魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第77話 度し難き事実

 無言を貫いていた筈の襲撃は、いつしか悲鳴と絶叫を、そして咆哮を伴っていた。

 戦闘開始から二十分が経過し、五十はいた手勢が半分近くまで減っている。

 そして今、数は二十五となった。

 菱形の鎖で胴体を縛られた、黒いローブ姿の三人は地面に激突して気絶した。

 鎖が解け、持ち主の元へと戻っていく。

 血で濡れた両手が鎖の先端である双剣の柄を握り締めた。

 斧と日本刀の造詣を併せ持った刃が、周囲に立つ魔法少女達の姿を映していた。

 次の獲物は貴様らだ。

 そう言っているように見えた。

 

 

「来な」

 

 

 実体としての声も、少女達の行動を促した。

 少女の、それも美が頭に付くような可憐な音階だった。

 またその姿も、それに相応しいものだった。

 黒シャツの上にジャケット、下はジーンズと安全靴を纏うというやや荒っぽい服装だったが、その黒髪の少年は美少女のように可愛らしかった。

 しかし体表を覆う空気は張り詰め、それ自体が放射線のように物体を傷付けるような雰囲気を帯びていた。

 

 

「来な」

 

 

 再度の声。

 絶叫と叫びと悲鳴を上げ、従うように少女達は駆け出した。

 半分は戦闘不能になったが、まだ半分もいる。

 相手は一人であり、既に複数の手傷を負っている。

 この存在の正体は何だという思考を、少女達は放棄していた。

 疑問に耽るのは、これを屍に変えた後でいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アアアアア!キリカキリカキリカァァァァァ!!!!ママになってキュートさが増すの大確定の呉キリカァァァアアア!!!」

 

「先輩」

 

「キリカがフレンズに跨って激しく腰を振って、或いはフレンズにお尻を掴まれて後ろから激しく愛されて、イチャイチャとキスしながら正面から抱き合って激しく突かれて!そうして何時間も何日も愛し合ってからフレンズの遺伝子を受け止めて、あのお腹で新しい命を育んで………!ヴァ、ヴァ、ヴァ、ヴァアアアアアアア!!!!」

 

「アリナ先輩うるさいの。正直声はあまり大きくないけど、存在がうるさいのなの」

 

「ホワッツ!?声に出てたノ!?」

 

「今も出てるしさっきから出てたし、私の声も出ちゃってるの。少し黙るの卑猥なの」

 

「イエス…マイjunior…アリ…ミーのクールな印象を壊しちゃ駄目だヨネ」

 

「それ本気で言ってるのなの?」

 

「ミーは何時でも本気なんですケド」

 

「先輩は本当に冗談が上手なの」

 

「サンキュー、フールガール。ああ、人に褒められるのって、どうしてこんなに嬉しいんだろうネ」

 

「先輩、ちょっとどころじゃなく怖いの。誰かこの変態を悪魔祓いしてなの」

 

 

 ナガレが消えてから三十分が経過した。

 喫茶店の中ではアリナが隣を向きながら、声色と口調と雰囲気を変えての一人芝居をしていた。

 その様子は静かではあったが、見るものを狂気に誘う迫真さがあった。

 何も無い虚空に声の主を幻視し、夢と現実の境目が曖昧となり、狂気へと誘われる。

 アリナは意図してこれをやっている訳では無かったが、彼女の天性とでも言うべき才能がそんな効能をもたらしていた。

 

 

「すいません、ホットケーキのお代わりください。あとブラックコーヒーを二つ」

 

 

 そんな狂気を前に、かずみは平然としていた。

 店員が呼ばれた際にはアリナも口を閉じた。なかなかどうして、雰囲気は読めるらしい。

 

 

「どう?フールガール。ミーも成長したでショウ?」

 

 

 店員が去ってからアリナは誇らしげに言った。

 返事は無かった。

 腕を組んでいたアリナは、やがて力なく両腕を降ろした。

 そして机をじっと見る。瞬きもせずに、じっと見る。

 見てはいながら、その深緑色の瞳には何も映っていないようだった。

 瞳の表面が乾いても、アリナは瞬きをしなかった。

 動きがあったのは、視界の端で動くものを見た時だった。

 

 

「キュートガール、それはなに?」

 

「んー?」

 

 

 かずみは机の上のナプキンを使って織物をしていた。それがアリナの興味を引いたのだった。

 

 

「ナガレが教えてくれたやつ」

 

 

 作業しながらかずみは答えた。答えになっていない答えであった。

 細指が軽やかに動き、ナプキンを折っていく。

 アリナはそれをじっと見ていた。その眼が見開かれた。

 

 

「出来た」

 

 

 満足げに、かずみはその両端を指で摘んだ。

 アリナから見えたのはそれの裏側だった。

 それだけで十分だった。

 

 

「……エクセレント」

 

 

 その形を認めたとき、アリナの口から感嘆の声が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何で。

 

 どうして。

 

 そんな。

 

 

 その思考を最後に、三人は意識を失った。

 投擲した鎖付きの鎌に、同じく鎖が付いた双剣が投ぜられて鎌の鎖に絡み付いた。

 三体一の綱引きは、魔法少女達が力を籠める前に隙を突いた少年の勝利に終わった。

 前につんのめった瞬間、飛翔した少年が空中で放った回し蹴りが白ローブの三人の後頭部を叩き地面へと突き飛ばした。

 地面に激突する前に、三人は意識を失っていた。

 三人が倒れる寸前、彼女らの傍らを複数の光が奔った。

 少年は掲げた双剣の刃で光を受けた。

 光は斜め後方へと滑り、異界の中に立つ結晶状の構築物へと着弾。直後に炸裂し熱と破片と閃光をばら撒いた。

 

 

「あんたで最後か」

 

 

 そう告げた少年、ナガレは双剣を握った手をだらりと垂らしながら、白いローブの少女へと歩み寄る。

 少女の手には白金色の光を纏った書物があった。光は先程放たれた光と同じ色だった。

 ナガレの全身は傷に覆われていた。

 背中には鎌の破片が何本も突き刺さり、顔には多数の切り傷が、両手も血に染まっている。

 胸には二つの小さな黒点が見えた。細い熱線が胸を貫き、肺の一部を炭化させていた。

 満身創痍となりながら、ナガレは四十九人の魔法少女を撃破していた。

 

 本を構えたまま、最後の魔法少女は動かない。

 この光景が信じられず、また理解したくないのだった。

 理解したくないが、眼の前の存在は魔法少女では無いが、それに近い存在だと理解させられていた。

 二次創作のキャラクター、原作付きの作品に追加されたオリジナルの主人公かよ、と少女は思った。

 それならまだ分かる。圧倒的な力で他者を捻じ伏せ、物語へと介入する主人公。その歩みを止めるものなどありはしない。

 

 が、この存在はどうも奇妙だった。

 全身傷だらけで、戦い方は泥臭く、美しいといえる外見だが非現実感と現実味が混在した存在に思えた。

 全身から立ち昇る血臭が、この存在が創作物ではなく現実の存在だと示している。

 眼の前の存在を二次創作のキャラクターと定義することによる、強引で突飛な現実逃避はここに終わりを迎えた。

 現実に向き合う時だった。

 

 

「聞きてぇこと、あるんだけどよ」

 

 

 だがその決断は少し遅かった。

 彼は既に少女の前に辿り着いていた。

 奇妙な絶叫を上げ、白ローブの少女は書物から光を放った。

 それは虚空を貫いた。自らに降りた影が、異界の光源を遮って跳んだ少年のものであると知った時、少女の延髄に鋭い手刀が叩き込まれていた。

 眠るようにして最後の少女は気を喪った。

 

 

「…やっちまった」

 

 

 そう言うと、ナガレは膝を折った。

 全身の傷口が開き、血が汗のようにどっと流れた。

 周囲からは魔法少女達の寝息が聞こえた。

 気絶しており打撲程度は追っているが、誰も出血していない。

 襲い来る五十人の魔法少女を、彼は全て無力化させるに留めたのだった。

 最初から殺す気でいったのなら、負傷はしてもここまでやられはしなかっただろう。

 

 最初に質問をしたが答えは返ってこなかった。

 ある程度倒したら、会話が可能になるかと思ったが無理だった。

 残りの五人になっても同じだった。

 そして最後の一人も最後まで戦う事を選んだ。

 

 

「よっぽど…頭を信頼してんだな」

 

 

 彼が尋ねたのは、どこの奴らかというものだった。

 結果は先のとおりである。

 感嘆の言葉を呟くと、急速に意識が遠のいてきた。

 そろそろ治療しないと死ぬ。

 そう思った時だった。

 

 

「…この香り、やっぱり」

 

 

 閉じかけた眼を開くと、眼の前に立っている者に気が付いた。

 声を聴く寸前、左頬に何かが触れたような気がした。 

 黒コートに黒帽子の不審者スタイル。

 掲げた右手の人差し指の先には、赤い液体。

 

 

「…あんた、何被ってんだ」

 

 

 顔を上げた彼は、まず思い付いた疑問を口にした。

 

 

「フレンズ。このエクセレントなエンブレムは、ユーがキュートガールに教えたって聞いたケド?」

 

 

 アリナの顔は、白い仮面で覆われていた。

 それは鋭角が目立つ、鉄仮面を思わせる造形をしていた。

 

 

「ねぇフレンズ、これは一体?」

 

 

 仮面を指さしてのアリナの問い掛け。

 それを切っ掛けに、忘れていた名前を思い出した。

 

 

「…ディセプティコンだ。デストロンでもいい」

 

 

 返答を受け、アリナは大きく仰け反った。

 

 

「…So,cool……フレンズ、それは一体どういった……ってフレンズ!」

 

 

 出処を聞くつもりで彼女は白ナプキンで造った仮面を外した。

 ナガレを見たアリナは絶叫した。

 

 

「フレンズ!ユー、こんなコトやってる場合じゃないくらいにヤバい状態なんですケド!」

 

 

 あたふたと慌てるアリナであった。

 血は流れていたとは分かっても、ここまで重傷とは思わなかったらしい。

 濃厚な血の匂いも、エンブレムの造詣に陶然としていた事で気が逸れていたのだろう。

 

 

「待ってて、今アリナが「みんな、今なの!」」

 

 

 アリナの言葉にアリナの言葉が重なる。フールガールの声であった。

 途端、閃光が迸った。

 その寸前、ナガレの身体は背後に引かれていた。

 

 

「危なかったねぇ、おとしゃん」

 

 

 ナガレも耳元でかずみが呟いた。

 押し寄せる強風と、害にならない程度の熱。そして宙を舞って遠ざかっていくアリナと、彼女が挙げる奇妙な叫びが耳に残った。

 周囲を見ると、倒れていた魔法少女達が片膝を突いたりふらつきながらも立ち上がって魔力の閃光を放っていた。

 

 

「全く……」

 

 

 その内の一人、白いローブを纏った少女が荒い息をしながら呟いた。最後まで残っていた少女だった。

 

 

「リーダーが、お供も付けずに歩き回らないでください……」

 

 

 言い終えると、地面に何かが激突した。その際に生じた音は、果物が潰れるような音だった。

 

 

「我らネオマギウスのリーダー……アリナ・グレイ様」

 

 

 他の魔法少女達も一斉に頷いた。その一言には、敬意が込められていた。

 かずみとナガレは互いに顔を見合わせた。

 

 

『また面倒なことになりそうだね。ナガレ、呪われてるんじゃないの?』

 

『多分な』

 

 

 思念で語り合うかずみとナガレ。さすがの彼にも疲弊が伺えた。

 それは現状と、これまでの人生の事も含まれているのだろう。

 

 そして一方で、『ネオマギウス』なる組織のトップであるらしいアリナは、仰向けになって白目を剥いて気絶していた。

 気絶しながら

 

 

「ざまぁみろなの。少しは反省しろなの」

 

 

 とフールガールの口調で呟いていた。













書き手ながらに困惑

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