魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第97話 希望を探して

 夜空には黒々とした曇天が広がり、激しい雨が降り続ける。

 路地裏を駆け抜ける風は強く、横薙ぎの雨と強風が華奢な身体を打ち据えた。

 古びたビルの壁面が連なる、不景気さに満ちた路地裏からは街の雑踏も遠かった。

 しかしこのとき、夏目かこは外部の音を認識していなかった。

 

 

「なんで」

 

 

 雨に濡れた唇が言葉を紡ぐ。

 

 

「どうして」

 

 

 魔法少女服のまま、身体の右半身を壁面に寄せ、布と肌を引きずりながらかこは進む。

 口からはひたすらに、「なんで」「どうして」という疑問と答えを求める言葉だけが滔々と漏れる。

 そして思考の中では、過去の事象が繰り返し脳内で反響していた。

 

 ある時、チームのリーダーである常盤ななかが行方不明になった。

 とある筋から足取りを掴み、神浜監獄へと赴いた。

 その結果として、かこは仲間を喪った。

 他ならぬ常盤ななかの手によって、純美雨と志伸あきらは肉体を破壊された。

 髪も衣装も本来とは異なる青い輝きに染まった常盤ななかは、かこの知るななかであり、そしてまるで別物だった。

 

 何の罪悪感も疑問も無く、彼女はかけがえのない仲間である筈の二人を無惨に破壊したのだった

 あきらは上下半身を両断された挙句に、分かたれた肉体を打撃武器にされた。

 顔の左右からあきらの身体を用いた打撃を受けた美雨の頭部は崩壊し、頭蓋骨と脳漿と血肉を散らした。

 あきらの肉体も背骨と足の一部を除いて完全に砕け散った。

 数十分前の光景は、時間経過の少なさもあって今でも鮮明に脳裏に刻まれている。

 酸鼻な状況の中、常盤ななかは人形のように微笑んでいた。

 

 

「……ななかさん」

 

 

 かこの呟きは、哀切さに満ちていた。

 あきらと美雨によって撃ち込まれた弾丸をかこが炸裂させた際、ななかは一瞬だけ元のななかの姿となっていた。

 そして神浜監獄からかこを逃がしたのもななかであった。

 

 

「ぅうう……!」

 

 

 脳裏を過る凄惨な記憶。

 小さな唸り声を上げ、かこは右拳を振り上げた。

 壁に叩きつける、寸前で拳は止まった。

 手を止めたまま、かこもまた動きを止めていた。

 そのまま一分ほど、彼女は動かなかった。

 やがてゆっくりと体勢を戻し、大きく息を吐いた。

 物に当ることへの無意味さと、暴力への忌避感が彼女の行動を抑制していた。

 一時灼熱していた思考が虚無感により急速に冷え、それが功を奏したのか心臓が破裂しそうなくらいに高鳴っていた鼓動は、胸が痛む程度の動悸へと収まった。

 

 

「………」

 

 

 頭に当たる雨が額を伝い、瞼を過って鼻筋に沿って流れ、細い顎から地面に滴る。

 雨水と涙で目を濡らしながら、かこは路地裏の先を見ていた。

 薄闇が蟠るその場所に、かつて見た光景がダブって見えた。

 

 

 あれは、一月ほど前だろうか。

 かこは神浜の街の路地裏を歩いていた。

 彼女の先には志伸あきらと純美雨がいた。全員が魔法少女に変身しており、手には武具を携えていた。

 魔力も十二分に溜まっており、何時でも各々の必殺技が放てる状態になっている。

 時刻も月の光の少ない夜であり、今との違いは雨が降ってるか否かの違いであった。

 

 ある存在から連絡を受け、一同は指定された場所に赴いたのだった。

 その相手に対し、全員が警戒心を抱いていた。

 幾ら抱いても足りないほどに、その存在は危険極まりなかった。

 

 先行する二人がぴたりと足を止めた。

 二人の背を見つつ、かこも歩みを止める。

 先を見つめるあきらと美雨の横顔をかこは見た。

 そこにあったのは、複雑な表情、としか言いようのない怪訝さで満ちた二人の顔だった。

 続けてかこも前を見る。彼女もまた同じ表情となった。

 距離にして十メートルほど先、指定された場所にそれはいた。

 歩いている最中は気付かなかったが、それだけ接近して漸く分かった。

 その存在は、闇色の衣装を纏っていた為に。

 

 

「welcome!」

 

 

 茫然としている面々へと、快活な少女の声が投げ掛けられた。

 韻を踏まれたウェルカムの発音は、音の一つ一つに濁音が入れられた様な趣があった。

 革製のフード付きのローブはその者の手首あたりまでを覆っている。

 横長のテーブルに両手を付き、その存在は三人を待っていた。

 

 あきらと美雨は互いに視線を交わしていた。

 その際に

 

 

『狂ったのかな』

 

『それは元からネ。でもなんか違う気がするヨ』

 

 

 という思念が交わされていた。

 申し訳ないと思いつつ、かこも同じ気分を抱いていた。

 思念を交えつつ、三人は改めて周囲を見渡した。

 歩いていく際も警戒は怠らなかったが、要人に越したことはない。

 その結果、魔法少女は自分達と眼の前を除いて周囲にはいない事が分かった。

 

 

「来てくれて、どうも感謝なんですケド」

 

 

 ローブ姿の少女は頭を深々と下げてそう言った。

 ローブの端からは、緑色の前髪と黄色の横髪が見えた。

 声、口調、髪の色と、ローブで身体を覆っていてもその存在は特徴的に過ぎた。

 

 その後、美雨とあきらとその存在は幾つかの言葉を交わした。

 戦闘に発展する事も想定していたが、幸いにしてそうはならなかった。

 美雨が挑発的な、そして皮肉気な言葉を告げても相手は自分の非を認めて反論をしなかった。

 何か裏があるのではと更に責め立てる美雨を、遂にはあきらが諫める場面もあった。

 

 やがてその存在は、こう切り出した。

 

 

「率直に言うんだけど、ユー達をスカウトしに来たんだヨネ」

 

 

 少女の声は涙声だった。鼻水を啜る音が声に続いた。

 その後、二人と少女の間で幾つかの言葉が交わされた。

 結果として、三人は所属する組織を抜けはしなかった。

 懲罰部隊への恐れはあったが、行方不明のリーダーを探すには今のままがいいという判断からだった。

 相手はそれに対して理解を示し、

 

 

「常盤ななか、早く見つかるとイイネ…」

 

 

 と、哀切な言葉を漏らした。

 最後に少女は、三枚の紙を渡した。

 名刺サイズのそれには、複雑な紋様が描かれていた。

 異形じみていたが、それは確かに美しかった。

 

 

「ソレを使えば、私の結界にすぐ行けるんだヨネ。もしも困ったり、その気になってくれた時はいつでも使ってプリーズ」

 

 

 美雨とあきらは迷っていた。信頼すべきか否か。

 そうしている間に、差し出されたうちの一枚が引かれた。それを引いたのはかこであった。

 三人は顔を見合わせる。かこは複雑そうな表情ながらに微笑み、二人は苦々しさを感じながらも頷いた。

 一枚だけは持っておこう。そういう結論に至ったのだった。

 美雨とあきらはかこ一人に重荷を背負わせたと感じていた。

 一方のかこはと言えば、狂人との交渉と会話を任せた事の負い目があった。

 この三人は何時でも互いを気遣う、理想的な集団であった。

 

 その様子を察したのか、札を渡した当の本人はローブの内側の眼を手の裾で拭っていた。

 

 

「美しい友情に感動しているんだヨネ…」

 

 

 その声には誰もが気付かないフリをしたが、全員がこいつは本当にあの狂人なのかと勘繰っていた。

 それから程なくして、会合は終わり三人はその場を離れた。

 距離を開けてから振り向くと、手を振って見送りをしている様子が見えた。

 元の異常者からの変貌が激しすぎて、却って不気味な気分になったのをかこはよく覚えている。

 

 手を振り続ける変態の姿が消えていき、やがて元の景色へと変わった。

 記憶の世界から現実へと戻った事を知らせるように、一層激しさを増した雨が音と衝撃でかこを打ち据えた。

 かこはしばし眼を閉じ、そして決心した。

 得物である栞の槍を呼び出し、握る。

 そして懐から取り出した一枚の札を放り投げる。

 精緻で奇怪な、されど美しい紋様を刻まれた札には「Alina Glay」という署名が見えた。

 毒々しい緑色に輝くそれを、瑞々しい緑の光に満ちた槍穂が貫いた。

 

 緑と緑が触れたその途端、札は鞠のように膨らみ弾けた。

 光が上下左右に広がり、路地裏を光が埋め尽くす。

 光の奔流は一瞬で消え去り、後には元の闇に満ちた景色が残った。

 そこに緑髪の少女の姿は無く、ただ無数の雨が地面を打つ音だけが響いていた。

 

 

 緑の光が視界を染め上げている。

 その中で夏目かこは考えていた。

 

 

「私が」

 

 

 思考はそのまま口から漏れた。

 

 

「私が、なんとかしないと……!」

 

 

 たどたどしいが、力強い口調でもあった。

 あの変態、アリナ・グレイへの不信感は強いが、それでも今は助けになってくれることを信じるしかない。

 魔法少女記録の共同執筆者も、立場的には中立だと言うが事情を話せば力になってくれるに違いない。

 そして、不安に染まりそうになる心を輝く桃色の髪の少女の存在が喰い止めていた。

 あの人なら、マギウスを離反した、マギウスの創始者であるあの人なら。

 今は何処にいるのか分からないが、マギウスと敵対している元マギウスの変態なら何か知っているかもしれない。

 誠に不本意で信じがたいが、あの変態はかこの希望となっていた。

 

 やがて緑の光が消えた。

 泥を踏んでいた足は、硬い地面の感触を捉えた。

 少し遅れて、視界も緑の光のそれから実体へと変化していく。

 その時だった。

 

 

「あぐっ!?」

 

 

 胸に鈍痛が走り、かこは尻から地面に激突した。

 咄嗟に痛みの着弾地点である胸に手を添えた。

 さらりとした感触と、粘ついた感触が同時に来た。

 そして彼女の鼻孔は、ここ数時間で嗅ぎ慣れた匂いを嗅いだ。

 それは、酸鼻な血臭であった。

 

 

「え……」

 

 

 その根源を見たかこは、呆然とした声を発した。

 そこにいたのは、緑色の長髪の少女であった。

 黒いコートに身を包んだ少女の胸には、胴体が千切れかけるほどの大穴が開いていた。

 穴は貫通し、背中からはかこの両脚が見えている。

 白目を剥き、口と鼻からは黒々とした血が垂れている。

 ぴくりとも動かないそれは、見間違えようもなくアリナ・グレイだった。

 彼女が希望とした存在は、全身を血に塗れた物言わぬ姿となっていた。

 悲鳴を堪えながら、かこは前を見た。

 この変態が飛翔してきたと思しき場所を見る為に。

 何か行動を起こさないと、心が砕けてしまいそうだった。

 

 

「ひぃいいっ!?」

 

 

 視認したものを前に、今度こそかこは悲鳴を上げた。

 悲鳴と共に、心の中で何かが砕ける音を聞いた。

 何かとは、希望という概念の事である。

 

 

 

 


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