魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「…これで、大分落ち着いたハズなんですケド」
肩を激しく上下させながら、アニメのキャラクターのような運動服を着たアリナ・グレイはそう言った。
垂れ下がった両腕の両手の指先からは、緑の燐光が輝いていた。彼女の周囲を数十人の羽根達が取り囲んでいたが、彼女たちはアリナ以上に疲弊していた。
両手を軽く振って、魔法の残滓を拭い去る。
アリナの前には、台の上に横たわる環いろはがいた。
顔は汗で濡れ、魔法少女服を纏った全身もまた似た様子である。
苦痛は残っているようだが、確かに容体は安定している。
タイツの下を這い廻っていた、蛆虫のような蠢きも姿を消していた。
「これで暫くはイブも大人しくなる筈なんだヨネ」
「治せないの?」
アリナの言葉に、刺々しい口調で黒江が噛み付いた。
「治すって事はイブを殺すことで、それはつまり」
そこでアリナが言い淀む。彼女が腕に装着した腕時計状の端末が光を放った。
『>イブの死は環いろはの死と同義です』
アイという名の人工知能がアリナの言葉を引き取った。
金属質な声であったが、残酷な答えを告げる声は悲痛な響きを孕んでいた。
黒江は歯を軋ませた。奥歯が砕けるほどに、強く噛み締めている。
「よく分かんねぇけど、つまりアレかい」
杏子が人垣を避けて近寄った杏子が黒江の横から声を掛けた。
「そのイブってのをどうにかすりゃ、いいんだな?」
幾多の視線が杏子へと向けられた。
見ていないのは、環いろは本人とアリナだけである。
「…出来るの?」
気丈ではあったが、黒江のそれは縋りつくような響きに満ちている。
「あたしじゃねえけど、前に似たようなことをなんとかした奴がいる」
どこか誇らしげな言い方だった。
それだけで、ネオマギウスの一同はその言葉の矛先が誰かが分かった。
疑念、心配、嫌悪。凡そ正のものではない感情を有した視線が、その対象へと向けられる。
それは既に人混みを抜け、アリナの背後に立っていた。
「どうすりゃいいんだ。何でも言いな」
向けられている全ての負の感情を一顧だにせず、それでいて功名心の欠片も無い。
ただ、生来の力強さに満ちた声でナガレはそう言った。
「行け行け行け行け行け行け!!!」
少女の絶叫が響き渡る。
号令を上げた少女の背後から、数人、十数人、そして数十人の少女達が押し寄せる。
フードの下の髪の色こそ様々だが、赤い袖出しのベストと黒い長ズボン、そして口元を覆う赤いバンダナが共通していた。
布には開いた肉食獣を思わせる牙が描かれている。それはまるで、自らを悪鬼の軍勢としているかのようだった。
可憐だが恐ろしい少女達が掛ける傍らで、炎と爆風が躍り狂っていた。
赤い空が何処までも続き、乾いた土と地面から露出した岩が地平線の彼方まで続く荒涼とした世界。
炎と爆風は地平線の奥から訪れていた。巨大な岩のように見えたそれは、分厚い装甲で覆われ、幾つもの砲台を備えた要塞だった。
砲台は休みなく稼働し、魔力による砲弾を吐き出し続ける。
地面に当った瞬間に炸裂し、内部に詰められた破壊の力と砕いた鉄片が爆風と共に吹き荒れる。
悪鬼の少女達は防御魔法を展開していたが、運悪く近くに着弾した者は破壊の洗礼を受けていた。
手足が千切れ飛び、血と肉を撒き散らしながら土砂と共に宙を舞う。
落下してきたそれを仲間が受け止め、治癒魔法を発動。
奇跡のように手足が繋がり、同時に増血も施されて蒼白の顔に血の気が戻る。
動けるようになった瞬間に戦列に復帰し疾駆を再開する。
死の淵から戻ったばかりの少女であったが、悪鬼を模した口元からはその外見に相応しい絶叫が放たれた。
それは攻撃者への報復心と敵対心で彩られていた。
だが叫びの感情の中核は、コールタールのように重く粘ついた恐怖心であった。
恐怖は敵に対するものではなく、それは寧ろ…。
飛来する砲弾へ、少女達は一斉に曲刀を投じた。一抱えもある砲弾が串刺しにされて空中で炸裂した。
抜け出てきた砲弾に、少女の一人は跳躍し両腕を振り下ろした。
装備されたチェーンソーが砲弾の魔力の中枢を貫いて無力化させる。
少女達の動きは連携が取れ、更には敵の武装を理解し破壊する知恵と実行する力を備えていた。
さながら、強力な軍隊である。そんな少女達であったが、上半分だけに見える顔には焦燥感が滲んでいた。
もっと早く、急げ、急げと何かに脅かされているような。
進撃する少女達は、遂に要塞の間近まで接近した。
あと数百メートルと迫った時に、要塞の前の地面が盛り上がった。
土を撥ね飛ばして顕れたそれがトーチカであると気付いたとき、前線の少女達は金色の閃光に染められた。
トーチカに搭載された砲台からは、弾丸ではなく広範囲を焼き尽くす雷撃が放たれていた。
「あらよっとぉー」
雷撃に包まれる寸前、悪鬼の少女はそんな気だるげな声を聴いた。
少女達の顔が、恐怖と信頼とが等配分された表情となる。
その表情を、真紅の輝きが赤々と染めた。
放たれた雷撃に巨大な炎が喰らい付き、引き裂いて喰らい尽くした。
「おぉいお前らぁぁ…ちょーっと気ぃ抜けてんぞぉぉ…」
ダルそうにそう告げたのは、炎の意匠を有した中華風の装束を纏った少女だった。
背中からは翼が、腰からは龍を模したと思しき尾が垂れ下がっている。
手に持った赤く細いパイプの先端からは火花が散っていた。
放たれた炎は、この少女によるものだった。
炎はなおも暴れ狂い、出現した二つのトーチカへと向かってそれを覆い尽くした。
迎撃の雷撃も抵抗虚しく喰らわれ、炎を更に拡大させる始末であった。
巨大化した炎は東洋龍の姿となって炎を撒き散らしながら咆哮した。
地面が揺れ、更に複数のトーチカが出現する。
新たな獲物を見つけ、巨龍は歓喜の叫びを上げて襲い掛かった。
「さぁて、樹里サマの魔法が暴れてくれてっから…ここいらで少し休みでついでに、今一度目的を説明すっからなァ」
炎の龍を呼び出した少女…樹里は、地面から露出した岩の上に腰掛けて言った。
腰をかがめて足を開いてのだらしない座り方だが、貫禄に溢れていた。
その前に四十人を超える悪鬼の貌の少女達が並んでいる。
焼け焦げた大地の匂いに混じって、恐怖による汗の匂いが香り始めた。
この場の誰もが樹里を恐れているのであった。
「あのふざけた要塞、神浜第九監獄をブチ破ってぇ…中にとっ捕まってるクソゲスマギウスの腐れ羽根どもを引っ攫う。それでもって、自由になった方々をちゃあんともてなしてやらねぇとなぁ」
淡々とした口調だったが、樹里の貌は悪鬼の笑みを浮かべていた。
口は少女達のバンダナに描かれているように大きく開き、鋭い歯が周囲で舞い踊る炎によって輝いていた。
「アオをあんな目に遭わせた奴ら…………ただ燃やすだけじゃ、ちょっと、芸が無い……よなぁ?」
樹里の問い掛けに、誰もが反応しなかった。
ただ主を、片時も離さずに見つめるしかできない。
「あ、そうだ。まずは身体を綺麗に洗ってやってから、皮をペリペリーってゆっくり綺麗に剥いで、口の中にこれを突っ込んで」
手に持った火炎放射器の先端を、樹里はひょいと掲げた。
「とろ火でじっくり丁寧に、中身をウェルダンに焼き上げてやる。焼き加減は、剥き出しになった肉を見ながら要調整だな。こう見えても樹里サマは料理も出来っから、ま、なんとかうまくいくだろうさ」
何の躊躇いもなく樹里は狂気を言葉に出した。
冗談としか思えない事であったが、誰も笑わず身じろぎもしない。
この場の誰もが、これが冗談ではないと分かっているからだ。
そしてこの場にいる者は、実際にその光景を目にした者が殆どである。狂気に圧倒され、身体が震えているのが新入りだろう。
「中身だけをこんがり焼いたら、皮を戻して洗濯して綺麗にした服を着せてあげるのさ。中はウェルダンだけど、外側は綺麗な焼死体ってヤツだ。心配すんなよ、殺しちゃ勿体ないからちゃんと生かしておくさ。その様子は全部動画と写真に撮って、全部終わったら鑑賞会兼打ち上げだ」
会場の準備とか菓子の買い出しのメンツを決めねぇとなぁ。
面倒くさそうに、そして楽しそうに樹里は言った。楽しそうに嗤うと、一息を吐いた。
「…ま、こうしても、アオは苦しみ続けるのは分かってるけどよぉ…今この時も、世界のどこかでアオが血塗れになりながら死体を切り刻む動画と画像を見て、汚ぇブツをおっ勃てたり股濡らしたり…汚ぇ声上げながら扱いて擦って、液晶や印刷した画像に汁をブチ撒けてる糞野郎共に糞女共がいるんだよなァ……それは、樹里サマにはまだどうにも出来ねぇ」
樹里の静かな声に、誰もが恐怖の虜となっていた。
残虐な言葉を連ねた時よりも、今の静かなる怒りの方が遥かに恐ろしい。
部下たちの正気が保たれているのは、樹里が敵ではなく味方であるという安心感がある為だった。
樹里の怒りに部下たちも同調していても、この存在を敵に回してしまったマギウスと監獄の者達には同情を禁じ得なかった。
「さァて、休憩終わりだ。ちゃっちゃとあの要塞を」
立ち上がりながら振り返る樹里。
視線の先の光景に、彼女は思わず言葉を閉ざした。
「…なんだァ……?」
怪訝な声を出す樹里。
そこで部下たちも気が付いた。
先程まで、噴火した火山の流弾の如く放たれて砲撃がぴたりと止み、周囲には静寂が訪れている。
著しいに過ぎる環境変化に、樹里の恐怖から脱出しかけていた部下たちの間に不気味さによる新たな恐怖が漂い始めた。
「ま、いいや」
どうでもよさそうに樹里は言った。途端に、部下たちの呪縛が解けた。
何が来ようが、リーダーに敵うものなどいやしないという絶対的な信頼がある為に。
「どっちにせよ樹里サマ達には好都合だ。んじゃ、攻撃再開と」
要塞から背を向け、部下たちに告げていた言葉はそこで途切れた。
言葉を紡いでいた樹里の口を、血に濡れた刃の長い刀身が貫いていた。
盆の窪を貫き樹里の口から生えたそれは、血に塗れてはいたが炎のそれとは真逆の、水面が光を跳ね返すような冷え冷えとした銀の輝きを放っていた。