魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第79話 饗宴⑤

「lady?」

 

「さっさと来い」

 

「yes,my sweet hart」

 

 

 対峙する呉キリカとアリナ。

 周囲には緑の輝きが煌く。

 ここは空気自体がその色に染まっているかのような場所だった。

 魔法少女姿のキリカに対し、アリナは宴会場の時と同じく桃色の浴衣を着ている。

 

 要は変身すらしていないのである。だがキリカは別に気にした様子はない。

 しかしながら、キリカは緊張感で背筋を凍えさせていた。

 内心を顔には出さず、キリカは手をだらりと垂らした状態を保っている。

 普段の斧爪は出でていないが、手には黒い五本の黒い輝きが見えた。

 腐り落ちた全ての指の代わりに装着した、黒い義手ならぬ義指である。

 

 

「とうっ」

 

 

 気合のような声を上げて、アリナは右手を掲げた。伸ばし切った時点で手を離し、手の中のものを宙に投じる。

 それは小さな緑色の正方形だった。大きさは一辺が一センチ程度。

 指先に乗る大きさである。

 

 

「とうっact2」

 

 

 その声は宙高くで生じた。

 移動の過程が、感覚に優れ、自身も速度を操る魔法少女のキリカですら鮮明では無かった。

 宙のアリナに視線を送った時、彼女の背後で緑が輝いた。

 緑光を背負ったアリナの背で、更に異変が起きた。

 発光しているのは緑のキューブである。そこから一瞬、紫色の物体が見えた。

 だが直後にそれは緑を帯びた黄色で塗り潰された。

 その黄色は宙に迸った超高速の濁流となり、その前方に浮かぶアリナの背へと激突した。

 

 

「yaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

「るせぇえええええ!!!!」

 

 

 二つの叫びは同時だった。その瞬間に、キリカの両手で黒が迸った。

 下げられていた両腕がキリカの胸の前で交差される。

 その少し後に、アリナはキリカの前にいた。

 

 

「キリカァ!!」

 

「うっせぇ!!」

 

 

 激しい轟音が生じた。

 それはアリナが伸ばした右脚と、キリカの左腕の接点で生じていた。

 キリカの腕は、肘までが黒い装甲に覆われていた。形状としては変身したかずみが放つ異界の魔神の武装の一つ、「アトミックパンチ」のそれに近い。

 

 

「きぃりぃかぁああああ!!!」

 

「アクセント変えるなぁぁあああああ!!」

 

 

 次いでもう一発。今度は左脚が蹴りを放ち、キリカは右腕で受けた。

 右腕も黒で覆われていたが、こちらは腕の側面に銀の輝きがあった。キリカはそれでアリナの蹴りを受けていた。

 それは、斧のように湾曲した刃だった。

 

 

「…excellent」

 

 

 黒い装甲で覆われたキリカの両腕をアリナはそう評した。

 少しの沈黙は、感嘆によるものだ。

 

 

「御託は良い。続けろ」

 

「yes,all hail kirika」

 

 

 続いて右脚の蹴りが炸裂し、次いで左脚、次は右脚…と、この動作が連続した。

 一打毎に速度と威力が増加し、轟音は爆音へと変わっていた。

 最初の一打を受けた時点でキリカの足の両踵は地面を抉っていたが、五打を受けたあたりで耐え切れずに地面が崩壊。

 砕けた地面の破片を吹き飛ばしつつキリカは背後へと押されていった。

 アリナが背に受けた濁流の勢いは消えておらず、前方への強烈な推進力を維持したままにアリナは激烈な蹴りを放ち続けていた。

 

 

「…最高。呉キリカ」

 

 

 母性と淫らさの中間のような笑顔で、蹴りを放ちながらアリナはキリカを見ていた。

 対するキリカの黄水晶の瞳には、虚無。

 

 

「お前は最悪だ。アリナ・グレイ」

 

 

 相反する評価にも、アリナは恍惚と微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、悪くない」

 

 

 両手を見ながらキリカは言った。

 彼女の背後に立つ二人の白ローブ魔法少女達は深々と頭を下げた。

 

 

「お試しの通り、キリカさんの魔力に反応して任意の形状に即座に変化致します」

 

「その硬度は同じくご覧の通りです」

 

「ありがとう。流石に骨が堪えたけどね」

 

 

 治癒魔法を掛けながら背伸びをするキリカ。

 その背骨は小柄で華奢な体型には似合わないほど大きな音を立てて、衝撃によって生じた歪みを矯正させた。

 背伸びしながら、隣をちらりと見ると、異界の地面に刻まれた二条の長い轍が見えた。

 長さは二百メートルほどに達している。

 終点は家の数軒は優に飲み込むであろう大穴となっていた。

 

 

「キリカ、アリナは少しは役に立ったカナ?カナ?」

 

 

 キリカの隣へと接近するアリナ。途端、異臭がキリカの鼻を突いた。

 

 

「…死ぬか生きるか、はっきりしておくれ」

 

「じゃあliveで」

 

 

 両手でハートマークを作り、ウインクをしてアリナは答えた。

 びちゃんという粘着質な音を立てて、何かが地面に落下した。それは、溶解したアリナの背中の肉だった。

 蕩けた肉と骨と内臓が、泡を噴きながらさらに溶解していく。

 それに次いで、今度は轟音を伴って何かが落下、というか墜落した。

 

 

「ご協力感謝なんだヨネ。thanks」

 

 

 それに対して敬礼をするアリナ。キリカはこの時、アリナの背中から肉のほぼ全てが溶け落ちているのが見えた。

 胴体はほぼ空洞であり、肺も胃も心臓も無い。全て溶け落ちて、地面の上に堆積している。

 逸らすように視線を流すと、先程の落下物が見えた。

 全長十メートルほどの巨大な紫の蛇、だと思われた。

 

 

「全身腫瘍まみれじゃないか。膨らみすぎてコブラがツチノコになってる」

 

「yes,アリナは物を教えるのがヘタクソなんだヨネ…」

 

 

 残念そうにアリナは言った。落下してきたのは毒蛇の姿の魔女モドキだが、全身の至る所に巨大な胞子のような腫瘍が出来、その輪郭を膨れ上がらせていた。

 アリナの言葉を拾うと、先程の毒の奔流をうまく吐かせる為にはこうするしかなかった、ということになるか。

 そして腫瘍は次々と弾けてゆき、内側から緑色の血膿を吐き出した。体外に出た瞬間に変質したのか、それを浴びた毒蛇の肉体は見る間に溶解していった。

 瞬きを二度する間には、巨体の面影はどこにも無くなっていた。ただ、緑色の小さな湖面が広がるだけだ。

 

 

「で、キリカ。アリナの再現度はどうだった?」

 

「サマーソルトしてない。原作再現度マイナス十一万四千五百十四点」

 

「ソーリー。動画見せられたケド、態々やる必然性を感じなくて…」

 

「はい、無駄に敵を作るアンチ発言。更にマイナス八百九十三点」

 

「うぅ…」

 

 

 恐縮そうに身を縮めるアリナ。

 魔女モドキが遺した猛毒によって肉が溶ける異臭は更に強くなっているが、キリカは気にした風も無い。それはアリナも同じであるが。

 

 

「ほら見ろよ。これがちゃんとしたベノクラッシュだ」

 

「…サンクス」

 

 

 キリカは端末を取り出し、動画を見せた。密着した距離感となったが、必死に嫌悪感を堪える。

 紫色の鎧を纏った騎士風の戦士が疾走し、サマーソルトの後に背後に控えさせた毒蛇が吐き出す猛毒の奔流に乗って放たれる場面が描かれていた。

 その勢いのままに落下し、その先にいた銀色の騎士に蹴りの連打を叩き込む。

 苦鳴を上げた後に銀の騎士は装甲の表面から火花を上げて倒れ、爆発の中に消えた。

 

 

「この二人…さっきちょっとググったけど、狂人で外道で悪人すぎて引いたんだヨネ…」

 

「…はい?」

 

 

 狂人を超えた狂人にして変態を超えた変態、そして外道の中の外道にして極悪人を超えた極悪人であるアリナ・グレイが発した一言に、キリカは怪訝且つ不快感を露わにした一言を与えた。

 画面に視線を注ぐアリナを見たキリカの眼に映ったのは、深緑色の炎のように燃え盛っているアリナの双眸であった。

 

 

「これは架空の存在だし、このキャラクター達は悪役に見えるようにデザインされてるし、スーツアクターさんや役者さんは自らの本文を全うしてるだけだケド…」

 

 

 アリナの肩はワナワナと震えていた。両目の輝きは更に強さを増している。

 

 

「もしも…もしも実際にいたら……そして呉キリカに危害を加えるのなら……アリナは絶対に許さない……」

 

 

 声は義憤で…正しい怒りで満ちていた。アリナにその言葉を言わせたのは、嘘や偽りの入り込む隙のない完璧な正義の心であった。

 いつもの妙な語尾が消えている事も、それを表しているのだろう。

 

 

「あっそ」

 

 

 馬鹿らしいという意思を伴って、キリカは空気でも見ているような気分で言った。

 そんな風に思いながらの一言だったが、実際には自信が無かった。

 捩じれを治した背骨は今も、氷柱のように凍えている。

 愚弄を重ね、今のアリナは本心からこれを言っているのだと分かるが、どうにも恐怖が拭えない。

 彼女がされたことを思えば、一緒の空間に入れること自体が奇跡であるので、キリカも十二分に異常ではあるのだが。

 

 

「まぁ、役には立ったよ」

 

 

 逃避の為にキリカは言葉を紡いだ。

 黙っていることに耐えられなかったからだ。

 

 

「ホント!?」

 

 

 怒りから一転、輝く笑顔でアリナはキリカを見た。あまりの無邪気な笑顔に、キリカはたじろぎかけた。

 

 

「…ああ、ほんとだよ。バタ足キックの時も、蹴りに治癒魔法を乗せてくれてたしね」

 

「あ、気付いてくれた!?」

 

 

 キリカは頷いた。

 それが無かったら、今頃自分が結界の地面の染みになっている。

 という言葉を出すほどには、心に余裕はなかった。

 そして今のアリナは変身しておらず、申し訳程度の軽い肉体強化しか用いていない。

 戦慄すべき事実であった。

 

 

「ああ、役に立ってくれたよ。だから」

 

 

 言った瞬間、しまったと思った。余計な「だから」だった。

 とにかく喋ろうと、相槌みたいに言ってしまった言葉である。

 恐怖から口を滑らせたというのもあるが、契約で性格変えた筈なのに昔の陰キャ部分が蘇りやがったとキリカは思った。

 

 落ち着け、まだ大丈夫。

 言い間違えかもしれないし、そもそも声にしていなかったかもしれない。

 そう、これは頭の中でのことなんだ。

 まだ声にはしてない。

 だからクソゲスファッキン腐れアリナは何も聞いてない。

 そうだ、きっとそうだ。

 

 

「ダカラ………?」

 

 

 キリカのそんな希望的観測は、童女のように目を輝かせるアリナによって粉砕された。

 絶望するキリカの黄水晶の瞳は曇りに曇っていた。

 対してアリナのそれは、妖しくも美しい深緑色の瞳は、報酬への期待によって眩く輝いていた。

 

 

 


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