魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第74話 静かなる狂気⑪

「……うぅ……あ;あ…あ。。。ぃう……」

 

 

 廃ビルの隅で呉キリカが震えていた。

 体育すわりの姿勢となり、両耳を両手で抑え、口からは意味不明の嗚咽を漏らして肩を震わせている。

 眼帯で覆われていない左目は力なく、されど瞬きはされずに開かれ、黄水晶の瞳は一瞬たりとも停滞せず上下左右に撞球反射のように回転し続けていた。

 

 

「麻衣ちゃん…麻衣ちゃん……」

 

「」

 

 

 朱音麻衣はといえば沈黙し、佐木京のなすがままにされている。

 ソファに座らせられた麻衣は眼を開いてはいたが、普段は色鮮やかな血色の眼は霞みがかったようになり、彼女の意思の消失が伺えた。

 それをいい事に、京の手は彼女の胸を揉み、麻衣の首元を舐め廻している。

 今の京は麻衣の鎖骨の窪みを丹念に舐めていた。

 微弱な電流を流されたかのように麻衣が痙攣しているのは、肉体が刺激として認識しているからだろう。

 この反応が嬉しくて、京は今の作業に没頭していた。顔は恍惚と蕩け、幼い顔は淫らに赤く染まっていた。

 

 

「だらしねぇな…紙メンタルどもが」

 

 

 その様子を、佐倉杏子は冷たい声音で吐き捨てた。

 窓と壁に背を預け、昼の光を背負ったようにして立っている。

 

 

「あんたもそう思わねぇか?ええ、自警団長さんよ」

 

「…そう言う貴女は平気なのですか、佐倉杏子」

 

 

 傍らに立つリナからの問いに、杏子は「はっ」と言った。愚問だと笑い飛ばすかのように。

 

 

「あんなもん、偽物に決まってんだろ。どんだけあたしがあいつと一緒にいたと思ってるのさ。そのあたしがあんなフェイクに騙されるかっつうの」

 

 

 ニヤついた笑いと共に杏子は言った。

 言い終えると、杏子はポケットから手のひらサイズの紙箱を取り出した。ROKKIEという商品名の、棒状のクッキーにチョコがコーティングされた菓子だった。

 それを紙ごと、中の袋ごと杏子は嚙み千切った。

 そしてそれらごと咀嚼して飲み込み、齧られた残りに再度牙を立てて袋から引き摺り出して貪り食った。

 少し前にテレビ番組で見た、ハイエナがシマウマを喰う様子をリナは思い出していた。

 腹に開いた傷口から頭を突っ込み、肉や内臓を引き摺り出している様に、今の杏子の行動は酷似していた。

 

 普段以上の食い意地、どころではない行動は明らかな異常だった。

 佐倉杏子とそれほど時を共有していないリナにもそれは分かった。

 

 戦慄を覚えて立ち尽くすリナを尻目に、杏子は次の獲物に取り掛かった。

 次に取り出されたポテトチップスを、杏子は袋ごと喰らい尽くした。

 その様子があまりにも自然である事に、リナは恐怖していた。

 しかし、彼女には目的があった。

 それを為す為、リナは勇気を振り絞った。

 

 

「頼みごとが、あるのです」

 

「何だい?」

 

 

 杏子の反応にリナの心はざわめきを覚えた。

 普段なら、即座に「知るか」と言っているだろう。

 反応を示した時、杏子は次の菓子をポケットに仕舞った。

 その様子にリナはひどく心が痛んだ。

 

 今の杏子は、何かに依存することで自己を保っているのだと察してしまった為だった。

 菓子への依存が、リナという存在との会話しているという現在の行動への依存に置き換わっただけであると。

 だが彼女の認識は正しいが間違っている。

 杏子の依存は今に始まった事ではない、という点である。

 家族を亡くし、そしてナガレと出逢った日から、彼女の依存は形を変えつつ悪化の一途を辿っている。

 

 

「優木が…いなくなったのです」

 

「…そうか」

 

 

 杏子の声のトーンが露骨に低下した。

 優木とリナの関係性については、キリカと麻衣から『親密』だと聞いていた。

 杏子は優木が大嫌いであったが、愛する者の不在がもたらす喪失感への共感を抱いていた。

 なお、普段であれば

 

 

『別の相手でも見つけたんだろ。ざまぁみろ』

 

 

 などと返しているに違いない。

 そして言った後で自らの発言による後悔に苛まれるのだろう。

 

 

「何か心当たりはねぇのかい?」

 

「……実は、一つ」

 

 

 息を絞り出すようにしてリナは言った。

 杏子は頷いた。言いにくい案件であると気付き、気にするなという意思表示を見せたのだった。そしてリナもまた頷いた。

 

 

「実は優木は、元はマギウスという組織にいたそうなのです」

 

「……最近、よく聞く名前だな」

 

「いた期間は極僅かと言っていました。規律が合わず、どうにも胡散臭いのだと」

 

「なんていうかそんな感じがするね。そもそも名前からしてカルト臭ぇ」

 

 

 皮肉を込めて杏子は言った。皮肉とは自分の人生についてであった。

 

 

「そのマギウスが風見野でも動きを見せている、と何処からか知ったらしく、今朝になると私の家からいなくなっておりました」

 

「それで、連絡も寄越さなかった仲間への合流ついでにあたしらを捜索の手伝いに使いたいからここに来た…ってとこかい」

 

「…そうなります」

 

「そう畏まんなよ。にしてもマギウスが近くにいるから逃げたって事は」

 

「ええ。恐らくは脱退も脱走、逃避であったと見ています」

 

「逃げる…てことはヤバい組織ってコトだよな」

 

 

 言ってから杏子はキリカを見た。相変わらず何かに怯えている。

 

 

「朱音から聞いたけど、あいつはマギウスのアリ…なんとかって奴に酷い目に遭わされたらしい」

 

 

 言いつつ、杏子の顔に嫌悪感が滲んだ。

 麻衣曰く、捕えられたキリカは筆舌に尽くしがたい残虐行為を受けた挙句に治癒能力を悪用され、増やされた肉体を生命を冒涜しきったとしか思えない芸術品に加工されたのだと。

 彼女をしても信じられないが、拘束されて腹を掻っ捌かれて子宮を含む内臓を無麻酔且つ手掴みで抉り出されたらしい、と。

 それを一回や二回ではなく前述のとおり、破壊の度に治癒能力を行使させられ数十回も繰り返されたのだと。

 異常に過ぎる存在について思い出していると、キリカから聞いた、マギウスについての一つの知識も思い出した。

 

 

「そう、いえばだけどよ…」

 

 

 苦虫を噛み潰したように杏子は言葉を紡ぐ。

 

 

「マギウスには…脱走者とかを処罰する連中…処刑部隊とかいうのがいるって、キリカの奴が」

 

 

 杏子の言葉にリナの顔は蒼白となっていた。

 だがその時、リナの表情に変化が生じた。

 顔は優木への心配によって青白いまま、薄紫の瞳は杏子の身体の一点を見据えて止まっていた。

 

 

「佐倉杏子、それは」

 

 

 リナが呟く。その直後、杏子の傍らに何かが落ちた。

 

 

「…え?」

 

 

 視線を落とすと、床の上に肘の辺りで断たれた左腕があった。佐倉杏子のものだった。

 痛みは全く無く、出血も殆ど無い。

 だがその肉の断面は焼け焦げたように黒一色となり、滲む体液は泥のような粘性を持ち、吐き気を催す濃厚な腐臭を立ち昇らせていた。

 

 

 

 


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