魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「フレンズ、そして」
「かずみだよ」
「キュートガール、ユーは呉キリカから何て呼ばれてるノ?」
「かずみん」
「ッハァ!!」
両手で顔を覆い、仰け反るアリナ。長い髪が風に煽られたかのように大きく揺れた。
開いた手の隙間からは、眼を覆うサングラスと口元を隠している赤布が見えた。
十秒ほど痙攣してから、漸く再び口を開いた。
「…流石は呉キリカ。シンプル・イズ・ベストでジーニアスな呼び方なんだヨネ…」
「アリミーさん。呉キリカのことがほんと大好きなんだねぇ」
「イエス。でも…アリ、ミーには彼女に触れる権利が…」
寂し気に語るアリナに対し、かずみは「つらいねぇ」と言いながらストローを吸った。
ちゅー、ずぞぞという音を立てて、クリームソーダが啜られる。
「それでネ、フレンズ。まず呉キリカの偉大さと素晴らしさとは」
「悪いが、その前に」
言葉を遮るナガレ。アリナは「ハイ」と言って黙った。
フレンズという名称は伊達ではないらしい。更には友達という概念に加えて、敬意らしきものも抱いているようだ。
ナガレは人差し指を左右に振った。
周りを見ろ、という合図だった。
アリナは周囲を見た。
今、この連中は喫茶店の中にいた。ナガレとかずみが隣同士に座り、正面にアリナを据えている。
あすなろ市内を散策中に適当に見つけ、腹ごしらえするかと入った店であった。
昼前であるが、店内は既に空席よりも客の方が多い。中々に繁盛しているようだ。
その中の大半の客が、不審者を超えた不審者のスタイルをしたアリナを見ていた。
自分に注がれていた視線が、一斉に逸らされた瞬間を彼女は見た。
「ナルホドね。流石はフレンズ」
頷くアリナ。
傍らに置いていた。サングラスと赤布を外し、傍らに置いてあった鍔広帽子を手に取る。
ナガレは怪訝な表情となった。
「アーティストらしく、使えるものは使うべきだヨネ。じゃあこれらを使って呉キリカがいかにこの宇宙が生んだ奇跡の美の結晶であるのかを」
そしてアリナによる、帽子、サングラス、赤布、テーブルに置いてあったナプキン等を用いての呉キリカという存在のプレゼンが開始された。
それは奇怪で明瞭で壮大で、幻想的で、壮麗で華美であり、清廉とした物語だった。
『ワケが分からねぇ』
『うーん、ナガレはもうちょっと本とか絵画に触れた方がいいのかもね』
『今度お勧めのやつ教えてくれ。まぁ、分からねぇなりにこいつが凄ぇ才能があるってのは分かったけどよ』
アリナによって繰り広げられる机の上の演目をナガレは理解できないながらも力を認め、かずみは美として認識したようだ。
思念を交わし終える頃、アリナのプレゼンは終わっていた。
静かだが、自らの感性を振り絞って描いたそれによって彼女は消耗し、肩で息をしていた。
「って、トコロなんだヨネ……本当なら時間が幾らあっても足りないのだケド…」
時間にして五分間。
アリナは全力を以て呉キリカという存在を描いていた。
表現に用いられた道具は既に退けられ、何が繰り広げられていたのかは当事者たちにしか分からない。
そして実際に再現するのは不可能なのだろう。
それは、そんな芸術だった。
「呉キリカ…ああ、なんで彼女はああも美しいんだロウ…あの美は、絶対に傷付けてなんかダメなんだヨネ…」
疲労の極みに達しているアリナは、顔から汗を滝のように垂らしながら呟いている。
何時の間にか机の上にはタオルが置かれ、汗で机が濡れることを防いでいた。
アリナ本人が置いたのだが、ナガレもかずみもそれに気付かなかった。
「もしも呉キリカを傷つけたり苦しめる存在がいたら、アリナは絶対に許サナイ…もしも学校でイジメなんかに遭ってるとか、そんな世界線があったナラ、アリナは次元や時空の壁なんて薄紙みたいに粉砕してそいつらを残らずブチのめして、呉キリカへの絶対服従を誓わせてヤるんだヨネ…」
汗と共に体温を発散させるアリナ。
自らが発している言葉を妄想して怒りを覚えているのだろう。
放出される熱は彼女の体表を突き破り、彼女の肉体を焼き尽くしながら燃え盛る緑色の業火に見えた。
少なくとも、ナガレとかずみにはそう見えた。
良い事言うじゃねえか、とナガレは思い、かずみは殺さないのが優しいね、と思っていた。
今の発言により、二人はアリナへの好感度を上げたようだ。
こいつらもどうかしている、というのは言うまでも無い。
『ところで、ナガレ』
『何だ』
『ちょっと、外に気を澄ませてみて』
かずみの指摘にナガレは従った。
彼らのいる場所は窓から離れた、店の中央に位置する場所であったがナガレは視線をアリナに注いだままに外の気配を探った。
耳を澄ます、という行為の意識版とでも言えばいいか。
アリナから目を離さないのは、無害な存在と思いつつあるものの警戒は怠るべきではないと彼の本能が告げているからであった。
あすなろの街に思念の耳を澄ませるナガレ。すると、複数の思念が拾えた。
ナガレが捉えたのは、数十に達する少女達の思念であった。
殺せ、殺せという怨嗟の叫びは、終わる気配が無く続いた。