魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「帰してよかったのか?」
「殺しとけっての?」
「そうは言っていない」
「なら反対とかその時にしておけよ。終わってからほざくんじゃねえよ」
刺々しい口調で言葉を投げ合う麻衣と杏子。
暴力が伴わない辺りに、この二人も成長したなぁとキリカはしみじみと思っていた。
杏子はソファに寝転び、麻衣は壁に背を預け、キリカは双樹が座っていたパイプ椅子に座っている。
心地よい据わり方を試しているらしく、座り方が秒単位で変化している。
結局、通常とは逆の姿勢、背もたれを抱き締める形で落ち着いていた。
「その場のノリと雰囲気に従ったけど、ソウルジェムは返してもらった方がよかったかもね」
「あいつの腹を掻っ捌くとか、股に鉗子でも突っ込んで疑似堕胎でもさせる気だったのかよ」
「佐倉杏子、血腥さは抑えたまえ」
キリカのたしなめに、杏子はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
まるでテンプレのような感じだった。
「(……ん)」
その様子に、麻衣はふと目を奪われた。
「(…ふむ)」
キリカも何かを感じた。
二人が感じたものは同じであった。そして、それをもっと求めたいと思った。
「さっきからゴチャゴチャうるせぇな。肝心な時にテメェらは黙ってて、あたしに対応丸投げしてたじゃねえか」
「それは…」
「…すまない」
「ああ?」
返ってきたしおらしい態度は、杏子にとって予想外だった。
反射的に返した反応も、動揺によって語尾が上ずりかけている。
「うん…そうだったな。私達三人の問題だったというのに…」
「佐倉杏子、君だけに負担を押し付けてしまった」
杏子は二人を見た。
しゅんとした態度は演技には思えず、目を伏せた二人の様子は悲しみに嘆く乙女そのものだった。
「……まぁ、反省してるんならいいさ」
不気味だと思いつつ、杏子は無難に、努めてそれを表に出さないようにして言った。
弱みを見せると何をしてくるか分からない。
杏子にとってこの二人は狂人であり血に飢えた獣なのである。
しかし、今のこの様子はどう見てもまともに過ぎていた。
だから、怖い。
まるで中身がすげ変わったかのように、この連中からは普段の毒々しい殺意が一切感じられなかった。
普段は空気や重力のように身に纏われているそれらが、である。
「それでだ、佐倉杏子」
「はい」
呉キリカの言葉に、杏子は即座に反応した。
恐怖による脊髄反射であるという認識は、言った後で彼女の精神を蝕んだ。
「これからのことだが」
その感情を味わう間もなく、麻衣から次の言葉が飛んできた。
気付けばキリカも麻衣も席を立っていた。
「まずは君のことを調べたいと思うんだ」
「……え」
「君のことを調べさせてほしい」
「ああ。それは急務だ」
伸ばされた手を、杏子は間髪で躱した。
紅いドレスが翻る様は、美しい花が舞い散るようだ。
着地した瞬間には、追撃に備えて杏子は身構えていた。
が、二人は立ち尽くしていた。
佐倉杏子をじっと見ていた。
杏子はその視線を見た。
「ひっ…」
杏子が挙げたのは、紛れも無く悲鳴だった。
こんな声を出したのは、一体何時ぶりだろう。
ナガレと精神世界で死闘を繰り広げた時、それ以来だろうか。
「ああ…佐倉杏子…」
「君は…きれいだね。素敵だね」
杏子を見る呉キリカと朱音麻衣の視線は、蕩けるような甘さと熱で満ちていた。
「……ッ!」
ぞわりと、向けられる視線の熱量とは正反対に、杏子の背筋を冷たいものが駆け上がった。
「おい!ふざけんなよ!なんだその眼は!?」
杏子は激昂した。そうでもしなければ、正気が保てそうに無い。
彼女はそう思っていた。
「なんだってんだ……あたしは……アンタらの玩具じゃないんだよ!そんな目で見るな!!」
今の状況が飲み込めず、杏子は思い浮かんだ表現を口にした。
それを受けた二人は、哀し気な表情を浮かべた。
「……すまない。そうだよね。君にとっては迷惑だったろう」
「申し訳ないと思っている。だが、これは必要なことなのだ」
「…あたしに分かるように説明しろ」
落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら杏子は言った。
それはナガレが時折、理不尽な境遇に陥った時に選ぶ言葉でもあった。
言い終えてから、自分は無意識の内に彼に縋ったのだと悟った。
「(助けてくれよ……ナガレぇ……)」
表情はあくまで強気なまま、内面では杏子は今はここにいない少年に対して哀願していた。
その時、彼女は見た。
その言葉を言った時に、キリカと麻衣が体を震わせるのを。そして、二人の視線に宿る感情に気付いた。
瞬間、杏子は甲高い悲鳴を上げていた。
ひゃあああ、という声は、声だけで聞けば異常なまでに可愛らしかった。
その音に、再びキリカと麻衣は震えた。
天上の音楽に心を打たれたかのように。
「魔法少女としての君の力、ソウルジェムの秘密を知りたいんだ」
「そのために君を調べさせてくれ」
そう言いながら、キリカと麻衣は杏子へと迫る。
杏子は後退した。二人は杏子へとなおも迫っていく。
「なにせ、今の状況はとても厄介だ」
「ああ。この状態も随分になるが、ソウルジェムが手元にないのに体が動くというのは不思議に過ぎる」
二人は両手を前にし、じりじりと距離を詰めていく。
その様はまるで食人衝動に駆られたゾンビか、または太古の肉食恐竜にも見えた。
だが二人の言葉を、杏子は脳内に入れていなかった。
今の杏子はパニックに陥っていた。
真実に気付いたが故の。
「(こいつら……あたしに……欲情…して、やがる…のか)」
『ああ』
『その通り』
「ひぃ!?」
思考が思念となって漏れたらしく、キリカと麻衣の思念が返ってきた。
そして杏子の足がもつれた。
体勢を崩した杏子を、キリカと麻衣は逃がさない。
二人は杏子にまるで覆いかぶさるように杏子へと迫った。
伸ばされる手が迫る中、杏子は思考を巡らせた。
それは混乱する脳が生み出した、走馬灯のようなものだったのだろう。
今、キリカと麻衣が、そして自分が執着しているナガレはいない。
そんな中、この二人は自分に彼の存在を見出した。
威嚇の為に、そして少しでも彼に近付きたいが為に演じている男らしい口調。
多分、そこにこいつらの雌が反応した。
最初はかがり火だったそれは、共犯者を見つけた事で燃え上がった。
二対一では勝ち目が無く、そして今は止めてくれる相手もいない。
怖い。
何をされるのかが分からないのが怖い。
何もかもが怖い。
恐怖の臨界点を迎え、杏子は絶叫していた。
肉も魂も、何もかもが砕けたような悲鳴だった。
それと同時に、事態は動いた。
彼女が追い詰められていた壁には、窓があった。
その窓のガラスが砕け散り、外からの風が三人を叩いた。
ガラスの破片は、内側へと飛んでいた。
「お久しぶり、麻衣ちゃん」
砕け散るガラスの音に杏子の悲鳴。
その絶叫の中であっても、その小さな声はよく聞こえた。
特に、その名を呼ばれた者にとっては。