魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第90話 奇妙ながらの平凡な日常③

「なぁ友人」

 

「なんだキリカ」

 

 

 嘔吐を繰り返し疲弊したキリカに、ナガレは肩を貸していた。

 階段を半分上ったあたりで、キリカが声を掛けてきたのだった。

 

 

「いい雰囲気だし、部屋に戻ったら一発やらないか」

 

 

 ナガレの前に繊手を突き出すキリカ。

 白手袋で覆われた手は、拳の形になっていた。

 人差し指と中指が親指を挟み、ごしごしと扱いている。性交の暗喩である、卑猥なハンドサインであった。

 

 

「さっき君に背中をこすこすされてた時から…もう準備は出来てるのだよ」

 

 

 粘着質な甘い声を発するキリカ。

 並みの男なら今頃理性を破壊され、男性自身を極限まで膨張させている事だろう。

 

 

「今は兎に角、さっさと寝ちまえ。もういい時間だろうが」

 

 

 言うまでも無く、ナガレは普段通りだった。

 はいはーいとキリカは言った。結果は分かり切っていたので、残念という意識はそれほど多くは無かった。

 そして彼の指摘は尤もであり、時刻は既に十時を回っている。

 二階に辿り着き、キリカの部屋の前に着いた。

 

 

「なぁ友人」

 

「なんだキリカ」

 

 

 ドアノブに手を掛けた時に、彼女は再び話を振ってきた。

 

 

「この扉に私の背中を預けてさ、向かい合いながら繋がらないかい?」

 

 

 桃色の舌で上唇を舐めるキリカ。その様子は妖艶に過ぎていた。

 

 

「今なら私のお尻を掴んで行為に及ぶことを許可しよう。今を逃すと触れる部分は腰か脇腹になるぞ?いいのか友人?後悔しないかい?」

 

 

 キリカの問いもとい説得を完全に無視して、ナガレは扉を開いた。

 

 

 

 

 熱い風と共に、笛の音が聞こえた。太鼓の音も聞こえる。

 民謡のような調べが流れる大気には、何かが焼ける香ばしい匂いも乗せられていた。

 そして眼の前に広がる光景は。

 

 

「祭りか?」

 

 

 

 見上げた先には丸い月まで浮いた夜空があった。

 夜の闇に挑む様に、紅い光量を輝かせる出店が並ぶ。

 何時の間にか背後の扉も消えていた。キリカの自室は、まるで違う場所へと変わっていた。

 

 

「あ!りんご飴とクレープ、チュロスも発見!!行くぞ友人!」

 

「ああ」

 

 

 こりゃ面白れぇや、とナガレは思った。

 異常が日常であるために、この程度の変化は驚く程度で済むのであった。

 何でこうなった?という疑問は最初から持っていない。

 変化が実害として襲い掛かって来た時に、漸くそう思うのだろう。

 

 

「やぁやぁネオマギモブの白羽根ちゃん」

 

「お帰りなさい、キリカさん」

 

 

 言葉の通り、キリカはりんご飴を扱う屋台に訪れていた。

 隣や向かい側にも屋台が並んでいる。

 店主はネオマギウスの羽根達であり、客もまた羽根達である。

 よく見れば、役割を後退している様子も見受けられた。

 妙に手慣れているところから、これはネオマギウスの恒例行事らしいと察せられた。

 

 

「浴衣、似合ってますね。お美しい」

 

「それはあの変態の教育かい?」

 

「いいえ、本心です。あのド変態は無関係です。心外であります」

 

「そりゃ失礼」

 

 

 ごめーんねとキリカは言った。

 ふむとナガレは思った。確かに、桃色の浴衣がよく似合っているなと。

 

 

「んじゃさ、りんご飴一個ちょーだい」

 

「一つでよろしいのですか?」

 

 

 羽根はちらりとナガレを見ていた。彼が口を開く前に

 

 

「一個を二人でイチャイチャしながら齧り合うからそれでおk」

 

 

 とキリカは言った。なるほどと羽根は頷いた。何がなるほどだとナガレは思った。

 

 

「俺にも一個くれ。幾らだ?」

 

「…二百円です」

 

 

 ジトついた声で応じる白羽根。空気読めよという思惑が透けて見えていた。

 金を渡し、物品を受け取るナガレ。ほらよとキリカに渡した時、キリカは困った表情となっていた。

 

 

「どうした」

 

「財布忘れた」

 

「あー…」

 

 

 この場所はキリカの部屋が変化した場所なので忘れたという表現は正しくは無いが、今の彼女は現金を帯びていなかった。

 

 

「俺が貸してやるし、別に奢っても構わねぇよ」

 

「友人、そうやって雌共に甘いから奴らは天井知らずの恥知らずにつけ上がるってことをそろそろ学びたまえ」

 

「ああそうだな。御忠告ありがとよ」

 

 

 キリカの指摘にナガレは皮肉を込めて返した。キリカは首を傾げた。何か不機嫌になる事言ったっけ?とでも思っているに違いない。

 

 

「それなんですが、キリカさんならお代は心配不要かと」

 

「え?無料なの?それは悪いよ」

 

 

 キリカは少し声を落として言った。普段の行動は非常識且つ異常だが、こういう場面で素の善性が出るのであった。

 

 

「キリカさんの場合、物々交換が可能です」

 

「…はい?」

 

 

 キリカの口調は一転し、疑いに満ちた訝し気なものへと変化していた。

 

 

「身に着けている衣服は勿論、毛や髪、皮や肉に、爪や脂でも通貨として利用できます」

 

 

 平然とした様子で羽根は言った。トップがアレなので、部下もこの有様である。

 

 

「…それはあの変態の指示かい?」

 

「許可を出したのはその通りですが、提案自体は佐倉杏子さんからのあの変態への進言です」

 

「…すまねぇ」

 

 

 ナガレはキリカに謝罪した。杏子は彼の相棒だからという連帯責任からだった。

 だがそれは却ってキリカの嫉妬心を刺激する羽目になった。

 

 

「…ねぇ、お隣のチュロス屋さん」

 

「なんでしょうか、キリカさん。レート的には爪一枚あれば今の当店の在庫は全て枯らせられますが」

 

「考えとくよ。それでなんだけど、あとで調理場を借りていいかい?佐倉杏子を油の中に放り込みたいからさ」

 

「申し訳ありませんが、油が汚れるのでご遠慮願います」

 

「チョコとイチゴ味、それぞれ五本くれ」

 

 

 買い物をすることで会話を打ち切らせるナガレであった。

 揚げたてのチュロスは一瞬にしてキリカに貪り喰われた。

 

 

「…あー、少し落ち着いた。やっぱり甘いものというか食べ物を甘いと感じるようになっているのは最高。進化万歳」

 

 

 言いながら、キリカは苛立ちを抑えようと努めていた。

 そんなキリカの右肩にナガレは片手をぽんと置いた。

 

 

「友人、あざとい」

 

 

 彼の手を払いながらキリカは言う。面倒に過ぎる少女であるが、だからこそキリカらしいといえなくも無い。

 祭りの場を流れるキリカの視線は、とある店に吸い付いた。

 

 

「お面屋か」

 

 

 呟いた彼の手をキリカは掴み、引っ張っていった。

 眼の前に到達した店の前には、多数の仮面が並べられていた。

 

 

「いらっしゃいませ、キリカさん」

 

「うむ、いらっしゃいました」

 

 

 誇らしげに言うキリカ。絶世の美少女だから許されているが、実際にいたら実にウザったい様子であった。

 

 

「ふむ」

 

 

 並べられた仮面を一瞥し、キリカが呟く。

 

 

「これ、全部あの変態の作品だよね」

 

「御明察」

 

「まぁ、これだけ精巧というかよく出来てりゃ、ね。素材はミラーズモンスター?」

 

「左様です。しかも戦闘中に加工していたらしく…」

 

「…だから血飛沫まみれで、物によっては砕けてるのか」

 

 

 アリナによって追い廻され、生きたまま加工された怪物たちへとキリカは憐憫を抱いた。

 

 

「ところで」

 

 

 キリカは視線を動かした。ヒーロー然とした連中の隣には、異形の仮面が並んでいた。

 だが、その品ぞろえは奇妙であった。

 

 

「なんでこっちは一種類だけなの?しかもこいつ……何だっけ?」

 

 

 そこにあったのは銀色の大きな丸い仮面であった。機械的ではあったが、どこかクラゲのような意匠が感じられた。

 

 

「ブロバジェルっていうのらしいです」

 

「………マイナーに過ぎるよ」

 

 

 記憶検索を掛け、キリカは漸く思い出していた。

 

 

「で、なんでこのマイナーな奴が並んでるワケ?ってうわ、あの変態の語尾になっちゃった。きっしょ、マジきもっ」

 

「御心中お察しします」

 

 

 沈痛な声音でお面屋店主の黒羽根は言った。アリナに対する敬意など、少なくともこの場では全く感じられなかった。

 

 

「どうやら妙に気に入ったらしくてですね、乱獲したミラモン達の素材で狂ったように作ってました」

 

「素で狂ってるから平常運転だろうけど、やっぱりおかしいね。狂ってる」

 

「全くです。アイちゃんも困惑しておりました」

 

「あのAI?」

 

「ええ。なんでも、最近変な言葉を覚えさせられているらしく」

 

 

 そこでキリカの眼付が変わった。察しがついたのである。

 

 

「友人、スマホ貸して」

 

「あいよ」

 

 

 即座に従った彼へと、キリカは溜息をついた。

 

 

「友人、君はホントに雰囲気が無いな」

 

「ああそうかい。後学の為に教えてくれ」

 

 

 そうは言ったが、ナガレは学ぶ気などない。この言葉も皮肉によるものである。

 今回の彼は虫の居所が悪いのか少し不機嫌気味であった。

 

 

「こういう時は少し戸惑って、『ちょっと待て』って言ってあたふたしながら履歴とかブックマークを消すんだよ。エロサイトとかエロ動画を消す為にさ」

 

「それで、それにどんな効果があるんだ?」

 

「アストラルみたいな言い方だね。別に特に意味はないよ。ただ私がそれに対して突っ込んで、青少年の健全な性を確認してエモくなるくらいさ」

 

 

 言ってる間にキリカは端末を操作していた。

 検索エンジンに「ブロバジェル」と打ち込み、動画検索を掛ける。

 一番上にヒットしたものは、彼女の予想通りの存在だった。

 

 

「友人」

 

「はい」

 

 

 端末を返したキリカは、極めて真面目な口調と表情で彼を見た。

 その様子があまりにも迫真だったので、彼もそれに調子を合わせた。

 

 

「私と約束しておくれ。私との行為では絶対に避妊具を着けない。そして」

 

 

 キリカは仮面を指さした。

 

 

「『ブロバジェル』って単語を絶対に動画検索でググらない。いいかい?絶対だよ?お母さんとのお約束ですよ!!」

 

 

 最初は物静かに、そして最後は物凄い剣幕となってキリカは言った。

 そのお母さん設定も久々に使うなとキリカは思い、そこにエモさを感じていた。対するナガレはなんのこっちゃと思っている。当然だろう。

 最後にキリカは慈母の笑顔で微笑み、ナガレに背を向けて駆け出した。

 

 

「どこだ!!出て来いアリナァァアアアアア!!!!」

 

 

 叫ぶキリカの先で、

 

 

「キリカ!?アリナを呼んでくれたノ!?」

 

 

 という声が聞こえた。

 そこに向けて、キリカは漆黒の彗星となって飛翔した。

 『死ね!』という叫びと殴打の音がすぐに聞こえてきた。

 残された彼は、とりあえず杏子と麻衣を探すことにした。

 キリカからの注意事項は、既にすっかり忘れられていた。

 


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