魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第80話 凶宴

 逃げろ、逃げろ、逃げろ。

 闇の中、路地裏を走る少女達の思考はその言葉で塗り潰されていた。

 恐怖と焦燥感は、今は思考の底に追い遣られている。

 認識してしまったら、一歩も動けなくなるからだ。

 

 少女達は走って行く先に、二つの影を見た。

 月と星の光によって、切り取られた闇が浮かび上がらせたシルエットは、身長にして百五十センチあるかないかの小柄さであった。

 だがそれを前に、少女達の心に恐怖と絶望が広がった。

 じゃらん、という音を、何人の少女が聞いただろうか。

 

 

「…炎舞」

 

 

 抑揚のない声が静かに響き、次の瞬間、赤々と燃え盛る炎が路地裏を照らし出した。

 浮かび上がったのは、十人の少女達。

 純白のローブを纏った一人の少女を先頭に、九人の黒いローブ姿が追従していた。

 炎は彼女らの衣装に燃え移り、各々の口から絶叫を放たせていた。

 

 

「ぁあああああ!!!!」

 

「ぃっぎぃぃいいいいい!!!」

 

「あづぃぃいいいいいいいいいい!!!」

 

 

 炎に巻かれ、のたうち回る少女達。

 ローブは焼け焦げ、焙られた皮膚からは肉汁のように体液が滲む。

 路地裏は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化し、焦げ臭い匂いと、脂が燃える事によって生じた陰惨な甘い香りが大気を染めた。

 

 

「はぁーい、すとぉっぷ」

 

 

 韻を踏んだ声が鳴った。じゃらりという音が声に続いた。

 

 

「もう少し焼いてもいいんだけどぉ、やりすぎちゃうとお仕事を分担させた意味がないからぁ…」

 

 

 ゆっくりと、幼子に説明する様な口調で喋っているのは、露出の高い紫色の衣装を纏った小柄な少女だった。

 大きく開いた腹部の上には、蝶を模した飾りが取り付けられていた。

 衣装と同じく、闇色の濃い紫色の髪は両側頭部で優美なアーチを形成しており、それは猫かなにかの耳にも見えた。

 

 

「ここでやめとこぉ…ねぇ…スズネちゃん」

 

 

 紫の少女が告げた相手は、彼女の傍らに立つもう一人の少女だった。

 苦痛に呻く白と黒のローブの少女達は、眼に恐怖を湛えてそれを見上げた。

 そこにいたのは、元の数十倍以上に巨大化させたカッターナイフのような形状の刃を持った銀髪の少女だった。

 刃部分は赤く染まり、表面では火花が躍り狂っていた。それは炎の残滓であり、路地裏を舐め上げた炎の発生源はこれなのだろう。

 スズネと呼ばれた少女は、奇妙な姿をしていた。

 質素な運動靴を履き、地味な短パンを穿き、上には白シャツという簡易な服装。シャツには「マリトッツオ」という文字が刻印されている。

 スズネの年齢は小学生程度にも見え、外なら兎も角として自室等でなら特に問題が無さそうな服ではあった。

 だが日常では見る事のない衣装を纏った面々でひしめくこの場において、彼女の衣装はTシャツのダサさは別として異常に過ぎていた。

 

 その異常性を強調するか、或いはそれが健全であるとするかは謎だが、スズネの首には棘が生えた金属製の首輪が巻き付いていた。

 悪趣味な装飾は鎖が繋がっており、それの末端は紫の少女の右手に握られている。

 首輪の太さからして、金属製であれば相当な重さである筈だがスズネの顔には一切の苦痛が見えない。

 それどころか、感情を示す要素が皆無であった。

 薄紫色の瞳を有した眼は瞬きもせずに開き、ただ前を見つめている。

 僅かに開いた口からは、唇の端から唾液が垂れていた。

 

 

「ぁあああああ!!!!」

 

 

 それを好機と見たのか、恐怖に精神の均衡を破壊されたのか。

 黒いローブを纏った二人が焦げた肉と皮を零しながら立ち上がり、焙られた事で赤熱している刃を携えてスズネへと斬りかかった。

 刃は両刃の鎌であり、それはスズネの首と胴体を狙って振われていた。

 狂乱してはいても、正確に急所を狙った連携攻撃だった。

 鮮血が飛び散り、骨と肉が弾けた。

 襲い掛かった二人の少女の両腕の肘と両膝で。

 スズネも紫の少女も、指一本すら動かしていない。

 四本の腕が宙を飛び、自重を支えきれなくなった膝は折れ曲がって二人の少女は地面に落ちた。

 

 

「逃げろぉぉおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 飛び散った血肉を顔に浴びた事で、白ローブ…白羽根の少女は恐怖の呪縛から解放された。

 絶叫を上げて立ち上がり、一目散に走り出す。

 背後は振り返らなかった。

 だが、声と音が聞こえた。

 

 

「何して、くれてんの」

 

 

 紫の少女の声である。

 距離は隔てた筈なのに、首の後ろで語り掛けられているかのような距離感を感じた。

 

 

「私のスズネちゃんが……傷付いたら、どうしてくれちゃったわけ……」

 

 

 怨嗟の声が紡がれる。直後に風切り音が鳴り、そして悲鳴が響いた。

 悲鳴の奥には肉が潰れる音がした。

 

 

「ズズネちゃんを脅かした罪は……その身体で、払ってねぇぇぇぇ……」

 

 

 怨霊のような、紫少女の声が響く。

 風切り音の正体はスズネの刃だろうが、続く音は切断音ではなく打撃音。

 刃の背や腹を用いて、無力化された黒羽根二人を叩き潰しているのだろう。

 骨が砕け、肉が潰されていく音は、逃げる魔法少女達の耳にこびりついた。

 

 その音を、一つの爆音が掻き消した。

 途端に、少女達は一斉に倒れた。

 腕がもげ、肩が胴体から外れ、脹脛が弾けて断裂する。

 先頭を行く白羽根は、彼方で生じた光点に気付いていた。

 頭から地面に激突し、一瞬意識が途切れた。

 次に意識が戻った時、耳を劈く悲鳴が木霊した。

 

 

「痛いいいいいいいいい!!痛い痛い痛いぃぃいいいいい!!!」

 

「やめてやめてやめてやめぃぎゃああああああああああ!!」

 

「殺して!もう殺して!お願い!殺してぇええええ!!!!!」

 

 

 白羽根が見たのは、地獄の光景だった。

 仮面を被った緑髪の少女が、棺のような形の銀の台の上に乗せた黒羽根達の傍らに立っている。

 それらは横に三つ並んでいた。当然、台の上には同数の黒羽根が横たえられている。

 鎖で台に縛られ、動きを完全に拘束されていた。

 その隣には縦長の盾が置かれていた。盾の中央が大きく開き、その中には渦巻く闇が見えた。

 闇の中から一本の鎖が伸び、空中で固定された滑車に通されていた。

 垂直に垂れさがる鎖の先には、巨大な刃が設置されていた。

 

 

「お願い、やめ、やめ」

 

 

 静止を哀願する黒羽根達だったが、緑髪少女の顔は白い仮面で覆われ、彼女が何を考えているのかは分からなかった。

 ただ分かる事は、黒羽根の哀願は届いていないということだった。

 緑髪少女は台を指先で叩いた。誰が引くともなく、刃が引かれていった。

 

 

「やめ」

 

 

 その哀願を切断音が断ち切った。離された刃は黒羽根の腹を切り裂き鮮血を上げ、次の悲鳴が上がる前にその口を裂いた。

 刃の軌道は一往復ごとに変化し、黒羽根の身体を浅く長く切り裂いていく。

 黒羽根の悲鳴と肉が切られる音が響く。

 その音の奥に、別の声が聞こえた。

 

 許して、という少年の声。

 助けて、という青年の声。

 お願い、という女性の声。

 悪かった、という男性の声。

 

 悲鳴交じりのそれらの声は、鎖が伸びている盾の中から聞こえた。

 

 

 

 

 

「あああああ、ぎゃああああ、ああああああああ!!!!」

 

 

 絶叫が迸る。闇の中でその場所は、白い輝きで満ちていた。

 見れば、四つの椅子が並び、そこには黒羽根達が座らされている。

 白い輝きはそこから発せられていた。椅子から電流が流され、羽根達の身体を焼いていた。

 口や鼻、耳や目からは破壊された赤血球が黒いタール状となって止め処なく流れている。

 

 並ぶ椅子の一つ、中央のものの背後には緑髪少女と同じ白い仮面を被った少女がいた。

 椅子の背もたれに身を預け、転倒を防いでいるように見えた。

 その上空にて、奇怪な存在が浮かび上がっていた。

 単純に姿を顕すと、人の肋骨を生やした心電図。とでもなるか。

 

 緑色のグラフを刻む液晶から迸る電撃が椅子へと伝わり、電気椅子となって羽根達を苛んでいる。

 心電図の真上には、うっすらと人の姿が見えた。

 それは椅子にもたれ掛かっている少女と同じ存在に思えた。

 それもまた仮面を被り、揺蕩うように宙に浮いている。

 少女達の苦痛を楽しんでいるのか、何も感じていないのか。外側からはその一切が分からない。

 

 拷問が繰り広げられている地獄絵図の奥には、今もなお刃を振っている紫少女と、その傍らに茫然と立つスズネがいた。

 殴打は斬撃へと変化しているらしく、細かく刻まれた肉が跳ねているのが見えた。

 

 両脚を破壊された白羽根は、無事な両手で必死に地面を這った。

 痛みよりも恐怖が強く、その場に留まっている事が出来なかった。

 動いている間は生きていられる。その想いが白羽根に行動を促していた。

 芋虫のような動きで必死に進む白羽根の前に、二本の脚が待っていた。

 それは、黒茶色の軍靴を履いていた。

 

 


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