魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「改めて、フレンズ」
佐倉杏子の私服のスペアを着た緑髪の少女は、少し畏まった様子で傍らのナガレに言った。
桃色の淫らな光で満ちた室内、大きめのベッドの淵に腰掛けながら。
「なんで、フレンズから呉キリカの匂いがするワケ?」
「仲間だから」
「ヘェ…」
少女は腕を組み、なるほどね、と呟いた。
直後、組まれていた腕が解れた。そして伸ばされた腕の先の十指が、ナガレの首を絡み付いた。
「仲間ダカラって…呉キリカの血と体液の香りが、こんなに濃厚に染み付いてる理由が謎なんですケド」
首を絞めながら少女は言う。香りと言いつつ、少女の鼻孔は動いていない。
深緑の瞳はナガレを凝視している。ナガレはそれによって、自分の中身が見透かされているように思えた。
またこの時、彼は苦痛を感じていなかった。
首から伝わる力は、非力な少女のそれだったのである。
非力な力だったが、少女の圧搾には必死さがあった。
怒りと報復心、そして自分への恐怖。
少女の汗ばんだ手からは、それらが感じられた。
「(どうすっかな…)」
ナガレは少し考えた。
まずは匂いと言う事から。
彼の鼻を以てしても、キリカの血や体液といった匂いは感じられない。
しかし少女が嘘を言っているようには思えない。
となると事実であり、そう断言できるというのは少女も並みの存在ではないと言う事。
一応念のためと確認すると、首を絞める少女の左中指に違和感を感じた。
皮膚が捉える感触は、指輪のそれだった。
ませた少女という見方もできるが、そこに意識を集中すると不思議としか形容できない力の存在が感じられた。
キリカの名前を出していた時点で察せたように、この少女は魔法少女だった。
次いでは、緑髪少女がいうところの説明をどうするか。
魔法少女であれば荒事には多少慣れているだろうし、ありのままを話せばいいだろうと。
が、そこでナガレは躊躇した。
血みどろの闘争は常であり、日常そのものだがそれを他者に話すとなると勝手が異なる。
そう意識したことで、彼は漸く自分たちの日常が異常な行為で満ちていると自覚したのだった。
だが、ここで嘘を言ってもロクな事にならなそうだとも思った。
そして彼は決めた。
首に手を掛けられてから、ここまで思い至るのに五秒程度しか掛からなかった。
彼自身は数時間も経過したように思え、考えの末に紡いだ言葉を言おうとした時に、少女の叫びが耳を劈いた。
「ソウ…ソウ、だったのネ」
少女は手を放していた。指先はわなわなと震え、いや、少女の体全体が震えていた。
「フレンズ…つまりは呉キリカと肉体関係にあるってことだヨネ……」
少女はナガレを睨んでいた。深緑の瞳は、地獄の炎のような燐光を放っていた。
「詳しく…」
「説明を……プリーズ…」
「アリ…ミーはマイクールをルーズしようとしていマス……」
唇を震えさせながら少女は妙に韻を踏んだ様子で言った。
「俺とあいつは」
「オーケー、フレンズ。今、全てを理解したカラ」
少女は首を振り、ナガレの言葉を遮った。
「こんなにも芳醇な呉キリカの香り。きっと普通のセックスなんかじゃないんだよネ」
「」
少女の言葉にナガレは絶句した。ロクでもない勘違いをされたと悟ったのだ。
ただこの少女の指摘はあながち間違いでも無かった。
ナガレが浴びたキリカの血と体液は彼女と繰り広げた戦闘由来だが、当の呉キリカは彼との戦闘を性行為と見做している。
無論、ナガレはそれを認めていないが、この場において彼の意思は無視されていた。
「これだけ濃厚ってコトは、多分殴りながら励むとかだヨネ…肉を齧ったりとか、カニバリズムな可能性もありそうなんですケド」
狂った推論だが部分的には間違ってはいない、そこが狂った処であった。
「ヴァージン・フィルムを再生させながらとか、menstruation中とかを狙って血塗れになりながらヤりまくるトカ」
「おい」
流石にナガレが口を挟んだ。
もう少し早くこうすべきだったと、後悔が彼を苛む。
今度こそは口を挟ませやしない。
そう思った時だった。
「アリナ先輩、いい加減にするの」
緑髪少女はそう言った。声は同じだが、口調と雰囲気が変わっていた。
「フールガール」
その一言は先程とは違う口調と雰囲気、ナガレが見てきた少女のそれに戻った様子で紡がれていた。
この時少女は、『フールガール』曰くのアリナはナガレを見ていなかった。
自分の右の辺りを見つめながら言っていた。だが、そこには誰もいない。
「人の趣味は人の勝手なの。他人が如何こう言うべき問題じゃないのなの」
「フールガール。今回の問題は倫理的に問題大アリな可能性があるからきっちりさせときたいんだケド」
「キリカちゃんを生きたまま解体して壊して殺して生き返らせてを何十回も繰り返してアートにしてた、極悪人の先輩が言う資格なんて全くないの」
「それは……でも、アリナは、今は」
「言い訳するんじゃないのなの。先輩は極悪人を超えた極悪人なの。悪って言葉はアリナ先輩の為にあるの」
「うう……」
ナガレはそのやり取りを黙って見ていた。
眼の前で繰り広げられているのは、アリナという少女による一人芝居である。
彼女の視線の先には何も無く、彼の感覚をしてもそこに何がいるというものも感知できない。
しかしアリナの行為からは嘘や偽りを感じられない。
彼女はそこに何かを見て、自分の口で相手の言葉や意志を紡いでいるのであった。
『ねぇ、ナガレ』
奇妙な一人芝居を見ているナガレへと、一つの思念が語り掛けた。
『こっちはしばらく遊べるお金も稼いだから、そろそろ出ない?そういう雰囲気になったっていうなら、私はまた適当に時間潰してるけど』
かずみから送られてきた思念に、ナガレはもう少しだけ待てと返した。
彼の眼前では、なおもアリナと『フールガール』のやり取りが続いている。