魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
液体の滴る音が響く。
そして荒い息遣いが一つ。それは深呼吸へと変わり、それが終わるころには平静に戻っていた。
「ここらへんでいいだろう」
そう告げたナガレは全身を朱に染めていた。
顔や腕や膝に負った裂傷は百に達するだろう。
だがそのどれもが浅く、骨には届いていなかった。
彼の身体を染めた血の大半は返り血であった。
下げられた右手には長大な斧槍が握られており、それもまた血に塗れている。
その発生源へと、彼は声を掛けていた。
「………ああ」
渋々といった口調で杏子は言った。
壁に背を預けている杏子には、義手である左腕以外の四肢が無かった。
脚は太腿の真ん中、右腕は肩の付け根から切断されている。
「その左腕、やたらと頑丈だな。こいつでも斬れねぇとはよ」
斧槍の刃に視線をやりつつナガレは言う。
鋭利な刃の一角に生じた歪みが見えていた。
「元ネタがトダーってだけはあるんだろうさ。でも斬れなくってもあたし的にはすげぇ痛くて堪らねぇ」
「妙に高性能だな」
呟きながらナガレは斧槍を傍らに突き刺し、歩を進める。
杏子の前へと身を屈めると、左腕で抱えていた物を静かに地面に置いた。
それは、自らが切断した杏子の手足であった。
まず彼はそれらの中から右脚を掴み、杏子の右太腿と断面を重ね合わせた。
肉が交わる際に杏子が上げた小さな声は、悲鳴ではなく嬌声に近い。実際、杏子の頬は血以外の赤で僅かに赤みを帯びていた。
「あたしの部品を拾いながら戦うなんて、余裕だね」
「ああ。今日のお前は弱かった」
次いで左脚を接合させ、最後に右腕というか右肩を重ねる。
重なった瞬間、杏子の右腕が跳ね上がった。五指が広がり、ナガレの首を目指して手が伸ばされた。
「………」
握れば彼の首に届く、というところで杏子は動きを止めた。
ナガレは杏子による首絞めから逃げる訳でも、阻害するでもなかった。
ただ、懐から取り出したウェットティッシュで杏子の顔の血を拭っていた。
「…どこが、悪かった?」
手を降ろしながら杏子は尋ねた。
「全部」
率直にナガレは言った。
「…きっついなぁ」
杏子は項垂れた。
傾いた首の後ろもナガレは拭いた。
首の真ん中には、横一文字の朱線が入っていた。
それが意味する事とは、つまり。
「いつものお前なら、首を半分くらい切られるくらいで抑えるしな」
「…うぐ」
さらっと口にしたナガレであるが、その言葉は恐ろしいに過ぎている。
対する杏子はぐうの音も出ないといった面持ちであった。
魔法少女の不死性を理解しているが故の狂気の会話である。
「で、思いっきり暴れて少しは気が晴れたかよ」
ナガレは周囲に視線を巡らせる。
古代の遺跡を思わせる風景が広がっているが、そこにある物体は悉くが破壊されていた。
ここはナガレが杏子に襲い掛かられた際に開いた牛の魔女の結界だった。
元々キリカの部屋の中をアリナの結界魔法が異界に変え、その中に更に異界を形成するという複雑な状況。
視界の端には牛の魔女の結界の出入り口が門となって開き、その奥からは祭り囃子の音が漏れ聞こえていた。
「…ああ、晴れたよ。たまにはボッコボコにされるのも悪くないのかもね。相手はあんた限定で」
「なら良かったな。それでだ、杏子」
反射的に杏子は顔を上げた。
彼の声は、何時になく真剣であったからだ。
そして彼の眼と顔もまた、刃のような鋭さがあった。
「お前、自分への罰を望んでるんだよな」
射抜くような、射殺すような眼でナガレは杏子を見る。
視線を逸らしたいが、彼の黒い瞳は光さえ歪める超重力を放つが如く、彼女の視線を捉えていた。
「だから幸せとかはいらなくて、地獄が欲しいんだったよな」
杏子は頷いた。それしか出来なかった。
「じゃあ、それをしな」
そう言われた時、杏子は意味が分からなかった。
頭の中に空白が生じ、何も考えられなくなった。
だが一秒後、空白の中央に黒点が生じた。
それは巣穴から這い出た無数の蟻の如く、瞬く間に彼女の脳内を駆け巡った。
そしてすぐに、思考の中をたっぷりと満たした。
それだけに飽き足らず、それは杏子の頭から全身に行き渡った。
がたがたと、杏子の身体が震えだす。歯の音が震え、ガチガチと歯が噛み合う。
杏子を震わせ、彼女の内を満たしているのは絶望という感情だった。
「お前の言葉を借りると、自分のせいで何もかもを失くした。だから自分は幸せなんざいらなくて、だから地獄が欲しい、苦しみ抜きたい」
震える彼女に向けてナガレは言葉を紡ぎ続ける。
それは杏子の心身を抉る解剖刀のようだった。
「その理屈で言えば、地獄ってのはお前の望みだから罰になってねぇ。だからその逆がお前にとっての罰になるんだろうよ」
心臓が抉り出される。
それは杏子にとっては物理的によくある事ではあった。
だが彼の今の言葉は、今までに味わったどの肉体破壊よりも酷い苦痛を彼女に与えていた。
「だからお前は幸せを探して生きろ。それが罰だってんなら受け止めて、自分を卑屈に演じてねぇで死ぬまで生きろ」
身を屈めて視線を合わせ、真っ直ぐに杏子を見ながらナガレは言った。
彼の言葉は杏子の願望である永遠の地獄の渇望を完膚なきまでに打ち砕き、更なる地獄へと突き落とす残酷な言葉であった。
その一方で、彼の態度は子供に言い聞かせる態度だった。
自らの意思を言葉に乗せて相手に伝える。伝わって欲しいと願うが故の行動。
幼少期に家族からされたのと同く、彼の態度と言葉が相手を思い遣るが故のものであると杏子にも分かった。
「で、も、よぉ…」
必死に声を絞り出す。声が出る度に喉が痛んだ。鑢で肉を削られるような、そんな感覚がした。
「その隣に、俺もいてやる」
杏子が言葉を紡ぐより前に彼は言い切った。
「お前の幸せ探しに俺も付き合う。道具と思ってくれても構わねぇ」
眼の奥が熱くなるのを杏子は感じた。
「あと前言ってた、ブチ犯せとかは何が何でもやってやらねぇ。その時ってのも時計用意して決めてたけどよ、そん時は犯すんじゃなくて抱いてやるよ」
杏子の額に自分の額を押し付け、ナガレは言う。
不敵な笑みは、散々に自分を犯せと言い続けてきた杏子への反発心でもあるのだろう。
「え…」
「え?」
震えた声を出した杏子の声をナガレが唱和する。続きは?という促しである。
「えら、そうな言い方!」
杏子が額を小突いて押し返す。
赤い眼は涙で潤んでいた。
「確かにな、ちょっと偉そうだ」
「ちょっとじゃねぇよ」
杏子は八重歯を見せて笑った。まだ険が残っているが、年頃の少女が浮かべる微笑みに近い笑顔だった。
その笑顔を浮かべたまま、杏子は彼に向って体を寄せた。
胸と胸同士が重なり、互いの体温が溶け合う。そして杏子は彼の顔に自らの顔を近付けた。
彼は動かず、彼女の接近を許していた。
その時であった。
「No!No!」
叫び声と共に地面が揺れ、何やら機械の作動音のような物が聞こえたのは。
その矛先を二人が見た時、ナガレと杏子の視界は白く染まった。
そして次の瞬間、二人は宙高く舞い上がっていた。
「あが!?」
二人は骨が折れ、口から鮮血を溢れさせた。
そして上げた声も同じだった。
落下した二人の先で、巨大な物体が地面を這っていた。
仰向けに倒れた彼は首を傾けてそれを見た。
「…コンボイ?」
それはトレーラーの事であり、実際にナガレと杏子を跳ね飛ばしたのもコンボイトレーラーであった。
だが彼が言うそれの意味は微妙に異なっており、彼の指すコンボイとは旅の仲間であった魔神が呼び出した軍勢の指揮官を指している。
「Transform!」
家と比較可能な巨大質量が、その一声と共に縮んだ。
正確には構成していたものが溶け崩れ、微細な粒となったのである。
巨大なコンボイトレーラーを構成していたのは病原菌の如く微細な魔の集合体、『熱病のドッペル』だった。
それはつまり、この犯人が誰かを示していた。
「フレンズアンド、レッドアイズレッドガール!争いはSTOP IT!愚かさを繰り返しちゃNoなんですケド!」
そう高らかに宣言したのは、ネオマギウス総司令官のアリナ・グレイであった。
上も下も紺色の体育ジャージを纏っていた。
乱入のタイミング、方法、発言、外見。
全てにおいて意味不明な存在にすぎている。
現状を強引に理解すると、杏子とナガレが争っているのを何かで知ったアリナはそれを止めるべくトラックに変形させた熱病のドッペルで突撃。
既に和解し唇を重ねようとしていた二人を、未だ戦闘中と解釈して喧嘩両成敗を執行した、という事になるのだろうか。
「アリナ、お前はほんとどうしようもないな」
アリナの背後には浴衣姿のキリカが立っている。トラックに同乗していたのだろう。
アリナへ向けて心底からの侮蔑の表情を浮かべつつ、キリカの美しい顔には罪悪感が滲んでいる。
恐らくはキリカが二人の戦闘を止めるべく動いた際にアリナが便乗し、戦力は大いに越したことはないと思って動向を許可。
牛の魔女の結界を発見して乗り込んだが、その方法が予想外でありキリカの制止も間に合わなかった。というところだろうか。
「フレンズ、そしてレッドガール!喧嘩は悲しいだけだからもう仲直りしてプリーズ!」
アリナの声には心の底からの心配があった。次の瞬間、涙を浮かべたアリナの顔に鉄拳が叩き込まれた。
拳に纏わる魔力は、紅蓮の炎。
「てぇぇんめぇえええええええええええええええええええええええ!!!!!」
これまでに散々に怒りを発露していた杏子であったが、今回のそれはその中でも格段だった。
殴り倒したアリナに馬乗りになり、散々に殴打を見舞い続けている。
ナガレはそれを止めようとしたが、当りどころが悪く少なくともあと数十秒は動けそうになかった。
そんな彼の傍らに、二人の魔法少女が立っていた。
一人は呉キリカであり、もう一人は佐鳥かごめだった。
「やぁやぁネクボ…じゃなくて記録人さん。最近の調子はどうだい?」
「呼び方は、お好きにされて構いません…私が取材した人たちは……いなくなったりすることが多いですから」
「ふむふむ。だとしたら私らも気を付けないとね。それで、最近だと誰を取材したのかな?」
キリカの問いにかごめは言い淀んでいた。少し経ってから彼女は口を開いた。
情報を提供することで、キリカ及び杏子への取材をしやすくしたいという考えが多少はあったが、相手の質問には答えなければという責任感が働いていた。
「私が最近、お話をしたのは……」
そう言って、佐鳥かごめは三つの名前を告げた。
『純美雨』『志伸あきら』『夏目かこ』という名前であった。