魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第79話 饗宴⑧

「ヴぁあああああああ!呉キリカぁぁああああああ!!だいしゅきぃぃいいいいいいいいい!」

 

『…キモいの。くっそキモいの…』

 

『>気持ち悪いです。アリナ・グレイ』

 

 

 呉キリカへと抱き着いているアリナ・グレイ。

 両腕をキリカの背でクロスさせ、両手で肩を掴み、両脚でキリカの腰を抱いている完全拘束状態。

 身長差が十センチはあるはずだが、背骨をかなりの弓反りにさせ強引にバランスを取っていた。

 

 

「…殺して」

 

 

 抱き着かれているキリカはそう言った。

 死人が発する声でも、まだ温かみと血の流れが感じられる。

 そう思えるような、死滅しきった声だった。

 

 

「友人…こいつを……外して……」

 

 

 それは、微かな命を振り絞っての声だった。

 

 

「フレンズ!呉キリカの願いを叶えてプリーズ!」

 

 

 キリカに抱き着いたまま、首を振り返らせてアリナが叫ぶ。

 今のキリカを死に追いやっているのはアリナ本人なので、理不尽どころではない状況だった。

 

 

「ナニをシてるの!?急いで!ハリー!ハリー!ハリー!」

 

 

 アリナは責めるように言う。キリカの表情は増々曇っていく。度し難い状況である。

 

 

「自分で離せよ」

 

 

 傍らへと接近し、ナガレは至極当然のことを言った。

 なお彼が歩む左右では羽根達が一斉に離れていた。

 相当に嫌われているようだが、ナガレが気にした様子は全く無い。

 

 

「それが…離れないんだヨネ」

 

 

 すまなそうにアリナは言った。

 言葉とは裏腹に、彼女はキリカの胸を頬擦りし、腰を振って下腹部をキリカの腹に擦り付けている。

 激しい前後の腰遣いを間抜けと取るか淫靡と取るか。

 どちらにせよ、被害者にとっては地獄だろう。

 

 

「…変態」

 

 

 死滅した声で、被害者であるキリカはそう言った。

 途端に、アリナの身体がすとんと落ちた。

 

 

「………」

 

 

 茫然とした様子でへたりこむアリナ。

 変態という単語は先程から頻出しているが、キリカから言われた事は無かった。

 この様子だと、それが堪えたのだろう。

 

 と、誰もが思っていた。

 

 

「い…」

 

「い?」

 

 

 アリナの呟きにナガレは応じた。

 キリカは既に退避し、ナガレの背後に隠れている。

 

 

「iyaaaaaaaahaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」

 

 

 するとアリナは絶叫を上げ、開いている襖から外へと飛び出した。

 叫びは歓喜に満ちていた。

 叫んで疾走していながら、アリナは几帳面にも襖をちゃんと閉じていた。

 

 

「ありゃ自慰る気だな」

 

 

 羽根からの介護を受けて食事をしながら杏子は断言した。

 羽根の大半、というか全てが頷いた。

 茫然としているキリカの肩を、麻衣は軽くぽんぽんと叩いた。

 今日に至るまで、麻衣が最もキリカに優しくなれた瞬間だった。

 その様子を、京はじっと見ている。

 歯軋りをしているのは、キリカに嫉妬しているからだろう。

 リナはと言えば、座ってはいるがそわそわとして落ち着かない様子だった。

 優木の安否が気になって仕方ないのであった。

 

 

「出来たァァアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

 室外に消えてから一分と経たずにアリナは戻ってきた。

 両手で一枚の紙を掴み、高々と掲げている。

 やや迷惑そうな視線でそれを見た一同は、思わず言葉を喪った。

 それは羽根だけではなく、招かれた者達も含まれている。

 

 

「お騒がせしてソーリー……ビビッとキちゃったから、思わず一枚描いちゃったんだヨネ…」

 

 

 丁寧に頭を下げるアリナであったが、全員の眼は相変わらず彼女が持つ紙に向けられていた。

 正確には、そこに描かれたものに。

 

 

「………綺麗だな」

 

 

 沈黙を破ったのはナガレだった。

 その一声で呪縛が解かれたかのように、他の者達の硬直が溶けた。

 息を吸う音が連鎖した。呼吸さえ忘れて、みなはそれに見入っていた。

 

 

「サンクス、フレンズ」

 

 

 謙虚に微笑むアリナ。

 彼女が持つ紙には、水彩で描かれた一枚の絵があった。

 そこには、黒い髪の女性が描かれていた。

 優しく微笑む様子は、聖典の聖母のようだった。

 そしてその手には、天使のように微笑む赤子の姿があった。

 母子の理想を体現させた絵は黒い絵の具のみを用いられていたが、見る者に想像力を掻き立て、絵の中に生命の息吹を感じさせ鮮やかな色を彷彿とさせる出来栄えとなっている。

 息をのむ美しさ、という言葉が比喩ではなく、現実としてそこにあった。

 

 そして現実という言葉は、事実でもあった。

 描かれた絵の中の黒髪の女性は、誰がどう見ても

 

 

「ハイ、呉キリカ」

 

 

 キリカの元へ歩み寄り、アリナは絵を差し出した。

 アリナの接近にキリカは何もできず、そして彼女もまたその絵に眼を奪われている。

 

 

「ユーの美しさには及ばないケド、会心の出来なんだヨネ……受け取ってもらえると、それはとっても嬉しいナって…」

 

 

 おずおずとした口調だった。それだけ、キリカと絵の美は開きがあると認識しているのだろう。

 キリカは手を伸ばし、その絵を恭しく受け取った。

 

 

「……あり、が、とう……」

 

 

 内心で吹き荒れる葛藤の嵐をどうにか抑制し、キリカは絵を受け取った。

 複雑極まる表情だった。

 受け取った絵を、キリカはじっと見る。

 途端に感情が決壊した。

 アリナへの嫌悪感が押し退けられ、胸の中を熱いものが満たす。

 尊い、という言葉が脳裏に浮かんだ。 

 

 感極まって肉体が弛緩し、膝が落ちた。

 落下しそうになった絵を、キリカは離しやしまいと抱き締めた。それは、今彼女が守っている絵のような構図となっていた。

 

 

「haaaah!!」

 

 

 その様子を見てアリナは叫び、両手で顔を覆った。

 そして背後へと倒れた。倒れる前に、背後に誰もおらず何も無い事を確かめていた事が妙に繊細であった。

 

 

「やっぱり…本物は………格別なんだヨネ………」

 

 

 仰向けになりながら痙攣をし始めるアリナ。顔は両手で覆われていたが、口元には歓喜の笑みが広がっている。

 悪意は感じられないが、捕食者の威嚇のようにも見える笑みだった。

 

 

「あの……今………」

 

「……え?」

 

 

 事の成り行きを見守る羽根達の中で、二人の羽根達が話し合っていた。

 狼狽する黒羽根から何かを告げられた白羽根が、言葉に詰まっていた。

 少し迷った様子だったが、その白羽根は膝を折り、アリナへと顔を近付けた。

 

 

「アリナさん、今大丈夫ですか?」

 

「大丈夫。伝えたい事があるなら遠慮なくプリーズ」

 

 

 一も二も無くアリナはそう返した。

 それでも白羽根は迷った様子を見せた。

 だが口を開き、こう言った。

 

 

「マギウスのリーダー、里見灯花が死亡した模様です」


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