魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第68話 愛ゆえに④

「重い」

 

 

 杏子が言った。

 漆黒の地面の上で、仰向けとなった彼女はうつ伏せとなったナガレの下にいた。

 彼女の胸の上から顔を引き剥がし、

 

 

「悪い」

 

 

 とナガレが返した。

 杏子は唇の端を痙攣させた。笑いであるらしい。

 

 

「別に。あたし的にはこのままでもいいよ」

 

 

 杏子は左手を伸ばし、ナガレの右頬に手を添えた。

 頬の皮膚に触れたのは肌ではなく、焼け焦げた肉だった。

 

 

「そうでなけりゃ……続きをシようぜ」

 

「ああ」

 

 

 杏子が五指を握り込む寸前、彼は背後へと退避した。

 指先に引っ掛けられた皮膚が浅く抉れ、右頬に五本の朱線を奔らせた。

 前を見据えると、杏子も既に立ち上がっていた。

 ナガレの頬の皮が付着した五指の先を、桃色の舌でぺろぺろと舐めている。

 指に舌を絡め、器用に掬って口内にナガレの皮膚を導き、ゆっくりと噛んで飲み込んだ。

 ただキャンディを舐めているかのような自然さであったが、淫靡さが漂う動作だった。

 飲み込んだ直後に熱い吐息は蜜の甘さと血潮の生臭さを孕んでいた。

 

 

「あんたの血肉………なんでかなぁ……口に含むと、胎の奥が疼くんだよなぁ………」

 

 

 半月の口で杏子は言う。

 足はふらつき、肩は浅く上下している。

 魔法少女達に胸と喉と肩に牙を立てられて肉を砕かれて血を啜られ、その反撃として灼熱の閃光を見舞ってから、どのくらいの時間が経ったか。

 杏子の様子からして、あまり時間は経過していないようだった。

 今の杏子は、全身に大火傷を負っていた。

 顔の形は原形を留めていたが、皮膚の表面が蕩けたように爛れ、掌の皮膚は消えて焦げた肉が露出している。

 ナガレがゼロ距離で放ったシャインスパークの為であり、人間なら瀕死の重傷となっていた。

 

 杏子を見つつ、ナガレは気配を探った。

 自分から見て右の方向に、キリカと麻衣の気配があった。

 足裏からは微かな鼓動が伝わる。

 杏子は全身大火傷と落下の負傷で済んでいたが、キリカと麻衣は全身が炭化し落下の衝撃によって砕けた事で複数の破片へと変わっていた。

 死んでさえいなければ時期に回復するので、ナガレは今の二人の現状を『無事』なものとして把握した。

 

 キリカと麻衣の破片の近くには、二人の胸を貫いていた双斧が落ちている。

 距離を考えると、杏子を相手にした状態で取りに行ける距離では無かった。

 牛の魔女も戦闘不能状態。完全な丸腰だった。

 そんな彼に対し、杏子も得物を呼び出さなかった。

 

 傷付いた身体を引きずるように、彼女はナガレへと歩み寄る。

 彼もまた彼女を目指して歩いていく。

 火傷こそ負ってはいないが、ナガレも重傷の身であることに違いはない。

 杏子に喰い破られた胸、キリカに噛み千切られ掛けている首、麻衣の嚙みつきによって右肩は砕かれている。

 そんな苦痛など無いかのように、強がりながらナガレは歩く。

 歩行は直ぐに疾走となった。

 だから激突は直後であった。

 

 

「ぐぁああああ!!!!」

 

「オラァッ!!」

 

 

 獣の叫びを上げる杏子に、ナガレは裂帛の叫びで返した。

 杏子は右腕を、ナガレは左腕を突き出した。

 杏子の拳が頬を掠め、ナガレは浅く出血した。

 対して彼の拳は杏子の右頬を貫き、頬の肉を削ぎ落した。

 意識が飛び掛けた杏子へと、ナガレは右の回し蹴りを放った。

 それは杏子が反射的に行った左脚での防御を叩き潰し、彼女の胴体へと爪先を減り込ませた。

 破壊された内臓から逆流した血液が胃に到達し、喉を上った。

 しかし吐きはせずに留まった。彼から奪った皮膚と血を吐き出したくないと、彼女は必死に耐えた。

 

 

「痛ぇ……なぁ!」

 

 

 胴体に減り込む左脚を両手で掴み、杏子は彼の身体を振り上げてから叩き落した。

 後頭部が地面に接触する前に、彼の両手が先に地面に触れ、肘を撓めて衝撃を殺した。

 後頭部ではなく背中から地面に落ちると。彼は身を捩った。

 それによって彼の脚を掴んでいた杏子の身体も巻き込まれ、身体の側面から杏子は地面に激突した。

 

 

「うっ」

 

 

杏子が声を上げた。

大きくバウンスした彼女の顔面にはナガレの右膝が迫っていた。

防御も間に合わずに膝が杏子の顔面を直撃した。

その一撃により鼻骨が折れ、杏子は悲鳴と共に鮮血を吐いた。

 

 

「おぉおおあああ!!!」

 

 

 ナガレは雄叫びを上げ、左手で杏子の髪を掴み、更に二度三度と右膝を打ち付ける。

 

 

「ざっ……けんなぁぁぁぁ!!」

 

 

 顔を血塗れにし、口から歯の破片を吐き出しながら叫ぶ杏子。

 両拳でナガレの腹部を殴打する。

 ナガレも血を吐き、大きく後退する。手の拘束も外れ、杏子が尻から地面に落ちる。

 一切の容赦なく、ナガレは左拳を叩き込んだ。

 バク転の要領で杏子は後退し、拳が空を切る。

 地面に着弾した拳は小規模なクレーターを生み、その振動は離れた場所の杏子にも届いた。

 そしてそれは、二人の少女の意識に響いた。

 炭化していた瞼が開き、粘液に濡れた瞳が覗く。

 黄水晶と血色の眼は、争う少年と少女を見た。

 

 

『ヤってるねぇ』

 

『見れば分かる』

 

 

 炭となっている部分を少しずつ生体に直しながら、キリカと麻衣は思念を重ねる。

 幸いにして、苦痛は炭に血が通って濡れそぼっていく際の、死にたくなるほどのむず痒さ程度で済んでいる。

 

 

『にしても度し難い』

 

『うむ』

 

 

 治癒したばかりの眼で見て、神経網が這い廻っていく脳で思考し、ここにはない魂で情報を認識する。

 ナガレと杏子は再び接近し、殴打と蹴りを見舞い合っていた。

 既にノーガード状態であり、力も大分落ちている。

 肉体の破壊は小さく、痛みだけが重なる状態となっている。

 それは野生動物による、ただ互いの肉体をぶつけ合う原始的な闘争だった。

 見ている間にも杏子の顔は殴打され、ナガレの胸に蹴りが突き刺さる。

 

 

「はは…ははは…」

 

 

 口から血を吐きながら、杏子は笑っていた。

 楽しすぎて堪らないからである。

 

 

『本当に度し難いな』

 

『………』

 

 

 キリカの声は呆れていた。呆れてはいたが、それは羨望を糊塗するものでもあった。

 麻衣の沈黙は嫉妬によるものだろう。

 

 

「ひぃ…ひくっ…ひゃ……ひぃぅ……」

 

 

 喉に、腹にと殴打と蹴りが炸裂した時、杏子の笑い声は変化していた。

 変化というより、新しい趣が追加されたと言うべきか。

 彼女の声は、性的な快感に震える嬌声となりかけていた。

 彼と重ねる命の交差。

 与えられる痛みと与える痛み。

 痛みと痛みを取り換えるような、命同士のせめぎ合い。

 自分の全力に対して全力で向かってくれる相手の存在が、愛おしくて尊くて堪らない。

 それは、そんな声だった。

 

 

『やはりというか、佐倉杏子はちょっと異常だな』

 

『貴様が狂気を語るとはな』

 

『君も大概だよ、朱音麻衣。しかし佐倉杏子は必死に過ぎる。私でさえ、この状況ならキリカ式セックスは見送って負け犬共の回収作業を共に行いながら友人とイチャつくってのに』

 

 

 キリカの言葉を麻衣は理解しようと努めた。

 何故佐倉杏子がここまで必死なのかという事についてである。

 ついでにキリカ式セックスという度し難い単語については、考えるまでも無く理解できていた。要は殺し合いであり、彼女は彼と繰り広げるそれが大好きだからだ。

 また、自分と一緒に炭化した雌餓鬼共を回収する様子も実に尊いと思えた。

 精神鑑定が必要そうな精神だが、恐らく解析は不可能であるし診断した医師の方が病むだろう。

 

 

『そうか』

 

 

 キリカは気付いた。

 

 

『そういう事だったのか』

 

 

 同時に麻衣も理解した。

 視線の先では、ナガレの首に喰らい付く杏子の姿が見えた。

 噛み付きながら血塗れの身体を、ナガレの身体に蛇のように絡ませている。

 ナガレは杏子の口に左手を差し込み、強引に引き剥がした。

 首を掴んで地面に叩き付け、彼女の身体は全身の傷から血を噴き出しながら血車のように転がっていく。

 ふらつきながら立ち上がる杏子。その口は転がっている間から動いていた。

 ナガレの左手の指の第一関節が噛み千切られ、杏子はそれを噛み潰している。

 

 杏子の両眼からは血が滴っている。血で出来た涙だった。

 叫び、リボンの解けた長髪を靡かせながら杏子はナガレを目指して走った。

 その様子に、キリカと麻衣は哀切さを覚えた。

 孤独な幼子が、親と離れまいとして必死になって追い縋るかのようだったからだ。

 

 

『佐倉杏子。君には……』

 

 

 痛みを堪える口調でキリカは思念を発した。

 それを麻衣が引き継いだ。

 

 

『彼しかいないのか』

 

 

 呟きが放たれたのと、杏子の顔面にナガレが頭突きを見舞うのは同時だった。

 なおも杏子は腕を動かそうとした。

 予備動作に入った時点で、ナガレは杏子の腕を殴打して肘を破壊した。

 蹴りを放つ前に彼は彼女の両脚に回し蹴りを放って圧し折った。

 

 それでも杏子は彼に飛び掛かった。

 その胸を左拳が貫いた。背中から抜けた左手は、杏子の心臓を握っている。

 貫かれながら、杏子は胸に開いた肉の孔で彼の腕を飲み込む様にして前に進んだ。

 運動能力は皆無であったが、僅かな身体の揺らしと傾斜によって前に進めた。

 彼の肘に至った時、杏子はナガレの顔に顔を近付けた。

 

 ナガレは動かず、杏子の動きを見守った。

 触れる寸前で動きが止まった。

 なので最後は彼が迎えた。

 自分と相手の血で濡れた唇が軽く触れあう。

 そこで最後の力が切れ、杏子は眼を閉じた。

 既に眼球は破裂しており、瞼しか残っていなかった。

 

 

『ま、役得かな』

 

『そう思う事にしておこう』

 

 

 キリカと麻衣もその思念を最後に意識を閉じた。

 体力と精神が限界なのと、これ以上意識を保っていると嫉妬で狂いそうになるからだ。

 こうして長いに過ぎる、何時にも増して度し難い戦闘は幕を閉じた。

 

 

 











どしがた

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