを持っている無数の眼球で、いろはもまた彼を見た。

 そして頷いた、と見えた瞬間に二人の姿が消えた。

 

 それ自体が鋭利な刃物のような鋭い金属音と火花が咲き乱れた。

 平坦な場所がほぼ無くなった地面の上で、上空で、異界の至る所で。

 それは一面に咲く桜から、一斉に花弁が散ったかのような光景だった。

 

 背中から黒い翼を生やして飛翔するナガレに対し、魔力を帯びた外套を翼として宙を舞う環いろはが無数の光の矢を放つ。

 飛翔の最中に斧槍が振られ、桃色の光を断ち強引に進路を確保する。

 瞬く間に間合いへと迫り、互いの刃同士が激突する。

 飛行しながら、一秒間に数百回も刃が交差する。

 

 接近戦の最中、桃色の濁流が翻った。

 それは環いろはの毛髪だった。腰のあたりまでの長さの髪は、一瞬にして五メートルも伸びた。

 ナガレの斧槍はいろはの剛力が乗せられた短剣を受け流したばかりで対処が間に合わない。

 迫る桃色の濁流を、ナガレは左手で掴んだ。

 その瞬間に鮮血が散った。

 いろはの髪は、一本一本が鋭利な刃と化していた。

 髪の先端は針と化しており、それが触れたナガレの手は肉を切られて貫かれた。

 だが左手を貫通して彼の首へと向かったそれは、彼の右眼の寸前で停止した。

 黒く渦巻く瞳の先には、血の滴る桃色の髪の毛の先端があった。

 

 血で濡れても美しい色彩のそれを、彼の左手は肉を抉られつつも骨で固定することで強引に止めていた。

 押すか引くか、環いろはが一瞬停滞したのは行動を選択する迷いと彼の取った行動への困惑もあったのだろう。

 その刹那の間に彼は左手を力強く引き、いろはを間合いへと手繰り寄せていた。

 

 いろはが斬撃を見舞う前に、その身体に数十発の殴打と蹴りが叩き込まれた。

 胸や腹は大きく陥没し、上顎には髪の毛を掴んだままのナガレの左拳が突き込まれた。

 左手を切り裂きつつ髪が抜け、いろはは地面へと墜落していった。

 それをナガレは追い、いろはも反転して彼へと向かう。

 再び刃と拳が交差し、血と肉が散る。

 

 今繰り出している斬撃を囮にし、さらに次、さらに次の斬撃で相手を仕留める、というのも囮であり、数十数百手先の刃の交差を見据えた攻防が繰り返される。

 そしてもつれ合いながら地面へと落下し、轟音が鳴り響く。

 異界の地面の破片と粉塵を貫き、二人は距離を取って対峙する。

 これまでの凄まじい戦闘で要した時間は、ナガレが声を掛けてからいろはが応ずるまでから数えて僅かに二分程度。

 

 その二分の間に、異界の地面は皮を剥かれたように至る所の表面が捲れ上がっていた。

 高熱と爆風を伴っての、音速を越えた戦闘の結果である。

 破壊の中央には対峙するナガレといろはの姿があった。

 ナガレの背からは黒翼が消え失せていた。黒い魔力の残滓が、背中の抉れた傷口から立ち昇っている。

 応急処置で閉ざした傷口からも再び出血が始まり、全身を染める紅は更に色を濃くしていた。

 

 対して、粉塵の先に立つ環いろはは全くの無傷。

 衣服に乱れも無く、粉塵や破片の汚れすらない。

 打撲の痕跡も皆無であり、体表を覆うタイツの下には艶やかな皮膚が見えた。

 

 

「がふっ」

 

 

 ナガレは口から血塊を吐いた。

 それは鮮血ではなく、黒々とした毒々しい色の血であった。

 斬撃に乗せられた魔力によって、赤血球が破壊されていたのだった。

 続いて二つ三つと血を吐き、彼の身体が前へと崩れる。

 斧槍を杖にして転倒を防ぐ。そして血を吐きながらも彼の視線は前方から、環いろはから一瞬たりとも離れない。

 吐きかけた血を飲みこみ、彼はこう言った。

 

 

「しんどいな。お互いによ」

 

 

 言い終えた時、環いろはは地面を蹴って跳んでいた。

 振りかぶられた右手には短剣が握られている。

 一瞬の後には、斬撃は終わっていただろう。

 彼の首は宙を舞い、それで終焉となる筈だった。

 だが放たれた一閃は半円を描く前に止まった。

 空中でいろはは痙攣し、地面へと落下した。

 

 即座に立ち上がったが、身体は大きくふらついていた。

 対するナガレも回復しておらず、追撃には移れない。

 右手で短剣を握り締めたまま、左手でいろはは頬に触れた。

 指先が触れた時、艶やかな皮膚に異変が生じた。

 割れたガラスのようにぴしりとヒビが入るや、皮膚は乾いた粘土の如く剥離した。

 左頬から顎先までの皮膚が、一気に崩壊しその中身を晒した。

 

 そこには本来、肉の筋が走っている筈だった。

 だがそこにあったのは、無数の白い蠢きだった。

 腐肉に群がる蛆虫のように、小さな者達が環いろはの肉の下に、いや、それらが肉を模倣して集っていた。

 形状をつぶさに観察したら、それは蚕蛾の幼虫に酷似している事が伺えただろう。

 その幼虫たちは、細い身体を激しく捩っていた。

 捩じられた白い体表が引き裂け、赤い粘液を撒き散らして落下する。

 破壊された幼虫の奥から、無事な幼虫たちが溢れて欠損を補う。

 

 だがすぐにそれらも同様に苦しみ、赤い粘液を散らして死んでいく。

 環いろはに巣くう、イブという存在。

 それは彼女に無尽蔵の再生能力を与え、如何なる負傷も一瞬にして治癒していた。

 だがその仕組み自体が、ナガレによって破壊されていた。

 内側へと浸透するように放った殴打や斬撃により、イブは苛まれ切っていた。

 今の環いろはの肉体の主導権はイブにあり、無数の蚕の幼虫の姿を取ったイブ達は自らの生命の維持に危機を抱いていた。

 恐怖と報復心に突き動かされ、環いろはは再び斬撃を見舞った。

 水平の横薙ぎが少年の姿を切り裂いた、と見えた途端、彼女の右頬に激烈な殴打が見舞われた。

 杖としていた斧槍を基点としてナガレは跳躍し、上空から反撃の一撃を見舞っていたのだった。

 

 頬は陥没し、皮膚は引き裂け内側のものが露出する。

 そこもまた、無数の幼虫で満ちていた。

 皮膚という名の檻を壊され、一斉に幼虫たちが宙に舞う。

 宙を舞いつつ互いの身を絡め、一つの形を成した。

 それは、先端に無数の牙を備えた管蟲だった。外見的には、ヤツメウナギに近い。

 それが攻撃者であるナガレの首に噛み付いた。

 悲鳴が上がった。管蟲の口から、喘鳴のような息が漏れた。

 喉を牙が抉った瞬間、ナガレは管蟲の身体を万力の如く力で握り締めていた。

 一瞬遅ければ、身を捩った管蟲によって彼の首は胴体から千切り離されていただろう。

 

 握り締めた左手に更に力を籠め、ナガレはいろはの体内から溢れた管蟲を引きずり出した。

 環いろはという存在一人分の質量を引き出したあたりで、管蟲の身体は千切れた。

 全て引き摺り出したのではなく、自切したというのを彼は悟った。

 いろはの顔の内側の奥には、まだ無数の蠢きが存在している。

 それが指し示す事としては、環いろはという存在は無数の群体によって構成される異形という事である。

 言うなれば彼女自身が、イブという存在の巣であるとも言えるのだろう。

 そしてその巣は、ナガレと大勢の魔法少女達の苛烈な攻撃によって崩壊の危機に瀕していた。

 

 顔以外の部分、手や脚、タイツに覆われた腹部も皮膚が剥離し蠢く者達が露出し始めた。

 傷は塞がる気配が無く、幼虫たちは血膿を弾けさせながら潰れていく。

 いろはの肉体を乗っ取っているイブの意思は、逃走か戦闘の継続のどちらかを迷った。

 その最中、無数の瞳を有する眼球に、黒銀の刃を持つ斧槍の先端が映った。

 

 

「来い」

 

 

 刃よりも鋭く槍よりも凄愴な表情をしたナガレの、決着を望む一言だった。

 笑っているのでもなく、悲しんでいるのでも、同情しているのでもない。

 ただ一瞬の最中に永劫を思わせる生死の交差の中で生きる、修羅が持つ虚無の表情があった。

 頷きの代わりに、環いろは≒イブは剣戟と光の矢で応えた。

 

 

 

 

 

 

 


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