魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「ふぇいず、しくさぁずぅ?」
ふにゃふにゃとしたとでも言うような間抜けな声を出したのは佐倉杏子である。
普段の行動の突飛さや狂暴性は兎も角として、基本的には舌足らずながらに凛とした声を出す杏子にはあまり無い声色だった。
「はい。マギウスが魔法少女に施した強化措置です」
「ふぅん…」
ぼんやりと杏子は言いつつ、どこかでそんな単語を聞いた気がした。
記憶を辿ると思い出せた。
まだ出会ったばかりの頃、苛立ちと暇潰しを兼ねてナガレと殺し合った時に言われた事だった。
ここに来る前、スパーリングだかをした相手の特殊技能だかがそれだったと言っていた気がする。
一緒に旅をしていた奴が呼び出した存在らしいが、極めて残虐非道で悍ましい性格をしているのだとか。
とりあえず、名前が被ったのは偶然だろうと思った。なので一応試してみることにした。
「それってあれかい?マギウスの地球侵略計画の第六段階とかそういう…」
「いえ、ソシャゲとかでよくあるキャラクターの星の数です」
「ああ、☆6ってコトね」
彼から聞いていた事を例に出すと、杏子が予想した方の答えが返ってきた。
また会話している内に、意識から眠気が消えていた。
「で、その内の一人が」
「あの変態です」
杏子と会話を続けていた黒羽根が指を差し、その隣に並ぶ羽根達も一斉に頷く。
彼女らは揃いも揃って顔から汗を垂らしていた。黒羽根が伸ばした指の先端からも汗が滴り落ちる。
杏子も同様であり、魔法少女服は汗に濡れていた。座った座席も背中から垂れた汗によって尻の辺りが濡れている。
彼女らがいる空間は、高温多湿の環境だった。
そして指が指された先では。
「おい変態腐れ外道アリナ。そこの肉焼けてるよ」
「oh,サンクスキリカ」
焼けた石を詰めたバケツの上に金網を敷き、その上で肉を焼いているキリカとアリナがいた。
アリナは黒コートと黒帽子にサングラス、そして顎のあたりに引っ掛けた白いマスクという不審者スタイルであり、キリカは魔法少女服であった。
白樺の香りが漂う室内には五十名近くの魔法少女がおり、その中で汗をかいていた。
要はサウナを楽しんでいるのである。
その中でアリナとキリカは床に座ってサウナストーンを用いて焼き肉をしている。
「頭おかしいんじゃねえの?」
杏子が言い、羽根達も頷く。
だがこの面々も普段のローブ姿に加えて杏子も魔法少女服である。
異常者扱いした対象との差は肉を焼いているか否かしかない。
「で、アレがそのフェイズシクサーズとかだっけか」
「はい。凡そあらゆる能力や身体能力が強化されてまして、通常の魔法少女とは別物と言っていい存在になっています」
「あの性格はそのせいなのか?」
「いえ。最近多少マシになってますが、アレは概ね元から変態です」
変態した変態かと杏子は思った。我ながら巧い事考えたなと、彼女は内心で自画自賛していた。
「まぁ成程ね。あれだけ殴っても蹴っても槍で叩いてもビクともしなかったわけだ」
杏子は先程行ったアリナへの報復を思い出す。殴る蹴るを繰り返したが、寧ろ杏子の手足が痛んで槍が破損する始末だった。
手や槍が伝えるアリナの肌の感触は柔らかいのだが、その奥に異様な硬度を感じたような気がした。
なんとも奇妙な感覚で言語化しにくいのだが、頑強であるというのは間違いない。
「強化措置ってことは、マギウスには特撮に出てくるヤベー博士でもいるってコト?」
「大体そんな感じです」
「ええ…」
冗談で言ったのにと杏子は思った。
「調整屋って言葉訊いた事ありますか?」
「ああ、何度か」
「マギウスには専属の調整屋がいまして、その調整を受けて強化されたのがフェイズシクサーズです」
「特撮の改造人間かよ」
欠伸をしながら杏子は言った。その間に幾つかの声が聞こえた。
「特撮って言えばミスドの次女さん、近々マギウスに宣戦布告するんだっけ?あの浅倉みたいな人」
「あのキャラ付けって狙ってるのかな」
「確かに外見的にジェノサイダーっぽいしね」
「ジェノサイダーって言えばアリナさんが狩ってきた類似個体、クッソデカくて邪魔なんだけど。まだ動いてて怖いし」
「あとで片付けさせようよ。あの人言わないとやらないし」
二度目の欠伸をしながら、特撮好きはどこにでもいるんだなと杏子は思った。
手で汗を拭って払い、視線を前に向ける。
相変わらず焼き肉をしているキリカとアリナが見えたが、様子が変だった。
「No…No…No……」
アリナは両手で頭を覆い、ブツブツと呟いていた。
視点は一転に定まらず、撞球反射のように瞳が上下左右に激しく動く。
キリカは頬張った肉を咀嚼しながらその様子を眺めている。
ある程度噛んだところで、缶コーラを開けて肉を胃袋へと流し込んだ。
「何かは知らないけど、被害者の私を差し置いてお前がトラウマに苛まれてどうする」
呆れ切った口調で、嘗てアリナに生きたまま解体された事のあるキリカは言った。
普段なら即座に反応するアリナであったが、否定の言葉を続けるのみだった。
「ねぇねぇネオマギモブのみんな、これって演技?フールガールちゃんは出てこないの?」
「それは定期的な発作です。短くて数分、長くて三日位続きますので優しくしてあげてください」
「ふぅん、そういうことか」
短い遣り取りだが、キリカなりに何かを察したらしい。
新しい肉を金網の上に置くと、脂が石に滴り落ちて肉が焼ける甘い香りを放った。
「私はサウナビギナーだけど、某空手部がサウナ入る動画観ておいて助かったよ。勉強って大事だね」
えへん、とキリカは胸を張った。少なくない数の羽根達が拍手を送る。
こいつがリーダーでいいんじゃないかなと杏子は思い、また顔を拭った。
キリカの発言が意味不明である事には、最早違和感を感じなくなっている。
そこでサウナ室の扉が開いた。
眼をやると、そこには朱音麻衣が立っていた。
前の部分をタオルで隠す程度の裸体。この場所に入る場合なら本来の姿であるのだが、彼女以外の全員は衣服を羽織っているので麻衣は逆に目立っていた。
「…貴様ら、何をしているんだ?」
麻衣の問い掛けの声は激怒の意思で満ちていた。爆発寸前の核弾頭を羽根達は連想した。
「サウナ…です」
勇気ある白羽根の一人が答えた。
「何故、服を着ている?」
「恥ずかしいから…です」
「…何故、肉を焼いている」
「……本場フィンランドでは、パンやソーセージを焼くと聞いてましたので……」
「ここは日本だ」
反論を赦さない強い口調で麻衣は言った。ひっ、という恐怖の呻きを何人かが漏らした。
「恥ずかしい…と言ったな」
「は……はい」
言い終えた白羽根の首を、一瞬で距離を詰めた麻衣が掴んでいた。
白羽根は三段ある座席の一番上に座っており、部屋の中ほどにいたが誰もがその移動の軌跡を認められなかった。
「そんなもの知るか!!服を脱げ愚か者!!!」
激怒の叫びと共に、麻衣は白羽根の服を剥ぎ取った。
ローブだけを残し、羽根の上着や下着が剥ぎ取られる。その次の瞬間には隣の黒羽根が餌食となり、その次の瞬間には別の羽根が被害に遭った。
「ほほう、朱音君はサウナーだったか。それも厄介オタクという奴だな」
他人事のようにキリカは言い、焼き肉を片付け始めた。
そして自分で服を脱ぎ、脱ぎ終えるとアリナの衣装を剥ぎ取りに掛かる。
嫌そうな顔をしているが、介護役に回ることにしたようだ。
彼女がされた事を考えれば、聖人君子のような決断である。
「そういや話に戻るけど」
騒乱の中、杏子は隣の羽根に再度尋ねた。
「フェイズシクサーズってのはどんだけいるのさ」
「まだ数は少ないですが、少なくともマギウスのメスガキ二人の内の一人はそうだと思われます。片方は死体になったらしいので、残る一人がそうなのかなと」
「数が多いとめんどいな…あ、ひょっとして」
杏子はある事を思い付いた。それを黒羽根も察したらしく頷く。
「ええ、以前遭遇されたという双樹さんらもフェイズシクサーズです」
「あの異常な強さはそれか。でもあたしらは倒せたから、案外大したことねぇのかな」
「いえ、それは楽観視にすぎるかと」
「というと?」
「恐らくですが、双樹さんもといあの変態共は何かで弱ってたのかと思われます。でなければ勝てるどころか逃げ切るなんてとても」
「なるほどね」
反論はせず、杏子は納得した。そういえば温泉に行ってたし、ソウルジェムを返却したいとか言ってたなと思い返していた。
「フェイズシクサーズの戦闘力は異常です。魔法少女というより、戦略兵器と見た方が正しいでしょうか。通常の魔法少女なら、何十人で掛かろうが倒せません」
「本物の化け物ってことか」
「ええ。なので遭遇ないし発見した際は、速やかな撤退を推奨します」
黒羽根が言い終えた時、朱音麻衣は杏子と彼女の前に迫っていた。
憤怒の形相で、二人の服を剥ぎ取ろうと手を伸ばす。
しゃあねぇ、少し運動するかと杏子は麻衣へと殴打を見舞った。
麻衣も反応し、即座に交戦を開始する。
「サウナ室での乱闘か。実際のお店でやったら出禁だね」
「全くです」
杏子がいた場所にキリカが座る。服を脱ぎ終えた彼女の裸体を、多くの羽根達が陶酔の眼で眺めていた。
性的興奮を抑えきれない美しさと、美の結晶のような純粋な美しさで満ちた裸体であった。
「あ」
「どしたのネオマギモブちゃん。アリナの介護を代わってくれるのかな」
「kill,me…kill,me…kill,me…」
アリナの呟きは殺害の懇願へと変わっていた。黒羽根は首を左右に振った。
「いえ。そういえば以前マギウスにいた時に、あたらしく強化措置を受ける候補の名前を聞いてたのを思い出しまして」
「ふぅん、もしかしてあきらくんかな。それとも調整屋の護衛をやってるナイトもどきのなぎたん?」
キリカの言葉に黒羽根は再度首を振り、こう言った。
「たしか…常盤ななか、と聞いております」