魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第73話『無題』

『そいつらの特徴なんだが、名前がややこしい。同じ奴だってのに舞台が変わると名前が変わるんだよ。サイド…なんとやらがランボルになったり、オプティマ…なんだっけかな。それがコンボイになったりとかな』

 

 

 思念でナガレは語る。

 がぎん、という音が鳴り響いていた。次いで上がるのは絶望を固めたような悲鳴。

 

 

『陣営の名前もややこしくてなぁ。サイバト…だったりオート…ボッツだっけかな。あとディセ………コンズでいいか。ん、ああ、デストロンだっけか。悪いな、横文字苦手でよ。それと同じ形で違う奴らが多い。何でか分からねぇけど、空飛んでる奴らに多かったな』

 

 

 空き缶を蹴飛ばす乾いた音、転倒によって地面と衣服がこすれ合う音が鳴る。

 

 

『そんな事よりさぁ』

 

 

 周囲の音を全く気にせず、かずみは少し苛立ったような思念を彼に送った。

 ゴミ箱が倒れ、壁が衣服と皮を削る音が背景音楽として鳴っている。

 

 

『戦いの事とか、そういうのは無いの?』

 

 

 無音の思念の奥では、『化け物』『たすけて』『おねがい』といった野太い声が鳴っている。

 大の男のそれだが、幼児が泣き喚いているかのようだった。

 

 

『そっちも見所は多かったけど、どっちかっつうとそれまでそこにいた筈の奴が別のに変わってたりとか、胸や肩に張ってあるバッジが敵のに変わってたりとかが俺には気になってな』

 

『それきっと作画ミスってやつだよ。よくアニメ観てるんだから分かるでしょ?人の指が一本増えてたり両手とも同じ手だったりとか』

 

『んー…そっか。ああ、そういう事だよな。うん、長年の疑問が解けた。ありがとよ』

 

 

 呆れ混じりのかずみの思念に、ナガレは納得と感謝の意を表した。

 かずみ的にはそれは皮肉であったのだが、ナガレはそれを鋭い指摘と受け取っていた。

 よく言えば素直、悪く言えばおバカな返事にかずみは苛立ちを抱くのをやめた。

 私がしっかりしないと、と思ったのである。

 ナガレを見るかずみの眼には、慈愛の色があった。

 人間に対してというよりも、子犬でも見ているかのような感じだった。

 

 その視線の先で、白い輝きが煌いた。

 トスっという軽い音、次いで鳴ったのは小さな水音。そして悲鳴が上がった。

 

 

『ねぇねぇナガレ』

 

『ん?』

 

 

 遠くから声を掛けられたからそっちを向いた。

 そんなリアクションを彼はした。

 

 

『そろそろ終わらせてあげない?』

 

『お前は優しいな。社会勉強はもういいのか』

 

『うーん、特に学べたことはないかなぁ…あ』

 

『何かあったか?』

 

『何事も見かけによらないから気をつけよう、ってとこかな』

 

『モアザンミーツジアイ』

 

『…「眼に見える以上のもの」……?』

 

『正解』

 

 

 微笑むナガレ。

 その頭が微かに揺れた。扉を開いたときに、少しの風に吹かれた様な。

 地面に杭を打ち込むのに用いる、ハンマーが彼の額に激突していた。

 太い腕と太い指で長い柄を握られた槌が、遠心力と体重を乗せられた一撃が彼に齎した効果は彼にとってそんなものだった。

 激突の際に鳴った音はほぼ金属音であり、それはハンマーが凹んでヒビが入る音であった。

 ナガレの額にも一瞬、赤い跡が浮かんだが一秒程度で消えた。

 

 傷が治るのではなく、そもそも傷付いてすらいない。

 ナガレは先程から徒手の殴打に加えて、ナイフや包丁の斬撃に刺突、そしてハンマーの殴打を受けていた。

 その結果は路地裏に満ちる加害者十名の狂乱と悲鳴、ナガレの足下に転がった凶器の残骸。

 彼自身は傷一つなく、精々服が少し痛んだ程度。

 魔女や魔法少女と渡り合う彼の肉体の頑強さは、まるで戦車の装甲のようだった。

 

 

「ふあぁ…」

 

 

 大口を開けてナガレは欠伸をした。

 連られてかずみも欠伸を一つ。

 開いた口の中にもなんら欠損が無い。

 欠伸をして口を閉じる間に、彼は現状を思い出していた。

 

 かずみと一緒にあすなろを歩いていたら十人ほどの変な連中に絡まれた。

 路銀が欲しかったのと、かずみへの社会勉強として大人しく路地裏に付いていった。

 暴力自慢と神浜の治安の悪さを口にし、風見野で暮らしている赤髪のストリートチルドレンへの卑猥な罵詈雑言を言い掛けた時に一番近場にいた男の股間を蹴り潰した。

 その後が今の現状だった。

 以上回想終了。

 

 連中の逃げ場は、怯えるふりをして彼から離れていたかずみが路地裏に放置されていた鉄の廃材やらで塞いでいた。

 かずみもナガレの意図を察し、ここ最近の懐事情を鑑みて補充が必要だと思っていた。

 連中の目的は中学生程度の兄妹を性的に辱め、その様子の画像や映像をネタに保護者を強請ったりネットに上げて家庭が崩壊するのを楽しむ算段だったが相手が悪すぎた。

 異様な音が背後から鳴り、男たちは狂った表情で背後を振り返った。

 

 ぎしぎしと、何かが潰れる音だった。そしてその音は時間が経つに連れて粘着質な趣を持ち始めた。

 連中の眼に映ったのは、ハンマーのヘッド部分を握っては離しを繰り返しているナガレだった。

 美少女じみた表情の少年の手の中で、頑丈な筈のステンレスは粘度のようにこね回されていた。

 見る間に形が崩壊していき、今ではスライムのような有様にされている。

 ナガレ的には特にこの行動に意味は無かった。

 どんなもんだろ、と自分の力をただ試しているだけである。

 

 二十年近く続いている格闘漫画の元ラスボスをボコボコにしたゴリラも、多分こんな気持ちだったのだろう。

 ナガレはそんな事を考える程度には暇を持て余していた。

 魔法少女や魔女なら兎も角、人間では彼の相手にならないのだった。

 因みに今の彼は魔法による一切の強化を受けていない。

 完全に素の状態でこれなのである。

 戦闘時は魔力で更に強化するが、魔法少女らの攻撃はそんな彼の肉や骨を難なく破壊し牙を以て彼の肉を喰い千切る。

 魔法少女とはこの地球で最強の生命体であり、彼であっても少し気を抜けば簡単に殺される生ける凶器、もとい兵器なのであった。

 

 

「さっさと済ますか」

 

 

 ナガレは口でそう言った。

 普通の口調であったが、酷く冷淡に聞こえた。

 外見同様に、声も少女のようである。声としては、音としてはそうだが、可愛らしい音に覆われているのは………例えようもない獣性と、多くの命を破滅させてきた自分達でも全くとして及ばない暴力性。

 眼の前の少年の可愛げのある外見は、それを餌に贄を求める暴虐な獣の罠。

 この連中の心を見分したら、そんな認識が浮かんだかもしれない。

 

 男たちは一斉に叫んだ。

 ナガレに向かってはいたが、それは逃走のような疾走だった。

 脚を縺れさせ、口から唾液を嘔吐のように垂らして走る。

 破裂しそうなほどに鼓動を高めた心臓、砕けそうになっている心。それらを誘発させている恐怖。

 苦痛から解放されるために。男たちはナガレを目指していた。

 

 連中にとって彼は、苦痛の根源であり解放の象徴だった。

 そんな連中を、ナガレは心底どうでもよさそうに見ていた。

 下衆に過ぎて、特に何とも思わないのだった。

 かずみは再び欠伸をしていた。彼女も似たような心境なのだろう。

 

 接触まであとコンマ五秒、と彼が思った時、

 

 

 

 

待てい!!

 

 

 

 という声が響いた。

 反射的にナガレは上を見た。

 男達も上を見た。

 戦闘の三名が転び、後続に踏まれて内臓破裂の重傷を負った。

 

 

「…wait?」

 

 

 上を見上げたかずみはそう呟いた。声は二重に重なって聞こえたのだった。日本語と、英語の二つの言葉で。

 複数の視線の先には、陽光を切り取って立つ孤影が見えた。

 路地裏に影を落とすビルの一つ、尖塔状に伸びた建物の屋根の、槍穂のように鋭くなった先端にそれは立っていた。

 影は、少女の形をしていた。

 

 

「とぅっ!」

 

 

 気合の叫び。

 ナガレにはそう聞こえた。

 跳躍した時、少女の背で長い髪が放射状に広がった。翼のように見えた。

 重力に従って少女は落下する高さ三十メートルほどの位置から、薄汚い路地裏へと。

 そして着地の瞬間、ぐぎい、という音を鳴らした。彼女の足首から鳴っていた。

 

 

「vaaaaaaaaaaaaaaaa!?」

 

 

 絶叫が鳴り渡った。少女は転がり、顔面を地面にぶつけ、右足首を両手で握った。

 

 

「VAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

 

 

 再びの絶叫。

 自らが握った事で新たに生じた痛みによるものだろう。

 叫びながら、少女は壁に顔を激突させた。

 

 

「……なに、この展開」

 

 

 かずみは首を傾げながら言った。言いつつ、早速男達の懐を漁っている。

 少女が落下する間に、ナガレの用事は終わっていた。

 連中の睾丸は全て蹴り潰され、全ての歯は折れ、両顎も回復不能なほどに破壊されている。

 

 

「………」

 

 

 ナガレは一瞬で蹴散らした獲物以下の獲物たちに眼もくれず、この闖入者に視線を注いでいた。

 顔はゴミ箱から溢れた袋に覆われていたが、長い緑髪が複数の袋の端から見えていた。

 丈の短いスカートは捲れ、露出した太腿は痛みに痙攣していた。

 

 

「ねぇねぇ。男の子だから仕方ないのは分かるけど、ちょっと見過ぎじゃない?」

 

 

 ねぇ、おとしゃん。とかずみは皮肉ったように言った。一種の反抗期なのかもしれない。

 

 

「……こいつは」

 

 

 ナガレは小さく呟いた。

 彼の視線は、スカートの中の黒い下着ではなく仰向けに倒れたこの奇妙な少女の全体を見ていた。

 その体表から僅かに発せられているのは、緑の力。

 万物を蕩けて爛れさせ、腐らせて焼き尽くして灰へと変える。

 そんな、毒のような魔力であった。


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