魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第85話 椿

「苦戦なさっているようですね」

 

 

 一点の穢れも無い澄み切った水。それに差し込む青白い月光。

 それはこの世にあってこの世に無い、幻想のような美しさを彷彿とさせる声であった。

 その声は、左右に別れた人垣の先にいた。遊佐葉月の元で鍛えられた白羽根と黒羽根達は既に武器を手に取っていた。

 全ての切っ先は、声を発した者へと向けられていた。指示があれば、即座に排除へと向かう手筈が既に整えられている。

 

 五十人の魔法少女達の間には緊張が漲っていた。視線の先の存在から、彼女らは片時も目を離さない。

 そこにいたのは、これもまた白いローブ姿の少女だった。多数の殺意に晒されていながらも、ただ悠然と立っている。

 何時からいたのか、それは誰にも分からなかった。

 俯き気味のため、表情すら伺えない。

 ただこの白羽根の声は誰もが知っていた。

 だからこそ、全員が脅威と見做しているのであった。外敵に襲撃されている、今この状況においてさえも。

 

 

「お久しぶりだねぇ。お元気だった?」

 

 

 緊張感を無視したような声色で葉月は言った。

 相手は何の反応も示さない。

 指揮官への無礼な態度に何人かの羽根達が憤ったが、近場の羽根が暴発はするなと思念で制止を促す。

 

 

「色々と話は聞いてるけど、まずは無断外出の件を報告した方が良さそうだね。そうしないと、怖い人たちに怒られちゃうから」

 

 

 親しみを込めて、それでいて悪戯っぽく葉月は言う。

 何人か、いや、半数以上の羽根達が背筋を凍えさせた。

 怖い人たちというのはマギウスの懲罰部隊であるマギウス司法局、通称『MJD』に違いなく、彼女らの名声という名の悪名と『戦果』は轟いているからだ。

 更に司法局の面々が捕獲した連中は、この神浜第九監獄に収監されている。

 捕縛されて引き渡された処罰対象者の有様を最初に目撃するのは、当然ながらここで勤務に当っている葉月以下の魔法少女達であり、MJDの被害者たちの様子は何度見ても慣れることがない。

 ここで勤務する者達は組織の中で最もMJDと接する機会が多く、彼女らも親しみを持ってくれているようだが、血塗れで火傷に覆われ、肉片や液体同然にされて苦しむ呻く魔法少女を引き渡されるのは遠回しに離反への警告をされている気分だった。

 

 

「まぁここに来られたって事は、ここへのアクセス権は残ってるって事だから…案外大丈夫かもねぇ」

 

 

 なおも無言の白羽根に向けて、葉月は更に言葉を紡ぐ。

 

 

「それでなんだけど、今はご指摘の通りの状況でね。文字通りの戦線復帰って事で、一緒に戦ってくれると心強いよ」

 

 

 手を差し伸べる葉月。

 離反者ではなく仲間として葉月は白羽根を扱った。

 大事なのはここを生きて切り抜ける事であり、無用な争いをすべきではないのであった。

 仮に白羽根に処罰が下るとしても、それは自分の仕事ではない。

 利用できるものは全て利用し、敵に勝たねばならないのである。

 

 もし大庭樹里一行が施設内に侵入し、囚人を解放されたのなら囚人達は看守である自分達に襲い掛かるだろう。

 監獄側は相手を殲滅ないし無力化しなければならないが、相手は囚人達を解放すれば勝利となる。

 現状は防御力で勝っているとしても、既に敵は要塞に肉薄している。

 刻一刻と、形勢は監獄側に不利となっていた。

 

 

「ああ、その事ですか」

 

 

 澄んだ声で白羽根は応じた。

 

 

「んー?」

 

 

 と葉月は首を傾げた。可愛らしい様子であったが、内心には疑念があった。

 僅かな応酬であるのだが、どうにも会話が成立している気がしないのだった。

 まるでなにか、機械か人形相手に話をしてるかのような。そもそも、生き物を相手にしている気がしない。

 気の迷いだと葉月は思い直す。

 相手の反応を待っていると、白羽根の顔がくいと上がった。

 

 

「許可なら、いただいております」

 

 

 白い肌が見えた。白磁の肌という言葉があるが、それを体現したような、いや、そのものに等しい質感と色の肌だった。

 非生物的な、美しい金属にも思える白い肌の中で、唇だけが赤かった。

 赤と黒の狭間、最も赤く最も黒い赤。深紅の色の唇だった。

 それと同色の物が、空中に投ぜられていた。

 視認した瞬間、葉月は雷撃を身に纏った。

 超高速の斬撃が放たれる、その瞬間だった。

 

 

「白椿」

 

 

 言葉を聞いたとき、葉月の手足は宙を舞っていた。

 鮮やかな鮮血が飛沫となって舞い上がる。

 それは黒羽根や白羽根達も同様だった。

 手足が吹き飛び、赤い飛沫が飛び散り大気に血潮の香りが満ちる。

 

 

「美しい」

 

 

 赤い唇が優雅な微笑みを浮かべていた。地面に落下した、四肢を喪った葉月はそれを見た。

 赤い絨毯を敷き詰めたように、赤い色が室内に広がっていく。

 

 体内から流れる血は、ただ一人立つ白羽根の足元にも辿り着いた。

 血の湖面は鏡となって、四肢を切断された少女達の中央に立つ孤影を映す。

 左右の手には一振りずつの日本刀が握られていた。

 赤い糸が巻かれた、左右で異なる長さの刃。

 輝く水面を思わせる銀の刃は、自らが切り刻んだ者達の姿を鏡のように映していた。

 

 苦痛の叫びが至る所で上がる中、葉月は顔の前に落ちている物体を見ていた。

 赤黒く汚れていたが、それは黒いリボンを巻いたブラウン色のロングヘアの少女だった。それも年齢的にはこの場の誰よりも幼い少女。

 その少女の、切断された頭部だった。首としないのは、切断箇所が鼻と唇の間であるからである。

 両眼は抉られ、黒い孔となっていた。

 


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