魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第69話 外道譚②

 ニコと獣は上を見上げた。

 急な角度によって首が痛みを覚えた先で、四つの眼は宙に浮かぶ黒を見た。

 それは広げられた翼であり、黒い粘液のような翼の中央には、翼の主である黒江の姿があった。

 鳥の上顎を模した兜のような被り物の下にある彼女の顔は、苦痛に歪んでいた。

 

 

「こ……の……!」

 

 

 気狂い、とでも続ける積りだったのだろう。

 だが口から吐き出されたのは言葉ではなく、どす黒く変色した血塊だった。

 地面に落下した時、それはぼとりという音を立て、地面に広がらずにごろりと転がった。

 それは血でもあり、溶け崩れた内臓と肉の一部でもあった。

 

 

「なんだ、あれ」

 

 

 ニコの視線の先には、黒い翼があった。

 その真ん中から、黒とは相反する銀の柱が生えていた。

 柱の数は二つ。左右で広がる翼の中央を貫き生えていた。

 それは角だと、ニコと獣は悟った。

 目を凝らすと、黒江の背後にある物体の姿が見えた。

 

 

「これは……」

 

「先輩……演出過剰すぎだぜ……」

 

 

 二つの呻きがプレイアデス聖団本拠地の地下に広がる空間に響いた。

 一人と一匹の視線の先で、それは姿を顕していった。

 最初は黒江を貫いた角も見えなかった。

 そこが最初に光を帯びた。

 

 次いで輝いたのは、黒江の生やした翼よりも更に巨大な物体だった。

 演出とはこのことだろう。

 角と同様に銀の光沢で覆われたそれは、巨大な爬虫類の頭部にも見えた。

 だがよく見れば、前に鼻面を伸ばし三角の耳を生やしたその形状は犬のものだと分かった。

 それが銀の装甲を隙間なく纏っている。

 

 そして鼻の先から生やした角で、黒江の翼を貫いている。

 左右の翼を貫いている事から分かるように、装甲された犬の顔は二つあった。

 長い首の先には巨大な翼を生やした胴体があり、その背に双樹の姿があった。

 白目を剥いた表情でありながら、彼女の顔は恍惚と蕩けている。

 口からは唾液が滝のように溢れ、身体は左右にふらふらと揺れる。

 美麗な衣装の色は白と赤であり、その彩色の割合は秒単位で変化している。

 あやせにルカに、その二人の融合人格であるアヤルカの全てが狂っており、人格も定まらずに変化を繰り返しているのだろう。

 しかし表情が変わらないところを見るに、三人格は今の現状に満足しているようだった。 

 装甲の具合からして、この存在が双樹達が好むキャラクターを模している事は間違いない。

 そしてこれは。

 

 

「これが……こいつらのドッペルか。外道のドッペルとでも名付けよう」

 

「ヒドすぎんだろ……それで、これは」

 

 

 獣が一応の反論をし、そこで黙った。次の言葉を言いたくないのだった。

 

 

「変異部位は卵巣か」

 

 

 ニコは虚無的に吐き捨てた。

 同時に獣は吐しゃ物を吐いた。

 白い毛皮がこびりついた、未消化の赤い肉だった。

 ゲロを避け、ニコは上を見続けた。

 ドッペルの背に立つ双樹の脇腹からは、銀の鎖が生えていた。

 豪奢なドレスの表面から装飾の一部のように伸びたそれは、彼女の足下である双頭の犬の背に繋がっている。

 ニコの言葉を引き継げば、これは彼女の卵巣が変異した存在ということになる。

 狂気という言葉では表せない、度し難いに過ぎる状態であった。

 

 

「ああああああああっ!!」

 

 

 黒江の悲鳴が迸った。

 ニコの声が届き、現状の気持ち悪さを認識させられたのだろう。

 だが悲鳴の後に、彼女は血の塊を再び吐いた。

 彼女の白い肌は、更に白気を増していた。

 一方で皮膚の下にある血管は紫色に変色している。

 つまりは。

 

 

「毒か」

 

 

 同時に、宙で黒い波濤が迸った。

 黒江の翼が弾けたのだった。

 弾けた翼は液状化しており、膿のような悪臭を放っている。

 翼を貫いた角から流し込まれた毒の効果がこれか。

 宙に投げ出された黒江は、再び宙で固定された。

 

 

「あぐぅ!」

 

 

 黒江の両腕に、双頭犬が喰らい付いていた。

 軽自動車一台くらいなら軽く口内に収められそうな口には、小指の長さ程度の牙がびっしりと生えていた。

 それが黒江の細腕を貫き彼女を固定していた。

 だがそれはすぐに離れた。

 穴だらけとなった両腕からは赤血球が破壊されてどす黒くなった血が溢れた。

 毒は角だけでなく、牙にも備わっていた。

 次に喰らい付いたのは、黒江の胴体と両脚だった。

 

 そして双頭犬は口を閉じた。

 バキバキッという骨の砕ける音が響き渡った。

 

 

「ぎぃぃああああああ!!!」

 

 

 黒江の太腿から下が噛み潰され、彼女の腹から胸までが圧壊寸前にまで破壊された。

 肋骨が砕けてはらわたがズタズタになり、背骨が唐竹のように割れた。

 一瞬にして無数に生じた傷口からは、黒い血が大量に噴き出した。

 

 その血は黒江の頭部を濡らした後、双頭犬の背に生えた銀の翼を汚した。

 双樹の顔にも血は届き、頬を伝って唾液で濡れた口元へと流れた。

 濡れ光る唇の中に吸い込まれた時、双樹は緩やかに微笑んだ。

 それが母が子を見つめるような、慈愛に満ちた形であったことにニコは吐き気を催した。

 

 銀の双頭犬は再び動き、黒江を宙高く放り投げた。

 既に彼女の全身は、顔や腰などの部分を除いて襤褸切れもかくやといった状態となっていた。

 ニコも覚悟を決め、彼女を救うべく魔力を貯めた。

 身代わりくらいにはなるだろう。

 彼女はそう思った。

 その次の瞬間には黒江も殺害されるに違いないとは思ったが、あまり感慨が湧かなかった。

 自分の死については尚更で、何も感じるものがない。

 虚無の心のままに跳躍しようとした刹那、複数の光が降り注いだ。

 それは、眩いばかりの桃色を纏った光であった。


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