魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
激論が続いていた。
一つの存在に対する互いの主張を、己の心のままに言葉に乗せて相手に放つ。
机の上にそれぞれが用意した資料を乗せ、議論の根拠と考察し独自の理論を紡ぐ。
時に論理的に、感情的に。
互いの心を曝け出しながら、二人は語り合う。
時に激しく、時に静かに。
強い口調も用いながら、相手の考えは否定せずに言葉と言葉を絡め合う。
長い時が過ぎた。
互いに既に汗だくになり、声も枯れかけている。
汗を拭った時、二人の眼が合った。
互いに互いの眼を、凄く綺麗だと思った。
二人は笑った。
結局、分かり合えなかったが二人の心は晴れやかだった。
「…アリナはまだヴァージンだけど」
「うん、私も」
俯きながら恥ずかしそうにアリナは言い、呉キリカの幼馴染であるえりかも恥ずかしそうに頷いた。
「互いの心を曝け出して、絡め合っての今の時間は…まるでsexみたいだったんだヨネ…いいsexって、きっとこんな感じだと思うノ……」
感慨深げに言うアリナに、えりかは深々と頷いた。
アリナは顔を上げ、えりかの顔を見た。
アリナの顔には真剣な眼差しがあった。
「呉キリカへの貴女の愛に、アリナは敬意を表します」
「私もだよ、アリナ・グレイ。でも、キリカが男とするっていう概念は私には受け入れられない」
すまなそうに、だが毅然とした意志を以てえりかは言った。
アリナは首を左右に振った。穏やかで、優しい動作だった。
「いいの、えりか。愛の形はそれぞれだカラ」
「うん、ありがとう。でも、絶対に私達は分かり合えないって分かっちゃった」
「それは…」
アリナは言葉に詰まった。沈黙がしばし続き、彼女は再び口を開いた。
「でも、それはそれ。分かり合えなくても、関わっていく事はできるの。アリナ達には意思があって、言葉があるのだから。だから」
再びアリナは口を閉ざした。意を決して、彼女はこう言った。
「だから貴方はアリナの
えりかはアリナが、泣きそうになっているのが見えた。決して埋まらない溝で隔絶されつつも、歩み寄ろうとしてくれてると即座に分かった。
えりかはアリナの手を取った。泣かないで、と彼女は言った。
「うん、分かった。私はアリナのエネミーとして、あなたの愛を否定する。だからあなたも私を否定して、共にキリカを愛していこう」
言葉が終わると、二人は誰が先でもなく両手を伸ばして抱き合った。心の底から互いを労わる、この世で一番優しい抱擁に見えた。
「うぇぇええええええええええええええええええええ!!!!」
苦痛の叫びの直後、赤交じりの黄色い胃液を呉キリカは吐き出した。
「おぼろぇぇええええええええええええええええ!!」
洗面台の淵に両手を乗せ、大量の胃液を吐き出していく。
隣に立つナガレは無言で、キリカの背を摩っている。
「うおぇろえええええええええええええええええええええええええ!!」
再びの嘔吐。吐かれるものは唾液交じりの鮮血となっている。
白い陶器の洗面台は、肉の色に染まっていた。
キリカの部屋の中にアリナが生成した結界。
その中で繰り広げられた、旧友とアリナの会話。
キリカの母が娘の部屋に仕掛けた盗聴器を再利用し、キリカは二人の会話を聞いていた。
その内容が気持ち悪すぎたため、狂気に耐性があるキリカも耐えられなかったのである。
ナガレはキリカの小さな背中に手を摩り続ける。
三十分が経過した頃、吐かれるものは血から胃液になっていた。
更に一時間後、漸く嘔吐が収まった。
タオルで口を拭うキリカに、ナガレは水が入ったコップを差し出した。
キリカはそれを奪って飲み干すと、彼が片方の手に持っていた二リットル入りのペットボトルを掴み一度の中断も無しに全ての水を飲み込んだ。
「難儀だな」
彼の言葉にキリカは頷いた。
「全くだよ。愛についての解釈違い、これほど厄介な問題も無い」
嘆くように言うキリカ。
自分が想定していたのと違う答えが返ってきたが、ナガレも慣れたもので「ああ」と調子を合わせていた。
納得はしていないが、この場で正論を言っても無意味と思ったのだろう。
「…あいつらの話、を聞いてて思ったのだけど」
耳に装着していたワイヤレスのイヤホンを外し、キリカは続ける。
「クソゲスアリナの、私と君が交わって欲しいという妄想は……残念ながら悪くはなかった。奴は以外にも純愛好きというのが意外だったけど」
悔しそうにキリカは言う。
「私が嫌だったのは、あいつが私の思考を多少なりとも理解しているというところだ。私を物語の登場人物か何かのように考えて、考察してる感が最高に気持ち悪い」
言い終えるとキリカは口にタオルを当てた。胃液が込み上げてきたのだろう。
「最悪だったのは、君と交わる時の体位や喘ぎ声、繋がる角度に絶頂するタイミング、挙句の果てに最も効率よく着床できるであろう時間帯と遺伝子を絡ませる回数まで予測してそれが私の考えと一致してたところだよ」
絶望の言葉を綴るキリカ。
「体の動かし方や体位とかは…ああ、あいつならよく分かるだろうさ。私を何十、何百回も解体したからな。あいつ以上に私の身体の構造に詳しい奴はいないだろうさ」
込み上がってきた胃液をキリカは飲み込む。嘗ての凶行への反抗であった。
「あとえりかもえりかだよ。私を万引き犯にしたって事を、ずっと悔やんでたっていうのは私も心が痛むけどさ……それをこじらせて、ああなるなんて」
話題を切り替えるキリカであったが、彼女の表情は晴れない。寧ろさらにどんよりと曇っている。
「隣の家に来たのも、母親の再婚相手つまりは新しい父親を脅してやったかららしい。曰く『私の妹か弟を作りたいなら言う事聞いて』だの『最終兵器、一生のお願いを使った』だそうだよ。その一生のお願いっていうのを、盗聴してた限りだと十二回はもう使ってるらしいけど」
あんなに可愛かったのに、今のえりかは狡猾すぎる。
キリカはそう嘆いた。
「それとえりかは…私が男と絡むのは絶対に嫌で、認められないという性癖を持っている。私はレズないし無性欲なキャラの方がいいらしい。私はそんなキャラだと、えりかは思い込んでる。これは厄介オタクにすぎる。ネット上のオタク談義でも解釈違いは戦争を呼ぶってのにさ」
キリカは両手で顔を覆う。
「もしもあのえりかに私が男と絡む様子を見せたりしたら、何をやらかすか分からない。尤も、私は君意外じゃ濡れないし欲情しないのだけど」
告げたキリカの胸に疼痛が疼いた。今の発言は、僅かな嘘を含んでいるという自覚があったからだ。
少し前に、キリカは佐倉杏子に欲情していた。
「とにかくさ、私の心とか行動を研究されて語られるっていうのは実に気味が悪かった。狂気には耐性があると思ってたけど、邪悪や理解不能という概念は底がないって事が分かったよ」
そこでキリカは言葉を切り上げた。口を拭ったタオルを軽く水洗いしてから洗濯機に放り込み、ボタンを操作し機械を回す。
「…そろそろ上に行こう。死の記録人、佐鳥かごめ…通称『ネクロボット』がお待ちだよ。にしても取材を受けるっていうのは実に変な気分だ」
ふらつくキリカに肩を貸し、ナガレはキリカの部屋がある二階へと向かって行く。
彼は黙っていたが、キリカの話を聞かされているナガレはキリカ以上に変な気分だったことだろう。