魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「グゥゥアアア!」
声は同じく、数は三つの叫びが放たれた。
銀の装甲で覆われた双頭犬の口と、その背に乗る双樹の口から。
双頭犬の全身に桃色の閃光が突き立ち、同色の爆発となって巨体を揺るがした。
黒江を拘束する頭部には当たらず、喉元へ着弾した閃光によって双頭犬が怯み、黒江を宙へと投げだした。
牙に宿る毒によって黒江の肉体は手足がほぼ溶解し、蕩けて崩れた筋肉と泡を噴き上げる骨が空中に飛び散った。
それをふわりと、優しい力が包んだ。
夜を切り取ったような美しい黒い蛾のイメージを、それを見上げるニコは抱いた。
そして次の瞬間、ニコは両手に重さを感じた。
視線を降ろすと、伸ばした両手で黒江を抱えているのが見えた。
傍らを何かが通り過ぎたという感覚は、黒江の重さを感じてから届いた。
「やるねぇ」
口笛を吹きつつニコは言った。
驚いてはいるが、納得もしているが故の態度であった。
「さっすが、マギウスの創始者」
そう言ったニコの喉に、親指と人差し指が喰い込んだ。
皮膚を貫き、肉を裂いて声帯に達した。
「…黙れ」
昏い声で黒江は言った。
手足は既に再生しており、傷跡は全く残っていない。
ただ、全身には鉛に変じたような倦怠感が纏われている。
少し気を抜けば暗黒に沈むであろう意識であったが、それはニコの一言が聞こえた瞬間消し飛んでいた。
尋常ではない怒りと憎悪によって。
「それだけ元気なら大丈夫だろね。じゃあ一緒に応援しようじゃないか」
口から血を垂らしながら、一切の抵抗もせずに淡々とニコは言った。
その間、彼女は一目たりとも黒江に視線を落としていない。
ただ、視線の先に立つ者の背を見ていた。
黒江は歯軋りを一つした。彼女もまた、ニコを見ていなかった。
ニコの肩に座る獣も前を見ていた。
二人と一匹の視線の先には、二階建ての家ほどの巨体を誇る双頭犬の前に立つ孤影があった。
闇が固まったような黒いフード付きのローブを纏った、一人の少女がそこにいた。
次の瞬間、その姿は空中にあった。
双頭犬の右脚が振り下ろされ、地面を深々と抉り無数の破片を噴き上げている。
大小さまざまな破片の中に、黒いローブ姿はあった。
翻ったローブからは、タイツで覆われた華奢な脚と黒みがかった短いスカートが見えた。
そこに向かって、巨大な二つの大口が迫った。
がきんという音が鳴るよりも速く、無数の牙が生えた隙間を黒い影が亡霊のように抜け出た。
舞い上がった無数の破片を蹴って足場としたのだが、魔法少女としても異常な跳躍力だった。
二つ目の口の端が僅かに掠め、ローブの一部が引き裂けた。
破れたフードからは、闇色のローブとは相反する桃色の毛髪が見えた。
編み込まれた長い髪が、美しい滝のように背中に垂れ下がる。
トン、という軽い衝撃が双頭犬の頭の一つで生じた。
その直後に、巨体が桃色の光で覆われた。
双頭犬の頭を蹴り、桃髪の少女が更に跳躍し、上空から無数の光を放っていた。
光の発生源は、少女の左腕に備え付けられたボウガンであった。
そこに装填された光の弓矢は放たれた瞬間に枝分かれして複数の矢となり、射出された直後には既に新しい矢が生み出されている。
矢継ぎ早という言葉そのままに、桃色髪の少女は息をも吐かせぬ連続攻撃を行っていた。
巨体を誇る双樹のドッペルを前に、少女は真っ向から立ち向かい圧倒している。
その間、少女は一言も発していない。
呼吸はしているが、声の類が生じていなかった。
「…環さん」
双樹のドッペルを相手にする少女へと、黒江は痛切な響きを孕んだ一声を発した。
未だ少女は肉体に何らの損傷も受けていないが、環と呼ばれた少女の顔には無数の汗が浮いていた。
光の矢を浴びつつも、背の翼を広げドッペルは飛翔し少女へと迫る。
迫る死の顎を避け、閉じた口を蹴って飛翔し矢を放ち続ける。
既にニコや黒江の立つ位置から、戦場はかなり遠ざかっていた。
少女は自らを囮に、災厄をその身に引き受けているのだった。
「環いろは……その自己犠牲精神はどこから来るのやら」
「おい」
ニコの言葉を獣が遮った。
言葉を聞こえないようにするためだった。
だが、それは届いてしまっていた。
ニコに抱かれている黒江は、この時初めてニコを見つめた。
怒りによって血走った
「罪人如きが、環さんを語るな」
暗澹とした黒江の声に、耳を覆いたくなるような粘着質で嫌な音が重なった。
ニコの喉に埋まっている黒江の親指と人差し指が、ニコの声帯を千切り潰した音だった。
ニコは眉を跳ねさせた。しかしそれは痛みによるものではなかった。
『そんな事より』
思念にてニコは黒江に語り掛けた。
黒江は怒りを増大させたが、すぐに気付いた。
視線をいろはから離した事を、彼女は心底後悔した。
『君らのリーダーが大変だ』
ニコの思念が届くのと、黒江が絶叫したのは同時だった。
彼女らの視線の先では、胴体をサーベルで貫かれたいろはの姿があった。
ドッペルを展開している双樹が投じたものだった。
そして動きが止まったいろはへと、双頭犬の首が向かった。
牙を鳴らす音が響いた。肉が裂ける音が鳴った。
二つの巨大な首が重なる場所から、一つの物体が落下していく。
言うまでも無く、それは環いろはの身体である。
しかしその身体に首は無く、僅かな肉と皮を残して胸から臍の上あたりまでの肉が喪失していた。
肉体の断面から零れたはらわたから黒血を吐きつつ、環いろはの肉体は地面に激突した。