魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「環さんっ!!」
目覚めた黒江が真っ先に行ったのは、主君の名を叫ぶ事であった。
「あ、気付かれましたか」
上半身を跳ね起こさせた黒江の傍らには、縦膝を着いて座る黒の姿があった。
魔法少女服を着ているが、肌の部分が見えないくらいに包帯を纏っている。
「まずは落ち着いてください。黒江さんは」
「おぇええ!?」
黒の言葉を聞いている最中、黒江の口からは吐しゃ物が吐き出された。
赤交じりの黄色い液体は、血が滲んだ胃液であった。
「環さんに上半身を粉砕されて、今作り直し終えたばかりですので」
黒江の脳内に黒江の言葉が響く。
言葉の意味は分からず、ただ音が頭の中で反響する。
出来たばかりの脳は上手く動いておらず、鼻孔から感じる生臭さと思考が神経を伝わり脳内を伝播する際にも激痛が走る。
あらゆる感覚が未体験のそれであり、外界からの刺激が全て苦痛として受け取られる。
ソウルジェムが輝き、次第に痛みが治まっていく。脳と魂の同期が完了したのだった。
それでもまだ、痛みは引かない。
「まだお辛いでしょうから、段階的に優先順位の低い順からお伝えします。まず今週の龍継ぐでは過去最悪レベルの愚弄を超えた愚弄事案が発生しました。説明するのも憚られますので、ご自身で雑誌を買って読んでください」
「おぼろぇえええっ!」
黒の両肩に手を掛けつつ、黒江は胃液を吐いた。少し背後へと引いて、黒は吐しゃ物を回避した。
「だから落ち着いてくださいってば」
狂乱する黒江の手には魔法少女の剛力が加わっていたが、黒の身体は小動もしない。
恐らくだが、前者より後者の方が強いのだろう。
「ここはアリナ・グレイが造った結界の中です。戦闘不能に陥った魔法少女らは自動的にここに転移させられるみたいですね。猿空間ならぬアリナ空間とでも言いましょうか」
肩に乗っている黒江の手を取り、彼女を引きずりながら黒は後退していく。
新しい肉体に慣れてきた黒江の耳に、幾つもの音が聞こえた。
「現状を説明するよりも、見た方が早いでしょう」
身体をくるっと回転させられる黒江。その先には、地面に座る大勢の羽根達がいた。
彼女らも肉体の再生中であり、手足を繋いだばかりなのか関節の部分には朱色に染まった包帯が見える。
それでも行儀よく体育座りをし、首を上に傾げてある一点を見据えている。
それは空中に発生した、巨大なスクリーンであった。
そして、そこに映っているのは。
黒い濁流の如く、破壊された赤血球によりどす黒く染まった血を噴き出しながら、少女の肉体が地面に落下した。
落下する前にそれは緑色の髪の少女へと激突し、彼女もまた地面に激突させていた。
胸に大穴が空いたアリナは変身が解け、不審者然とした黒コート姿となって気絶している。
茫然とした表情でアリナの身体を抱えた緑髪の少女も、数秒後に意識を失った。
ここしばらくの間に遭遇した惨劇と悲劇の連続に、精神が耐え切れなくなったのである。
ある光景を目撃したことが、彼女の精神へのトドメとなった。
そしてその時、こことは違う場所で叫びが上がった。
『環さん!!』
魂が千々と砕けたような叫びを黒江が上げた。
桃色の髪を、白い肌を、そして肉と骨を黒銀の斧槍が断ち割っていた。
環いろはの両手は既に断面から血を噴き出しつつ宙を舞っており、そこに新たな鮮血が合流する。
だが斧の侵攻は、頭頂から鼻筋の中央までで止まっていた。
傷口の断面から伸びた無数の鋭角が刃に噛み付き、喰い止めていた。
切り裂かれた傷は、肉の内側に無数の牙を有した異形の口となっていた。
環いろはの本来の口は薄く開いたままであったが、新たに生じた縦長の口は異形ながらに笑みを浮かべているように見えた。
次の瞬間、朱色の霧が世界を染めた。
斧を咥えた頭部が斧を喰い千切らんとして高速で動き、斧の主を振り回す。
血の霧を突き破り、一人の少年が上空に吹き飛ばされた。
血霧に触れた事で、彼の全身は朱に染まっている。
だが触れる前から既に、彼の身体は鮮血に彩られていた。
軽く動かすだけで全身に激痛が走り、その苦痛は常人ならば死ぬか狂うかのどちらかしかないだろう。
「まだまだァ!!」
その状態で彼は叫び、斧槍を振った。
斧の刃が桃色の光を切り裂き、微細な光へと変えていた。
血と光に包まれた彼の背で、黒い翼が翻る。
そして地上から、血の霧を貫き無数の光が放たれた。地表に太陽が発生したかの如く、煌々とした輝きが彼の視界を染め上げる。
「やるじゃないか」
口角が僅かに吊り上がった直後、彼は翼を羽搏かせた。
黒い流星と化し、無数の光の感隙を縫って下降する。
瞬き一つするよりも早く地上に至り、同時に斬撃が放たれていた。
激しい金属音が鳴り響く。
縦ではなく横薙ぎの一閃は、右手に握られた手のひらほどのサイズの短剣と、左手首に装着されたボウガンによって受け止められていた。
一瞬の硬直の後、双方の得物は離れた。そして間髪入れずに刃の交錯が開始された。
取り回しのしにくい筈の長大な斧槍の剣捌きは短剣に全く劣らず、小さな刃の威力は巨大な斧に匹敵していた。
斬撃の交差の最中、環いろははボウガンから魔矢を放つ。片手で斧槍を振り回しつつ、ナガレは残る左手の甲で矢の側面を殴打し軌道を逸らす。
虚しく流れた矢が地面に触れ、高熱と爆風を撒き散らす。
一刻たりとも戦闘は止まず、更に激しさを増していく。