魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「おい、呉キリカ」
「なんだい朱音麻衣。好きなミラーモンスター語りかい?私はシアゴースト。声がキモくて好き。嘘、嫌い。殺したい」
「要件は違うがメタルゲラス以外なら何でもいい」
「言いたい事は分かるけどメタルゲラスに罪は無いだろう」
廃ビルの一フロアの中で、限りなく内容が虚無な会話が重なる。
要件に触れることは無く、会話の前後で互いの心に響くものが何もない。
離れた場所に配置された椅子に座るキリカと麻衣は、互いに視線を交わしてすらいない。
顔は別の方向に向いており、キリカに至っては小説を読んでいる。
『されど』から始まる作品だった。
「ならベノスネーカー。あの大きさで二百キロを下回るから振り回しやすい」
「好きの基準がよく分からないな」
「なら呉キリカ、貴様は?」
「サイコローグ」
「だと思った。ゴキブリ然とした貴様にお似合いだ」
「単に見た目が好き、あと便利そう。と付け加えておこう」
欠伸をしながらキリカは告げた。言葉を遮られたことについて、何とも思っていないようだ。
「で、あの蛇の何が好きなんだい?小説でライア本体が転がってるのに腸しか貰えなかったとこ?」
「実用性」
「は?」
「実際試したが、全身のトゲトゲは大量殺戮を行うのに実に便利だ。作中使われていないのが勿体ない」
「二度目だけど好きの基準がよく分からないよ。あと実際というかあれは魔女モドキだぞ。ややこしい」
「モドキとはいうが、この前実験してみたら性能は概ね近い事が判明した。地面を掘り進む速度は600キロほどで、吐き出させた毒は金をも水のように溶かした」
「その金とやらは、君が暇潰しで壊滅させた暴力団事務所からの戦利品だっけかな。勿体ない」
キリカがそう言い終えると話は絶えた。
そのまま五分が経過した。
溜息が漏れた。麻衣の口から。
現実逃避はここまでにしよう。麻衣はそう思った。
「おい、呉キリカ。そろそろこいつをどうにかしないか?」
「そうだね。それが主人公の役割だろう」
「黙れモブ」
「朱音麻衣、一々私に敵意を向けるのはやめたまえ」
そして二人は一点に視線を注いだ。首を傾け、そしてどうでもいいものを見るようにしてそれを見る。
言うまでも無くというか、それは佐倉杏子だった。
お手製の魔法少女ドレスを纏い、ソファに座っている。
首がだらりと下がり、赤い髪は真紅の滝となって枝垂れている。
二時間前には朱音麻衣はその対岸に座っていた。
その時は麻衣も似た様子だったが、ゆっくりとメンタルを持ち直していき今に至る。
風呂に入って身を清め、新しい下着を穿いて
「また同じ魔法少女服カッコワライダイソウゲンだから意味の薄い朱音麻衣であった」
「喧しい。誰と会話しているんだ」
「???君とだけど?」
朱音麻衣的には唐突な愚弄への問い掛けだったが、キリカはその返事を即座に口撃へと転化した。
こいつとレスバはすべきではない。麻衣はそう思い、悔しさを覚えた。
「こいつを…佐倉杏子をどうするか、だったな」
「うん。忘れそうになってた。というか忘れたい」
そうは言いつつも、二人は席を立った。
項垂れている杏子の近くへと歩み、一定の距離を取って立つ。
その距離とは自らの得物が自分以外の魔法少女を切り刻める距離である。
またキリカはこの時魔法少女服を着ていた。
こちらも手製だが、普段の魔力による衣装とクオリティの遜色があまりない。
「裁縫がお上手なのだな」
「うん。母さんも手伝ってくれたんだ」
「…家庭の話に踏み込んだのなら謝るし答えなくてもいいが、貴様の母君は貴様が魔法少女だと知っているのか?」
「そういうとこ君は真面目だな。答えはノーだ。こんなの作りたい、って私が描いたイラスト見せたら手伝ってくれた」
「良き母君だな」
「うむ。私には勿体ない。流石は私の遺伝子提供者」
「大袈裟な言い方だが、その通りなのだろうな。大事にするといい」
「言われるまでも無いね。あと、私の名前も母さんからもらったんだ」
「たしかに、いい名前ではあるな」
「えっへん。親子三代に渡る名前だからね」
「…ん?」
胸を張るキリカへと麻衣は視線を向けた。奇妙なものを感じたのだった。
「貴様の家庭は、婿入りが基本なのか?」
「んーん。母さんは天涯孤独のストリートチルドレンだったから嫁入りだよ」
「……そうか。それでだが……その……名前、とは…?」
「母さんの名前、『錐花』っていうんだよ。鋭く尖ってるって意味の錐と綺麗な花の組み合わせ。読みは『きりか』」
朗らかに笑いながらのキリカの発言に、朱音麻衣は言葉を喪っていた。
「そして私の名前はご存知の通りに『キリカ』で、いつか私が育んで産み落とす命の名前も「きりか」の予定さ」
キリカの言葉に、麻衣は口を軽く開いたままに硬直していた。
えも知れない狂気を、キリカの、正確にはキリカ達から感じていたのだった。
対するキリカはと言えば、急に黙った麻衣を見て不思議そうな顔をしていた。
急に発情期にでも陥り、立っているだけで欲情でもし始めたのかと。
「(やれやれ参っちゃうねぇ。やはり私の周りは狂人だらけか。あーあ、友人は今頃どうしてるんだろ)」
どうせ変なトラブルに巻き込まれてるんだろな。
キリカはそう思った。
そしてどんな事象であっても、この建物の中にいる自分以外の魔法少女二匹の狂気と度し難さには及ばない。
それだけは間違いないとキリカは確信しつつ、今同じ建物の中にいる度し難い魔法少女共をどうしようかと考え始めた。
水音が聞こえる。無数の細い水が、心地よい熱量を帯びて放射される音だった。
シャワーの音は壁を隔てて、ナガレが座る場所へと届いた。
彼が座っているのは、桃色の映えた寝台であった。
元からその色ではなく、降り注ぐ光がその色を帯びているのであった。
その桃色は、淫らさを孕んだ色だった。
寝台の面積は広く、その上で横になって寝るよりかは動くのに適した作りになっていた。
要約すれば、交わる為に必要なスペースが設けられていた。
「なんで、こうなった」
ナガレは呟いた。
カチャリという音が鳴った。
シャワールームの扉が開いた音だった。