魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第96話 一つの終焉

「ぐっ…」

 

 

 熱と痛みが全身を隈なく覆う中で、夏目かこは苦鳴を漏らした。

 爆風に吹き飛ばされ、彼女は背中から壁に激突してから床に落下していた。

 顔が床にぶつかり、可愛らしい鼻は折れ掛け唇の端が割れていた。

 轟々と吹き荒れる風は、少しずつ勢いを減じつつあった。

 かこは顔を上げ、粉塵や火の粉が舞い踊る先を見た。

 

 そこには、赤く揺らめく影があった。

 腕を持ち上げ、涙で濡れた眼を拭う。壁面への激突に依る為か、右腕の手首は砕け、手はだらりと下がっていた。

 

 

「ひっ…」

 

 

 視力を取り戻したかこは、見たものに対する怯えを漏らした。

 

 

「これは……驚きました」

 

 

 それは、青い火柱だった。そしてそれは、常盤ななかの声を発していた。

 

 

「お見事です…かこさん……」

 

 

 硬質な音を立てながら、それは砕けた石畳の上を歩いている。

 硬い音には、粘着質な響きも混じっていた。

 眼を見開き、恐怖に引き攣った顔で、かこはその存在を見続けた。

 

 それは、青い燐光を纏った骸骨だった。

 

 

「それにしてもそんなお顔をされて……私の顔や体に、何かが付いておりますでしょうか?」

 

 

 常盤ななかの声を、その骸骨は発した。

 確かに、その身体には付着物があった。

 それは、骨の至る所から生えた無数の針だった。

 生け花で用いられる剣山を、かこは連想した。

 そしてその用途も剣山と同じであった。

 無数の針は、常盤ななかの肉を内側から貫き、骨に固定していた。

 赤々とした内臓と靭帯、筋線維や神経、そして僅かに残った肌の一部が針で貫かれる事で骨に貼り付いている。

 左腕は肩から外れ、関節の断面が見えている。そこもまた、無数の針が突き出す異形の関節となってた。

 剣山というのは比喩ではなく、今の彼女は生け花さながらの有様となっていた。

 常盤ななかの骸骨は大部分の肉を喪っていたが、それでも彼女の面影は残っていた。

 

 

「だとしたら、申し訳ありません。もう少し身嗜みには気を付けなければなりませんね」

 

 

 剥き出しの声帯を震わせながら、その言葉は紡がれた。

 頬骨に貼り付いた頬の肉に、幾つかの指紋が残っている右手が触れた。

 肉が残っていた頃のななかの様子を、かこは如実に思い出せた。

 今のななかと過去のななかの姿が二重に重なって見えた。

 その瞬間、かこは口から大量の胃液を吐き出していた。

 絶叫のような悲鳴と共に、赤黄色の吐瀉物が止め処なく溢れ出る。

 吐きながらも、彼女の眼はななかから離れなかった。

 

 肋骨の奥には、半壊した肺があった。

 焼け焦げた心臓は、灰の破片を散らしながらも脈動を続けている。

 体の各部では神経や血管の断片が、触手のようにのたくっていた。

 

 

「もうしばらくしたら、御片付けを済ませてお風呂に入りたいところです。かこさん、よかったら貴女も如何ですか?」

 

 

 青い頭髪が爆風の残り風に揺れ、唇が微笑みの形を作る。

 破壊し尽くされた肉体の中で、それらだけは元のままだった。

 かこへと歩み続けるななか。対してかこは下がる事も出来ずに、嘔吐を続けながらななかを見続けていた。

 気が触れる寸前、彼女の傍らを銀の光が過った。

 

 

「ん……」

 

 

 僅かな呻きが、米粒のような白い歯が並ぶ口から漏れる。

 ななかの右眼に、白銀の銛が突き刺さっていた。

 掌ほどの大きさの銛の尾には、銀の鎖が巻き付いている。

 その末端は、かこの背後に立つ人影の右手と繋がっていた。

 

 

「美雨……さん……」

 

 

 血と胃液を吐きながら、かこはその者の名を告げた。

 首の無い美雨が立ち上がり、三本の爪を変形させて一本に束ねた銛を放っていたのだった。

 脳のある位置まで埋没したそれを、ななかは触れもしなかった。

 

 

「お元気でなによりです。美雨さん」

 

 

 ななかの表情は崩れず、僅かに残った肉と腱は笑顔を形作る。

 銛を放った美雨は、それ以降の動きを止めていた。最後の力だったのかもしれない。

 

 歩みを再開したななか。

 その背で真紅が翻った。

 轟々とした熱風を纏うそれは、溶岩のような炎であった。

 

 

「腐れマギウスの落とし子がぁああああああああ!!!!」

 

 

 常盤ななかの背後で迸る炎。

 その発生源は、大庭樹里が握る火炎放射器。

 龍の口を模した形状の先端からは、赤黒く輝く禍々しい炎が放たれている。

 

 

「死にやがれぇええええええええ!!!!」

 

 

 悪鬼の形相で叫ぶ樹里は、全身を傷で覆った姿となっていた。

 常盤ななかによってバラバラに解体されて切り刻まれた肉体の各部は、簡易的な治癒魔法による魔法の糸で強引に縫合されている。

 取り外された頭蓋も剥き出しにされて直接握り潰されていた脳の上に被せられ、額には縫合の後が刻まれていた。

 ななかの姿は樹里の怒りの炎に飲み込まれ、僅かに輪郭が見えるのみとなっていた。

 自分はどうすべきか、かこは判断に迷った。

 その時、背後でどさりという音が鳴る。

 首無しの美雨が仰向けに倒れた音だった。それを見て、かこは決断した。

 

 

「っぅぅううう!!」

 

 

 悲痛な叫びを上げて、かこは落ちていた自分の杖を拾って魔法を紡ぐ。

 監獄から外界に出るための転移魔法であった。

 自分の魔力の残りは少なく、一度きりしか使えないと彼女は悟っていた。

 かこの背後に、ブラックホールを思わせる黒い孔が形成された。

 美雨を抱えてその中へ至ろうとした時、

 

 

「うぐっ!?」

 

 

 唐突に足首を襲った彼女は悲鳴を上げ、その身体は崩れ落ちた。

 振り返ると、右の足首に針だらけの骨の指が絡みついていた。

 常盤ななかから外れた、左腕であった。

 

 

「ああっ」

 

 

 足首が一気に圧搾され、骨と肉が砕けた。骨の指の間からは挽肉が血と共に溢れる。

 腕は肘を芋虫の歩行のように曲げて伸ばしを繰り返し、かこが脱出口へと至るのを阻害していた。

 足首を握り潰した手から生えた針は、かこの肉体に突き刺さって離そうとしなかった。

 かこが右足の切断を決意した時、骨の腕は縦に切り裂かれた。

 二つになって落下する骨の奥、轟々と燃え盛る炎もまた二つになっていた。

 炎の間には、刃を振り終えた骸骨の姿。

 

 

「      」

 

 

 ななかは口を動かし、何かを言っていた。

 その言葉に、かこは眼を見開く。

 次の瞬間には、ななかは再び炎に包まれた。

 

 

「ななかさ」

 

 

 言い終える前に、かこは吹き飛ばされていた。

 動きを止めていた美雨の身体が再び動き、彼女の身体を突き飛ばしていたのだった。

 脱出口を抜けた直後に、異界からの出口は消え失せた。

 

 

「あっ……」

 

 

 伸ばした手の先で消えゆく出口を、かこは茫然と見つめるしか出来なかった。

 そのまま数分、かこは動きを止めていた。

 再び動き出した時、彼女は大声で泣き出した。

 仲間の全てを喪い、彼女は独りになっていた。

 腫れ上がった喉と荒れ果てた口内。

 泣くことによる震えだけで、彼女の身体は尋常ではない苦痛に苛まれる。

 だが何よりも、かこを苦しめていたのはななかからの言葉であった。

 

 

『お逃げなさい』

 

 

 自らの骨の腕を切り裂き、かこを逃がしたななかの言葉。

 これが、正気のななかによるものか、それとも狂気のななかによるものか。

 その判断が出来ない自分に対しての憤りと無力感が、彼女を苛んでいるのであった。

 

 

 


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