魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第90話 奇妙ながらの平凡な日常

「ふぁぁ…あ」

 

 

 キリカの自室にて、ナガレは欠伸をした。

 時計を見ると、夕方の十七時となっていた。

 そういえばと思い返すと、あすなろの廃ビルを出てからまだ二日も経っていない事が分かった。

 かずみと一緒にあすなろでの散策、をする間もなく不良たちに絡まれ、蹴散らしていると正義の味方風に割り込んできたアリナと遭遇。

 建物の屋上から飛び降りたはいいが着地に失敗し転倒。挙句の果てに風俗店から出たゴミ箱に突っ込んだせいで汚液に塗れたアリナ。

 気絶し異臭に塗れた彼女を放ってはおけずに緊急避難的にラブホテルへと向かい、シャワーを浴びせて洗濯も済ませて退去した。

 この間、かずみは財源確保と称して路地裏やゲームセンターをうろついては言い寄ってきた不埒な連中を返り討ちにし金品を強奪していた。

 逞しくなったなぁ、とナガレはかずみの成長に感動していた。

 熱くなってきた目頭を擦るナガレ。指に僅かに付着していた液体は汗ではなく涙であった。

 

 眼を数度瞬いてから追憶を開始する。

 その後はネオマギウスのリーダーであったアリナによって廃ビルの中に結界を張られ、交流も兼ねてネオマギウスの面々らと宴会を開き…。

 

 

「うーん…」

 

 

 ナガレは呻いた。

 要約していながらも混沌とした現状に、さしもの彼も苦悩しているのだろうか。

 

 

「平和すぎるな」

 

 

 何の疑問も無く、確信を込めて彼はそう言った。やはりこいつも異常であった。

 言い終えた時、部屋の扉が開いた。

 ふらふらと歩き、ベッドに向かって孤影が飛んだ。

 

 

「お疲れ」

 

「めっさ疲れた」

 

 

 鉛のような声で応えたのは、部屋の主たるキリカである。

 

 

「えりかとの昔話は…ああ、楽しかったよ。うん、これはマジ」

 

 

 ベッドにうつぶせになりながらキリカは語る。

 桃色のパジャマを纏い、濡れ羽色の髪や体からは湯気が昇っている。

 

 

「でもさぁ…その後で即お風呂行くなんて思わないじゃん?しかもあの女もとい母さん…いや、あの雌まで来るとかさ」

 

 

 キリカは嘆きの言葉を紡ぐ。そこで言葉は途絶えた。

 風呂場であったことに関しては、一言も言いたくないらしい。

 大変だな、とナガレは思った。そんな彼の鼻先を風が横切った。

 扉からの隙間風かと彼は振り返った。

 

 

「…ん?」

 

 

 振り返った瞬間、視界の端を何かが横切った。そんな気がした。

 

 

「なぁキリカ」

 

「なんだい、友人。アリナなら下で母さんと一緒にいるよ」

 

 

 ナガレの問い掛けをキリカは改変した。聞いて欲しいんだろなと彼は思い、追及を留めた。

 

 

「あの変態は母さんに甘えて、膝の上に頭を乗せて右手の親指をしゃぶりながら母さんのお腹に耳を当ててる」

 

 

 嫌悪感だけで出来た言葉を、キリカは滔々と口にしていく。

 

 

「流石に口に出してはいないだろうけど、『アア…この聖域で、呉キリカが育まれたの……!』とか思ってそう。死ね」

 

 

 出会ってから一日と少しだが、ナガレにもその様子が想像出来た。

 それだけ、アリナという存在が彼に与えた印象は強烈だった。

 

 

「それで話なんだけど、お前の家って猫飼ってたっけ?」

 

「いや別に。なんだい、デストワイルダーでも食べたくなったの?」

 

「何だよそれ」

 

「白い虎。あれだよあれ、サルミアッキ味の腕してるやつ」

 

「あー、あれか。いや、あれほどデカくねぇな。猫くらいの大きさの何かだった」

 

 

 相も変わらず狂った話を日常的に交わす二人であった。

 ん、とキリカは呟いて顔を横にし、ナガレを見た。

 

 

「何か、ってところが妙だね。君の視力で認識できないとは」

 

「まぁ、何かの見間違えかもしれねぇからな。別に気にする事でもねぇさ」

 

「その『何か』に該当するものが、我が家には皆無なのが問題なのさ」

 

 

 ん、と今度はナガレが呻いた。

 異常事態の発生かとナガレは弛緩していた気分を引き締めた。

 キリカはその様子を見て、こいつの挙動は一々がエロいんだよなぁと感慨深く思っていた。

 

 

「…それ、なんだけどよ」

 

 

 声の発生源は、布団から起き上がった杏子であった。

 それに続いてリナ、麻衣、京が目を覚ます。

 揃って御揃いの桃色パジャマを着た魔法少女らの顔にも、疑念の表情が張り付いていた。

 

 

「寝てる間、何かを見たのを覚えてるんだ。眼を開いたときとか、水を飲むのに起きた時とか…何かがいた気がするんだよ」

 

 

 他の面々も顔を見合わせて頷いている。

 その顔は青ざめているようにも見えた。

 

 

「んーーー…私の家、何時も間に心霊スポットになったんだろ?」

 

 

 茶化したキリカの声であったが、誰も笑わなかった。

 魔女という怪異と戦い続け、血みどろの死闘を繰り広げている魔法少女であるが、それはそれでこれはこれという意識なのだろうか。

 

 

「あ、ちょっとすみません」

 

「うあああああああああっ!」

 

 

 唐突に発生した声に、ナガレ以外の全員が叫んだ。

 言い忘れたが、この場にはもう一人黒江もいるのだが、彼女は眠り続けている。余程疲労が蓄積しているのだろう。

 それだけに今の叫びが不愉快だったらしく、寝顔が顰められていた。

 

 

「ごめんなさい。かずみさんがお料理を作ったので呼んできてとのことでして」

 

 

 すまなそうにそう言ったのは、ネオマギウスの白羽根であった。

 ベッドと床の間から、上半身が這っていた。

 アリナによる結界魔法とキリカの部屋との接続部分が、キリカのベッドの下なのであった。

 僅かな隙間であったが空間が湾曲しており、身体を圧迫する事も無い。

 

 

「なんだ…そうだったのか」

 

 

 安堵に満ちた声で麻衣が呟く。

 先程からの奇妙な事象は、この隙間から見えた羽根達だったと思ったのである。

 他の面々も頷いていた。

 だが。

 

 

「…いや、多分違うぞ」

 

 

 そう言った彼を、魔法少女らは一斉に睨んだ。

 

 

「空気読めよ」

 

「主人公だからって良い気になるなよ、友人」

 

「そういうところが好きになれないな」

 

「麻衣ちゃんに同意。というかお前嫌い。死んで」

 

「…ノーコメントです」

 

 

 口々に言葉を吐く魔法少女らであった。

 面倒な奴らだなとナガレは思った。

 とはいえバツが悪かったので、白羽根の方を見た。

 彼が見た時、白羽根は左右を見渡していた。

 眼深に被られたフードから覗く顔には、大量の汗が浮かんでいた。

 

 

「…あの……」

 

 

 絞り出すように白羽根は言った。

 

 

「このくらいの大きさの……人形を見ませんでしたか……?」

 

 

 両手を用いたジェスチャーで、白羽根は大きさを示した。

 それがナガレの記憶を刺激した。

 

 

「もしかしてだがよ」

 

「…はい」

 

「縦長で」

 

「ええ」

 

「簡単な形の顔で」

 

「…はい」

 

「頭の上に野菜のヘタみたいなのが」

 

 

 言い掛けたとき、白羽根は短く悲鳴を上げた。

 後ろに後退しようとし、ベッドの淵に派手に後頭部を激突させた。

 

 

「……間違い、なさ、そうです」

 

 

 声は引き攣り、恐怖に満ちていた。

 何が起きている。全員の疑問であった。

 

 

「それは…」

 

 

 後頭部の痛みも忘れて白羽根は口を開いた。

 

 

「そうだよ、キリカ」

 

 

 全ての視線が扉絵と向かう。

 開いた扉の先にいたのは、キリカの幼馴染であるえりかであった。

 彼女もまた、桃色のパジャマを羽織っていた。

 

 

「私が呼んだの。キリカの秘密も、この人が全部教えてくれたんだよ」

 

 

 晴れやかな笑顔でえりかはそう言った。

 キリカが問う前に、えりかは横に退いた。

 その背後には、小柄な少女が立っていた。

 上は深緑の葉、スカートは桃色の花弁。頭部には小さな王冠。

 植物を思わせる造形のドレスを着た少女がいた。

 その手には、黄色い縫い包みが抱かれていた。

 その特徴は、ナガレが話した通りであった。

 

 

「佐鳥、かごめです……取材、させていただけないでしょうか?」

 

 

 おずおずと、それでいて丁寧な言い方でかごめと名乗った少女は尋ね、頭を下げた。

 その様子を見るナガレの背後で、白羽根は小さく呟いた。

 

 

「……死神………魔法少女の……死の記録人……」

 

 

 怯えと共に放たれた白羽根の言葉は、室内の魔法少女らの耳に呪いのようにこびり付いた。

 


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