魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第89話 帰還、そして

「ふぁぁ…」

 

 

 壁に背を預けたナガレは欠伸を吐き、右手を伸ばした。

 伸ばした先には丸い机があり、戻ってきた手には湯気を立てるティーカップが握られていた。

 左手で本を持ちつつ杯を口に運び、熱い液体を啜る。

 

 

「甘ぇ」

 

 

 砂糖とミルクがたっぷりと入った紅茶を彼はそう評した。

 甘みとまろやかさの奥に、好ましい香りが隠れている。

 麦茶や緑茶はともかく、紅茶を飲む文化が無いナガレにとって、これは人生初に近い紅茶だった。

 しかし彼はこの飲み物の基本がこれだとは思わなかった。

 何故なら、この場所の主の嗜好は味覚の内で甘味を第一とする性質を持っていると知っているからだ。

 

 

カチャッ

 

 

 部屋の扉が開いた。

 ふらふらという足取りで進むのは朱音麻衣だった。

 桃色のパジャマを着た彼女の眼は虚ろであり、髪や体からは湯気が昇っている。

 ナガレは扉を見た。

 茶髪のポニーテールの美女がそこにいた。

 垂れ目気味の目を閉じ、ナガレに頭を下げる。

 彼も軽く首肯した。

 

 扉が閉じられると同時に、朱音麻衣は前へ向かって倒れた。

 倒れた先には布団が敷かれていた。

 うつ伏せに倒れた麻衣を仰向けにし、枕を頭の下に置いて毛布を被せる。

 これでよしとしたときに、彼は周囲を見渡した。

 同じような光景が幾つもあった。

 佐倉杏子、人見リナ、佐木京。全員が同じようなパジャマを着せられ、仰向けになって眠っている。

 そろって口は半開きになり、唇は唾液で濡れていた。

 寝ているのだから意識が無いのは当然だが、それにしても呆け切った有様である。

 

 その中に一つの例外があった。

 

 

「え……えく、せ、れんと……」

 

 

 布団に入っている中で、ただ一人だけが目を見開いていた。

 緑色の瞳の周囲には、血走った血管が無数のヒビのように広がり白目の部分をほぼ駆逐していた。

 

 

『先輩…そろそろ寝て欲しいの……』

 

 

 アリナはフールガールの言葉を呟いた。実に眠たそうな声だった。

 

 

「あれが…呉…キリカの……ぐれぇとまざぁ……」

 

 

 アリナは興奮しきった声で言った。

 声に付随するがちがちという音は、彼女の口が小刻みに震え鳴らされている歯の音である。

 ナガレはそれを尻目に本を読んでいた。

 文中では、汲み取り式便所に捨てられた赤ん坊が母親の口に入ってから腹を引き裂いて脱出する様子が描かれていた。

 ナガレは本を一旦閉じて作者名を確認した。

 

 

「猿先生と違ったか」

 

 

 そう呟いて欠伸をすると、再び文章を読み進めた。

 文中の異常さではなく、作風の類似から作者名の方が気になるという変なリアクションを示すナガレであった。

 しばらく読み進めると、赤ん坊は成長し行く先々で殺戮を繰り広げていた。

 最終的には逮捕され、その人物専用の監獄に入れられていた。

 

 

「これが税金の無駄遣いってやつか」

 

 

 フィクションの中でも金は無駄に使われるんだなと彼は思った。

 彼自身が嘗て、政府からの莫大な予算を抽出して建造された研究所で製作された、天文学的な予算を投ぜられて造られたロボットに乗っていたという事を棚に上げての一言であった。

 その時また扉が開いた。

 今度は黒髪の少女であった。虚ろな目で、口元に緩い笑みを浮かべ唾液を垂らしながらふらふらと歩く。

 先程のように扉の先にはポニーテールの女がおり、また先程の遣り取りが為された。

 扉が閉められた直後に少女は倒れたが、その先には敷かれた布団が待っていた。

 

 うつ伏せになった少女、黒江へとナガレは手を出さなかった。

 彼が見ている間に、黒江はよろめきながらも動き、自分で毛布を羽織った。

 仰向けになった時、黒江はナガレを見た。

 呆けた表情に、複雑そうな想いが混じる。何かを言おうとしたが、彼女は途中で意識を失った。寝息が立てられ始めたのはそれからすぐの事である。

 

 

「『ありがとう』」

 

 

 天井からの声。その少し前には何かが外れる音がした。

 

 

「そう言おうとしたのかな」

 

「別に何もしちゃいねぇだろ」

 

「何もしないことに対してだよ。君、分かって言ってないかい?『俺何かしちゃいました?』みたいに」

 

 

 理解が及ばない台詞と共に彼の隣へと無音で着地したのは、この部屋の主たる呉キリカである。

 彼女もまた桃色の服を着ていたが、それは寝間着ではなく体操服であった。

 左胸の辺りに「見滝原中」という文字があった。学校指定のジャージなのだろう。

 

 着地したキリカは周囲を見渡し、部屋の半分を埋める布団とその中で眠る魔法少女達を見た。

 

 

「我が母ながら、あの女は淫魔かなにかかな?忌憚のない意見てやつっす。ついでにこの口調は鯱山語録じゃなくてミスドの馬くんのリスペクトっス。で、こっちが語録っす。以下無限ループ」

 

 

 久々に本調子だなとナガレは思った。確かに、ここ最近のキリカの行動は相変わらず異常だったがこう言った面での異常性は抑えられていた。

 アリナ・グレイという更なる異常者がいたために。

 

 

「大漁だな」

 

「うん。全く呆れるよ」

 

 

 呆れと疲労が混じった声でキリカは言い、両手に抱えた物を床に置いた。

 それらは数十に及ぶ小型カメラと収音器だった。キリカはちらりと緑髪の少女を見た。侮蔑の視線であった。

 

 

「そこの変態の魔法のせいで」

 

「ひゃん!」

 

「黙れ」

 

 

 キリカの声にアリナは即座に従った。再びキリカは重い息を吐いた。

 

 

「結界生成魔法で、私の部屋とあすなろの廃ビルが繋がったのは…まぁなんかご都合主義的な謎現象だからいいとしよう」

 

 

 これまでもそんなのばっかりだったしと、キリカは吐き捨てる。

 

 

「問題は私が不在の間に、母さんはまた監視カメラを大量にセットしてた事だ。よっぽど娘の処女喪失を記録したいらしい」

 

 

 そんなの何に使うんだよ、とキリカは嘆く。本人に聞く気にはならないので、永遠に謎な問い掛けだった。

 

 

「その上でなにさこれ。全員を一人ずつ風呂に連れ込んで骨抜きにするとかさ…娘としては地獄だよ」

 

 

 キリカの嘆きが続く。ナガレは何も言わない。言えるべき事が無いからだ。

 キリカとしてもナガレから何かを言われても困るので、彼の沈黙は救いであった。只今は、この嘆きを聞く者が欲しかった。

 

 

「これはそろそろ、父さんに密告して叱ってもらう事にしよう。母さん、いや、あの女は父さんには弱いから。寝床だとよわよわな雌になるから」

 

 

 単身赴任から帰ってきたら、これまでの罪をブチ撒けてやるとキリカは誓った。

 人様の家庭の性生活に踏み入る気も無いので、ナガレは相変わらず黙っている。

 また彼は何も言わず、思ってもいなかったが好意を寄せた異性に対して性的に弱くなるというキリカの性質は母親から受け継いだもののようであった。

 話を終えたキリカへと、ナガレは一枚の紙を渡した。

 キリカはそれを受け取らず、一瞥し内容を理解した。何度目かの溜息を吐いて、キリカはジャージを脱いだ。

 ナガレは視線を落とし、読書を再開した。先程の小説は読み終わり、別の作品を読んでいる。

 書物から召喚された巨大な東洋龍が、口から核融合の炎を発射し山を破壊する様子が描かれていた。

 次の場面を眼で追った時に、キリカはナガレから本を奪い取った。

 

 

「友人、行くぞ」

 

「何に?」

 

「読んでなかったの?」

 

「勝手に読むのはどうかと思ってな」

 

「変な所で常識人だな」

 

 

 言いながら、ナガレは立ち上がりいつもの私服に着替えたキリカの後を追った。

 階段を降り、一階へと歩いていく。

 

 

「隣に引っ越してきた人がいるから、挨拶しろってさ」

 

「何で俺まで?」

 

「私は契約でこの性格になったけど、過去のあれこれで陰キャになったから。だから知らない人とか怖いから」

 

 

 さらっと重要そうなことを言うキリカであった。なら仕方ないかと彼は思った。

 

 

「ついでに次に会いに行くときに、『私はこいつに孕まされました』って挨拶に行くための予行にしたいから」

 

 

 これについては仕方ないとは彼も思わないが、反論するだけ無駄でここは他人の家なので静かにせねばと黙っている。

 彼は今回、こんな役どころばかりであった。

 キリカが謎発言をしている間に、玄関に辿り着いていた。

 靴を履いて扉を開く。

 開いた先に、既に人が立っていた。

 出入りするタイミングが重なったようだった。

 その人物を見た時、キリカは言葉を喪った。

 左右に広がった金髪のセミロングにラフな格好をした、キリカと同年代くらいの少女。

 

 

「………え、りか?」

 

 

 声を絞り出すキリカ。まるで、幽霊でも見たかのような口調だった。

 言い終えた彼女に覆い被さる影。えりかと呼ばれた少女が、キリカを抱き締めていた。

 

 

「き」

 

 

 短い一言。その一言には感極まった響きがあった。

 

 

「きりかあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 抱き締めながら、少女、えりかはキリカの名を叫んだ。一度言い終えると、また名前を叫び始めた。

 困惑するキリカはナガレを見た。ナガレは首を傾げた。

 この役立たず、とキリカは内心で彼を罵った。

 

 

 

 


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