魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第92話 慈しみの心と共に、微笑みを

 虚空の一角が歪み、空気が弛む。

 次の瞬間、歪んだ空間からは三つの影が飛来した。

 それは黒いローブを纏った三人の少女であった。

 地面から五メートルほどの高さから着地した際、三人は足音を立てなかった。

 互いの死角を補うように、三人は周囲を見渡した。

 破壊されたコンクリ片が散乱し、至る所に入ったヒビや亀裂が見えた。

 薄暗い回廊が長く続く、何かの施設の一角であった。

 

 十数秒が経過し、何も無いと察した時に三人は地面を蹴った。

 その際も音はせず、軽く十数メートルを飛翔し地面や壁を蹴って再度の飛翔を行った時も全くの無音。

 また風のような速度でありながら、三人は常に互いを意識し警戒を怠っていない。

 三人でありながら一つの個体であるかのような、恐ろしく高い練度が伺えた。

 

 進んでいく内に、少女達はある事に気が付いた。

 この建物の、少なくとも前後からは全く音がせず命の気配もしない事に。

 そして目を凝らすと、灰色のコンクリート壁や天井に僅かな染みが見える事に。そしてそこから、鉄潮の酸鼻な残り香が漂っている事に。

 一人の少女はそれに怯え、一人の少女がそこに視線を送って頷く。励ましの意思表示だろう。

 残る一人はただ前を見据えて先陣を切る。

 恐怖に屈しないという態度を見せる事で、仲間の戦意を保つ為に。

 

 施設の崩壊具合は前に進むに連れて穏やかになっていった。

 壁が完全な平坦となり、床に血痕の跡と粉塵の降り積もりが無くなったころ、回廊の突き当りにて無骨な鉄扉が三人を出迎えた。

 三人は一瞬だけ顔を見合わせた。覚悟はいいか、という意思の最終確認であった。

 全員が頷いた。次の瞬間、扉は開かれた。

 

 正確には、破壊されていた。

 分厚い鋼鉄の扉は紙のように千々と砕かれ、紙片のように舞い散った。

 相手の虚を突き、一斉に内部に押し入り速やかに制圧する。

 それが三人が立てたプランだった。

 

 だが、誰もが動かなかった。

 彫像と化したように、三人の黒羽根達は硬直していた。

 その鼻先を、酸鼻な香りが掠めた。

 そしてそれは、刻一刻と強くなった。

 鋼鉄の扉の内側は広い空間だった。

 そこに満ちていたそれは、出口を得られた事を喜ぶかのように三人の傍らを通り過ぎていった。

 

 

「ふむ……やはりこれは、中々……」

 

 

 凛とした涼しげな声が鳴る。

 氷で出来た鈴が奏でた音のような、美しい声だった。

 だが声の発生源からは、濃厚な鉄と潮の香りが放たれていた。

 

 声を発していたのは、青い髪に青い衣を纏った少女。

 化学薬品のような、自然界にはあり得ない光沢を放つ青い髪と衣に、白磁そのものとしか思えないような白い肌。

 掛けられた眼鏡の奥に、血のような赤い輝きが見えた。それは眼球ではなく、赤い輝きだった。

 少女の眼窩に眼球は無く、黒い闇が満ちている。赤の光は、闇の奥で輝いていた。

 炎のように揺らめき、闇を照らして輝くこれが、青の少女の眼なのであろう。

 赤い眼が見上げた先には、幾つもの突起の連なり。長い楕円形に、禍々しい刃が連なった鎖が巻き付いている。

 

 

「ちぇんそー…という名前なのは存じていましたが、よくよく考えると中々に可愛らしい名前ですね」

 

 

 大の大人が両手で持つべきそれを、少女は片手で軽々と掲げていた。

 白磁の白い肌の中、微笑みを浮かべる唇は鮮烈な赤色をしていた。

 人形のような非生物さに満ちた少女の外見の中で、そこだけは生き物の色をしている。

 体内を巡る温かい液体、鮮血の色をした唇だった。

 そこにぽたりと何かが落ちた。唇に落下したが、色の変化は少なかった。

 何故ならそれも。

 

 

「おぇぇえええええええっ」

 

 

 少女の一人が背中を折り、両手を地に着け、そして盛大に嘔吐した。

 残る二人はただ前を見ていた。額に浮かんだ汗が目に触れたが、眼は閉じられなかった。

 

 

「こん…な……おぇ……ひ、ひどい……」

 

 

 嘔吐しながら少女は言った。

 青の少女が掲げたチェンソーから滴り落ちているのは、鮮血と、粉微塵にされた肉だった。

 少女の顔の唇だけでなく、頬に数滴が落ちた。

 赤と白の対比は、生物と非生物の対比であり、生と死の対比に見えた。

 

 

「さて、では続きと参りましょう」

 

 

 掲げられていたチェンソーがゆっくりと落ちていき、びたりと止まる。

 刃が連なる鎖の手前には、人間の肌があった。

 

 

「お休みのところ、失礼いたします」

 

 

 丁寧な物言いをすると、青の少女は空いている左手を伸ばした。

 細い手もまた、光沢を放つほどに白かった。非生物的な美しさの手は、白桃色の物体に触れた。

 表面に無数の皺が入ったそれを、五指がそっと触れる。

 途端に、声にならない叫びが上がった。

 

 

「息災のようで何よりです。健康は大事ですからね」

 

 

 微笑む青の少女が触れているのは、頭蓋を蓋のように取り外されて剥き出しにされた脳髄だった。

 優しく触れながら、少女は脳を撫でる。小動物を愛でるような、繊細な撫で方だった。

 対して撫でられ続ける脳の下にある赤い瞳の眼は血走り、縦横に撞球のように一時も止まらずに動き続けている。

 手が動くたびに、その下の口からは叫びが上がった。

 声にならない声だった。

 それも仕方ないのだろう。叫び声を上げる口は、赤い宝石で塞がれていたからだ。

 黒い濁りを孕んだそれは、彼女の、大庭樹里のソウルジェムであった。

 

 

「待たせて申し訳ありません。では」

 

 

 言葉と共に残酷な機械音が鳴り、魂越しの絶叫が放たれた。

 回転する刃によって、樹里の左脚は膝小僧の真上で切断された。

 骨と肉が血雑じりの飛沫となって飛散する。

 青の少女は避けようともせずにそれを受けた。

 その顔には、汚れる事による嫌悪感も暴虐を与える事への快感は無かった。

 

 

「ふむ。なるほど」

 

 

 ただ、回転する刃だけを見ていた。そして、刃が止まった。

 

 

「この切れ味、実に素晴らしい。配下の方々にこれを使わせることを選んだ貴女の判断もまた、素晴らしい限りです」

 

 

 少女は微笑み、樹里を称賛した。

 そこに皮肉は無く、ただ本心だけがあった。

 闇の中に浮かぶ赤い光を眼とし、少女は樹里を見ていた。

 少女の前には縦長の台座があり、その上に樹里がいる。

 頭蓋を切り取られて脳は剥き出しにされ、口にはソウルジェムを咥えさせられている。

 左脚は今切断されたが、残る手足も既に無い。

 右腕は肘で、左腕は肩で、そして右脚は爪先から太腿の半ばまでを二センチ刻みで切り刻まれていた。

 

 

「ころひてやる…ときわ……ななか……」

 

 

 噛まされたソウルジェムを圧迫しないようにしながら、樹里は言った。

 口元は痙攣し、震えた事で歯が己の魂に触れてかちかちという音を出した。

 痙攣は、不敵な笑みを湛えた挑発だった。

 樹里の口の両端は頬に向かって一つの線が引かれていた。

 その線は糸で縫合されていた。よく見れば、樹里の喉や鼻の上にも同じような縫合があった。

 切断され、台の上に放置されている手足も似たような状態になっていた。

 樹里は一度、バラバラに引き裂かれており、肉片となった後で縫い合わされていたのだった。

 それは治療ではなく、再び破壊するための修理だった。

 受けた憎悪と屈辱を声と言葉にし、赤い瞳に乗せて樹里は加害者であるななかに報復の言葉を告げた。

 

 対するななかは、軽く首を傾げていた。

 

 

「はい、私は常盤ななかですが……それが……如何されましたか………?」

 

 

 心配そうな声色で、常盤ななかは大庭樹里に言った。

 

 

「私が何か…お身体や、気に障る事をしましたでしょうか……であれば、遠慮なく仰っていただきたく存じます」

 

 

 樹里の顔を覗き込みながら、ななかは言った。

 樹里は硬直した。開いた口は閉じられずに開いたままとなった。

 

 

「…素人考えですが、お疲れの御様子。然らば、安らかな休息を取られるのが急務です」

 

 

 ななかは樹里に一礼すると、チェンソーを台座の空いている場所に置いた。

 そして台座の横を通り過ぎ、真っ直ぐに歩いていった。

 縦横を無骨なコンクリートで覆われた広大な室内の中央へと、常盤ななかは至った。

 

 

「始めましょう」

 

 

 微笑みながらななかは言った。

 

 

「…そうネ」

 

「…始めよう」

 

 

 二人の黒羽根はそう言うと、纏ったローブを脱ぎ捨てた。

 青い髪に青いチャイナ服風の衣装の少女と、白銀の髪に白いラフな衣装の少女が並ぶ。

 

 

「あきらと私が戦うカラ、かこは大庭樹里を守ってあげるネ」

 

「うん…ななかだったら、そうしてた」

 

 

 前を見たまま、二人は言った。青髪の少女は、衣装の両手の内側から爪状の暗器を生やし構えた。

 銀髪の少女、あきらは空手の構えを取り、魔の力を帯びたグローブで覆われた拳を握った。

 

 

「そして、ボクと美雨は…」

 

 

 あきらの声には、痛切な響きがあった。

 

 

「…コイツを黙らせるヨ」

 

 

 対して美雨の声は、全てを断ち切る様な冷たさを纏っていた。

 美雨が言い終えた瞬間、二人の魔法少女は地面を蹴って跳んだ。

 拳と暗器が、常盤ななかへと向かって行く。

 眼前に迫った時も、彼女は避ける素振りも見せずに、ただ緩やかな微笑みを浮かべ続けていた。


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