魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
ナガレを見送ってから、呉キリカは廃ビルの中へと戻り階段を登った。
不思議なほど寂しさはなかった。
内心を探ると、一秒以下で答えが出た。
「同じ世界にいるんだから、寂しさなんてある訳ないか」
確認するように納得の言葉を呟く。
不安を払拭するためではなく、単なる確認の為に。
なるほどねと頷きながら更に歩を進める。足が止まった。
「ハァ…」
そして溜息を一つ吐く。
倦怠感が滲み出た、重金属のように重い吐息だった。
「頼まれたからなぁ……やり遂げないとね」
口調は穏やかだが、言葉には死地に赴く覚悟のような感情が籠っていた。
そして、キリカは生活空間としているフロアの扉を開いた。
途端に、
「うわぁ…」
と、失意の声を漏らした。
まず最初に、部屋から零れた匂いで。次いで目に飛び込んできた光景で。
「佐倉杏子に朱音麻衣、とりあえず君たちは風呂入って着替えろ。汗臭い」
努めて穏やかな口調で、直球な言葉をキリカは告げた。
キリカはイラついたように、いや、実際にイラついて右の眉を痙攣させた。
黄水晶の瞳の先には、今名前を呼ばれた魔法少女二人がいる。
ソファに座り、机を挟んでの向かい合わせで項垂れている。
また佐倉杏子と朱音麻衣は、戦闘時でもないのに魔法少女姿となっていた。
汗の匂いは仕方ない。キリカはそう思った。自分も汗をかけばそうなるからだ。
だが、こいつらの今の状況は我慢できなかった。
「それで、そのふざけた恰好は何を考えてるんだい?」
魔法少女姿となっているとは今書いた。
問題は、それが変身によるものでないということだ。
杏子はいつもの紅いドレスで、麻衣は武者風の衣装。それは変わらない。
ただ、衣装のクオリティが明らかに異なっていた。
魔力で形成された魔法少女服は、手触りといい外見の良さといい、現行の技術での再現が極めて困難な品質となっている。
魔法少女生活は苛酷だが、こういうところは悪くないとキリカは思っている。
尤も、こういった甘い飴で少女を釣る事が契約の効率化になってるんだろうなとも思った。
「…作ったのかい?」
キリカのこの言葉が、杏子と麻衣の現状を示していた。二人が待とう衣装からは魔力を感じず、また布の品質も既成の物、それも極めて安価であろうと思われる布地になっていた。
形としても輪郭は似ているが、元の衣装が服として凄まじいクオリティを誇るだけに、激しい違和感を覚える出来具合だ。
衣装の表面はゴワつき、裾には糸のほつれや縫い残しが見れる。
コスプレ舐めんなよ、とキリカは義憤に駆られた。
母親と一緒に時折衣装を手造りしているために、彼女は裁縫が得意なのであった。
「ああ」
「聞かなければ分からないとは、貴様は眼が悪いようだな」
項垂れたままに二人は答えた。
攻撃的な言い回しから考えて、朱音麻衣の方が重症で佐倉杏子は瀕死だなとキリカは踏んだ。
ついでに二人は、まだ歯を磨いていない事も気付いた。
乙女心とかあんのか?とキリカは考えた。
ああ、そうか、と内心で納得した。
雌餓鬼に常識を期待しても無駄だなと。
「なんでそんなの着てるのさ」
「別に…」
「万物に意味を求めるな。意味が無いという意味がある」
「わけがわからないよ」
「呉キリカ。貴様はまだまだ心眼が足らぬ」
「急に語録を使うな。せめて元ネタを全巻新品で買ってから言え」
あちゃあ、とキリカは額を手で覆いたくなった。
佐倉杏子は意気消沈中で、朱音麻衣は狂っていると思ったのだった。
だが麻衣のこの返しは、呉キリカの普段の様子に無意識に感化というか汚染された結果によるものだった。
ナガレが不在となったことによる精神ダメージによってこうなったのだが、それによって生じた狂乱という状態のイメージは呉キリカのそれが反映されている。
キリカ本人はそれに全く気付かず、朱音麻衣は気が狂ったのだなとしか思わなかった。
「一つ、当ててやろう。その衣装、大方友人とセックスする時の為に造ったんだろ」
「……よく分かったな」
昏い声で杏子は肯定した。麻衣は無言だった。つまり肯定である。
冗談だったのに、とキリカは返事に困った。が、沈黙の中で彼女は胸のざわめきを覚えた。
その手があったかと、麻衣と杏子の発想に嫉妬を覚えたのだった。
エロいボンデージ姿は直球に過ぎた。
この二人のような、頑張って手造りしました感のある下手くそな衣装の方が、それっぽい雰囲気と尊さを演じられるじゃないか。
キリカの心は敗北心に満ちつつあった。
「……で、なんでそれを着てるのさ」
敗北感を拭うようにキリカは尋ねた。
杏子は口を開いた。金属が割れたような、亀裂のような笑みだった。
「供養…みたいなもんかな。あたしら、捨てられちまったんだぜ?」
「………」
「…は?」
自嘲的な杏子、小さく頷く麻衣。意味が分からないという表情のキリカ。
キリカの様子を見て、杏子の真紅の瞳には憐れみの色が掠めた。
「…まだ、理解してねぇのか」
泣き喚く迷子の子供を見るような眼で、杏子はキリカを見ている。
殺してぇ…とキリカは思った。
「あたしらはあいつに捨てられた。あたしらを嫌いになった。だから出ていったんだろ、あいつ」
「あのさ佐倉杏子。精神パートやら回想やらが面倒だから率直に言うよ」
キリカの言葉に、麻衣は唇を震わせた。
今まさに麻衣は、自分の想いを口に出して話すつもりであったからだ。
「友人が私らを嫌ってたら、なんで私らは今生きている?」
「………」
沈黙。凄惨な言葉であったが、杏子はそこに納得を感じた。麻衣も同じく。
「それに嫌われてたら、あんなに激しく命の火花を重ねてくれるものか。こんな度し難い愛に応えてくれるなんて、宇宙どころか並行世界探しても友人くらいだろうさ」
「…無駄に話のスケールがデケぇんだよ、馬鹿」
「それは私の所為だが半分くらいは異界存在の友人のせいだ。文句は奴が帰ってきたら直接言って呉」
「…ふん」
よしよし、とキリカは内心でほくそ笑んだ。
生意気な返事が出来るくらいには回復したかと、杏子の様子からそう察した。
もう一押ししとこう。キリカはそう考えた。
「あと佐倉杏子。君はかずみんの母親を気取ってるじゃないか」
「ああ、そうだよ。最初で最後の母親ごっこさ」
「だったらそのごっこを全うするがいいさ。やるべき事があるのならするべきだ」
「言われるまでもねぇ」
杏子の口調には力強さが戻っていた。
口車に載せられているという感覚は杏子にもあった。
だが沈んでばかりではいられない。
自分には使命があると、杏子は自らを奮い立たせていた。
「あーーー……それ、なんだが」
黙っていた、というよりも蚊帳の外だった麻衣が口を開いた。
なんだこいつ、という視線を以て杏子とキリカは麻衣を見た。
「こんなのを預かっててな…」
麻衣は右手を伸ばし、人差し指と親指で一枚のメモ用紙を摘まんでいた。
そこにはこうあった。
みんなへ
たまには私もお休みがほしいので
こっそりナガレに付いていきます
朝ごはんと昼ごはんと晩ごはんは冷蔵庫に入ってるので仲良く食べてね
13番目のかずみより
PS.ネット見てたら悪魔王子がぽっと出の新キャラに苦戦してるみたい。やっぱり血筋なのかなぁ?
視認した杏子が放った絶叫は、キリカが全力の速度低下魔法を用いて強引に抑え込んだ。
麻衣はと言えば、かずみの追記が気になったので電子書籍で雑誌を買って確認した。
度し難いが、こいつらにしては比較的平和な様子で、狂依存の対象を欠いた一日が幕を開けた。
書き手ながら、どこから突っ込めばいいのか困る内容である