魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
がちゅん、という音が鳴った。
骨が砕け、肉が潰れる音である。
「ふむ……少し力を入れ過ぎてしまいましたか」
氷のような涼やかな声に続く伴奏は、滴る水音。
常盤ななかが右手に持った短刀の柄には、肉と脂を糊として歯と骨の欠片がこびりついていた。
左手に抱かれている青い中華衣装の少女、純美雨の顔は原形を留めないほどに破壊されていた。
彼女の口を顔に開いた穴として、そこに向けて頭蓋も鼻も頬も顎も、砕かれて押し込まれている。
首も圧搾され胴体へと減り込んでいた。僅かな痕跡として、血深泥になったツインテールの髪型が穴の淵から垂れている程度であった。
手足は痙攣し、びくびくと震える度に肉の穴となった頭部の口からは鮮血が溢れた。
冷えゆく赤い血を顔に浴びながら、ななかは溜息を吐いた。
「美しい顔が、これでは………」
嘆きの言葉を告げたななか。次の言葉を紡ぐ前に、破砕音が鳴り響いた。
「ななか!!」
破砕音に続いたのは、裂帛の叫び。
志伸あきらの声だった。
身体を切り裂かれた彼女は、断面から臓物と血を垂らしながらも地面を殴打して飛翔していた。
下半身が無いながらに、完璧な打撃のフォームとなって振りかぶられていた拳は、氷の魔力を帯びて青い岩塊となっていた。
直撃すれば数体の魔女を屠る一撃は、腕が伸び切る寸前で停止した。
「はい、あきらさん。何用でしょうか?」
破れた鼓膜ではなく、脚から伝わる震えによってあきらはその言葉を認識した。
雷光の如く勢いで跳ね上がった左脚が落雷となって落ち、あきらの後頭部へと踵を激突させていた。
踵落しを叩き込まれたあきらの後頭部は爆ぜ割れ、頭皮と頭蓋骨は蜜柑の皮のように捲れている。
灰桃色の脳髄は弾け、断裂した神経を露わにしていた。
ななかは一端足を離すと、再び足を落とした。
水が弾けるような音と共に、あきらの頭部は完全に崩壊した。
顔を構築していた部品は無意味な肉片となり、ななかの足を基点として放射状に飛び散っている。
「美雨さん、あきらさんは何を仰りたかったのでしょうか?」
ななかが問う。暗い孔に顔の肉が詰まった状態となった美雨は答えない。
あきらに襲撃される前にはあった体温も消えかけ、血の噴出も収まっている。
「嗚呼、成程」
無言の美雨と頭部が破壊されたあきらを交互に見て、ななかは言った。
途端、彼女の視界が変化していく。
X線で透過されているかのように、色が消えて線だけが残る。
その線がほつれ、合わさり、新しい光景を作っていく。
「この程度で終わる、貴女達ではありませんでしたね」
ななかの微笑みの先には、血に染まった美雨とあきらがいた。
美雨は歯の殆どを折られ、左眼は潰されている。あきらは上下半身を分かたれたままだった。
あきらに合わせ、片膝を着いた美雨に昭は右手を差し出していた。
美雨は左手であきらの手を握った。そして、満身創痍の魔法少女二人は叫んだ。
「「コネクト!」」
重ねられた血染めの手を基点に、二つの青い魔力が絡み合う。
一瞬の後、魔法は完成していた。
「…これは意外です。素晴らしい」
ななかが発した感嘆の言葉を、無数の爆音が覆い隠した。
美雨の右手には、青い氷で出来た巨大なガトリングガンがあった。
握っているのではなく、彼女の本来の得物である銀の爪のように手の甲に接続されているのである。
腕自体が重火器となったような姿だった。猛烈な勢いで回転し、無数の弾丸を吐き出していく。
弾丸が放たれる度、あきらの顔には苦痛の色が濃くなっていく。
発射される弾丸は主に、あきらの魔力を吸って放たれているのであった。
発射開始から数秒足らずで、彼女の眼や鼻、そして耳からは鮮血が噴き出していた。
放たれていく氷の弾丸は、確実にななかを捉えていた。
そして破裂した弾丸は青白い飛沫となって飛散している。
それは霧のように空間を漂い、射線とななかの間を殆ど覆い隠した。
「ななか!!」
歯を折られているが故に、くぐもった発音だったが美雨は確かな声で名を呼んだ。
次の瞬間に起こった事は、その返事でもあったのだろうか。
青い飛沫を切り裂いて去来する、白く美しいものを美雨は見た。
そしてそれが、彼女が眼で見た最後の光景だった。
ぞりっという音を美雨が認識した時、彼女は自分が見たものはななかの手であったと理解した。
「美しい…」
陶酔した声を出すななか。
広げられた手の中には、美雨の顔があった。
顎先から額までを、厚さにして二センチほど。
ななかが放った手刀によって、美雨の顔が抉り抜かれていた。
残った顔は、眼球と舌と肉と骨、そして脳の一部の断面を晒した状態となった。
しかしそれでも、美雨は意識を保っていた。
コネクトにより呼び出したガトリングを撃つことをやめず、立ち続けた。
そこでふと、砲撃が止まった。そして左手が繋がれている感覚が途絶えていた。
焦燥感に駆られた瞬間、美雨の頭部に激震が走った。
「…ごめん、美雨」
あきらの哀しみに満ちた声は、直後に氷が砕ける音となった。
そこで美雨も意識を失った。
魔法が消え、周囲を覆っていた白銀の霧が晴れていく。
霧深い海に浮かぶ孤影のように、常盤ななかだけが立っていた。
「残念ながら、楽しいときは永遠とはならないものなのですね」
儚げな声で告げたななか。
足元には、首から上を失くした美雨の身体が横たわり、青と赤の破片が散らばっている。
「貴女は、それを私に示してくれたのですね…あきらさん」
その両手には、凍り付いた足首と背骨が握られていた。
ななかは美雨の顔を抉った直後、両断されたあきらの上下半身を背骨と足首で掴み、左右からの打撃武器として美雨に見舞ったのであった。
酷使したことによる魔力の暴走によってあきらの身体は凍り付き、武器として扱うに十分な硬度を有していた。
それで以て、美雨の頭部が破壊され、あきらは肉体の殆どを完全破壊されたのだった。
そして今、ななかの手の中で最後に残った破片も砕け散った。
握り潰したあきらの破片を投げ捨て、ななかは首をぐるりと動かした。壊れた人形を思わせる、不気味な動きだった。
「さて、残るは貴女だけですね」
漆黒の闇が溜まった、ななかの眼窩。
その奥で爛々と輝く深紅の輝き。
異形の眼の先には、杖を携えた緑髪の少女がいた。