魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
地面に這いつくばった白羽根は上を見上げた。
膝から下は断裂し、断面からは鮮血が止め処なく溢れていく。
背後では部下である黒羽根が、MJD…マギウス司法局の面々によって拷問されている。
叫びと絶望は、身から飛び散る鮮血のように尽きない。
何かに吊り上げられるように、白羽根は見上げる事を止められなかった。
身体を動かさないことによって感じる恐怖に、耐えられないために。
最初に軍靴が見え、次いで硝煙を先端から吐き出している猟銃が見えた。
浅葱色の軍服調の衣装が見えた。
最後に見えたのは、同色の帽子を被ったオレンジ色の髪。
そして、眼の部分が黒く塗り潰された白い仮面が見えた。
仮面を被った少女は、白羽根を見ていなかった。
首は真っすぐと縦に伸ばされ、前だけを見ている。
白羽根は自分の脚と部下たちの手足を破壊したのが、この少女の狙撃である事は分かっていた。
湯国市から来た魔法少女だと聞いている。
そこで何があったのかも、幹部階級である自分は知ってはいたが……。
記憶を辿っている時に、カチッという音が聞こえた。
軍服姿の魔法少女が、両手を仮面の側面に添えた時にその音は発せられていた。
仮面の留め具が外されたのだと気付いたのと、この少女がいた場所で何があったのかを思い出したのは同時だった。
恐怖の叫びを上げかけた時、鼻先を異臭が掠めた。
仮面が外れた時、異様な匂いが大気に混じった。
悲鳴も忘れて、白羽根は硬直した。
仮面の下にあったのは、包帯に巻かれた顔。
だが包帯は赤黒く、そして所々に黄が混じった色で染まっていた。
赤黒は血であり、黄は膿であると匂いで分かった。
血と膿は包帯の下から絶え間なく滲み、既に赤黒い包帯の上で粘液が盛り上がり、とぷんと弾けて顔の上を滴り落ちる。
あまりの異常さに、白羽根は逃げようとするが逃げるための足は無い。
そんな少女の前に、血膿で顔を覆った少女は膝を屈めて近寄っていた。
当然、死の香りはより強くなる。
猟銃を携えた軍服姿の少女は、白羽根にとって死と破滅の使者に思えた。
そして不幸なことに、それは比喩ではなく事実なのである。
「わ……」
くぐもって、震えた声が包帯の下から発せられた。
震えた事で、血膿は更に滴り落ちた。
「わ…れ…の………ぉ」
少女は、顔から外した自分の仮面を白羽根に見せていた。
ただし、表面ではなく裏側を。それは白羽根の顔へと近付きつつあった。
そこに見えたのは……。
「かお………を……………」
その声は、闇の中で聞こえた。
それきり、白羽根は何も感じられなくなった。
あまりの恐怖と苦痛に、意識が途絶したのであった。
「皆様方、とても優秀でございます」
叩きつけられる大剣による血飛沫、電気椅子が発する火花、振り込刃によって切り刻まれる肉。
それらによって生じる悲鳴の最中であったが、その涼し気な声はよく通った。
赤を基調とした奇術師風の衣装を纏った、長い髪の少女がいた。
手には笛があり、それを大事そうに抱えている。
そして紫髪の少女やスズネを除いての全員が着用しているものと、同じ仮面を被っていた。
視界はゼロの筈だが、魔法を用いて周囲の状況を把握しているらしく、繰り広げられる拷問に満足している様子だった。
「これで二木市で製作された忌まわしき残虐記録の流通者達は無事に壊滅でございます」
声の間にも、悲鳴は絶えることなく続く。
それに対し、少女達は一切の耳を貸していなかった。
「こ…ん…な…」
そんな中、一人の黒羽根が声を発した。
その羽根は、四肢が根元近くから欠損していた。
近場には、腕と脚であったであろう挽肉となっている。
紫の少女によるものだろう。
スズネに襲い掛かった二人の内、先に切り刻まれた黒羽根だった。
紫少女は、残ったもう一人を同じ目に遭わせている最中である。
「こん、な、ことを、して……月咲さん、は、喜ばな……」
『ウチの事、呼んだ?』
這いずりながら、最後の抵抗として相手の心を抉る為に言った言葉に対し、その声は投げ掛けられていた。
声というか、思念だった。
その思念は奇術師服の少女の手中から、彼女が持った笛から発せられている事に気付いた。
「そろそろ潮時でございます」
『ねー』
「ねー」
笛の発した思念に、少女は声で答えた。
そして笛に唇を重ねた。その時に黒羽根は、その笛は二つの笛が両隣に重ね合わさったものであることに気付いた。
緩やかな旋律が流れた。それが広がるに連れ、拷問による悲鳴は小さくなっていった。
そしてやがて、路地裏に静寂が訪れた。
「ねぇ、次の標的は?って確認するまでも無いか」
意識を失った羽根達を放り投げながら、紫少女が言った。
血と肉を散らしながら飛んだ羽根は、緑髪少女が地面に置いた盾の中へと吸い込まれていった。
盾に開いた闇の奥からは、相変わらず少年と青年、そして男女の悲鳴が上がり続けている。
「リストのトップはあの変態の裏切り者でございます」
「それだけで誰だか分かるのほんと草生えるんだよねぇ」
「草…でございますか?」
紫少女の言葉を、奇術師少女は理解できていないようだった。
『月夜ちゃん、それは物の例えだよ』
「なんと…面妖な言い回しでございます」
『ほんとだよねー』
「ねー」
楽しそうに会話する少女と笛であった。
その傍らでは、拷問台として使われていた棺に座る三人の少女がいた。
スズネは相変わらず首輪を着用されたまま、虚ろな表情で口から唾液を垂れ流している。
緑髪少女は、熱心な様子で何かをメモし続けていた。
最後に軍服姿の少女は、両手で持った何かをじっと見ていた。外されていた仮面は戻され、視界は塞がっていたが、彼女にはそれが見えているようだった。
「さて。全員を収容したことですし、これで現地解散といたしましょうか」
「えー?」
「御不満でございますか?」
紫少女の声に、少女、月夜は慌てた様子を見せた。
「ううん。その反応が見たかったから反抗してみただけ」
「左様でございますか。それはよかったでございます」
大きな胸に手を当て、ほっと一息を吐く月夜であった。
陰惨な拷問を評価しながら、何気ないふとした事を心配する。
行動と態度が、どうにもちぐはぐというか、生真面目な少女である。
「ええと、では先程の言葉通りに解散いたしましょう。旭さんは何時も通り私が」
言葉はそこで止まった。
紫少女は首を傾げた。
行動の停止が十秒を超えた時、もう勝手に帰ろうと紫少女は思い始めた。
「皆様方」
再び口を開いた月夜の声は、陰鬱さに満ちていた。そして、怒りにも。
「懲罰…いえ、処刑リストのトップが変更となったのでございます」
月夜の宣言に、紫少女は怪訝な表情となった。
あの腐れ外道のド変態を超える者など想像できず、そして何をやらかしたのか見当が付かなかった。
「その者の名は…」
名を継げようとした時、地平線の彼方から昇り始めた太陽が、血と硝煙で穢されていた路地裏へ朝焼けの光を差し込んだ。