魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第68話 愛ゆえに②

 鏡の世界が砕け散る。

 三人の魔法少女の魔力と三体のドッペルの集合体。全長は六百メートルにも達するだろうか。

 そして、模倣体とはいえ皇帝の名を冠した存在の力は異常に過ぎていた。

 振り下ろされた剛腕がもたらした衝撃は一瞬で異界を駆け巡り、天も地も、そして無数に構造物や復活を始めた魔法少女の複製体達も白銀の塵へと変えた。

 その後に残ったのは、虚無。

 物質どころか空間までが割れた鏡となって破壊されている。

 鏡が消えた後には、闇が残った。

 破壊されたものの残滓が、白霧のように漂っている。

 

 闇の中、真紅の色に輝く巨体だけが残っていた。

『ゲッターエンペラー』。

 そう呼ばれる存在の模倣体。

 そしてそれを為している三人の魔法少女の魂と意思。

 佐倉杏子、呉キリカ、朱音麻衣。

 愛憎の想いが込められた一撃がもたらした大破壊。

 

 それによって発生した闇の中、真紅の巨体が孤島のように浮かんでいる。

 ナガレの姿は無い。

 世界を破壊した一撃は、彼を中心に発生したものだからだ。

 逃げ場も無く、彼はそれを受けた。

 だから、つまりは。

 

 

「勝った」

 

「勝った」

 

「斃した…」

 

 

 杏子と麻衣は淡々と、麻衣は感嘆の想いを込めて言った。

 前者二人は彼の殺害を結果として言葉にしただけだが、麻衣の場合はそれが望みであるために感情の深さが異なるのだろう。

 麻衣の心は高揚に湧いた。ほんのひと刹那だけ。後には喪失感が残った。それは杏子とキリカも同じだった。

 愛しているが、彼は自分達を見ていない。

 地獄のような世界から来た彼にとっては、この世界の万物の事象は心を動かすには至らない。

 だから異界の最終兵器を、彼が最も嫌う存在を模倣した。

 

 ゲッターエンペラー。

 彼の、ナガレの元となる存在の、流竜馬の末路。

 この姿になりたくないから。

 破壊者と化した自らの存在を認めず、破壊し続ける修羅地獄。

 その過程にある異形の群れを殲滅し続け、惑星や宇宙が芥子粒のように消え去る中でも戦い続ける。

 

 そういったスケールの世界に身を置く存在が彼であり、今はその旅路の最中の寄り道。

 魔法少女の苦悩や日々の血と愛欲に濡れた闘争も、あの地獄の世界の前では霞む。

 だから見てくれない。

 愛に応えてくれない。

 

 だから、こうなった。

 全てを破壊し、彼もまた消えた。

 

 

「駄目だ」

 

 

 声が重なっていた。

 杏子とキリカと麻衣の心はこの時、境目を持っていないかった。

 

 

「あんたは、君は、お前は……ここで終わっちゃいけない」

 

 

 その言葉は哀願だった。

 

 

「こんな事で、ここで死ぬはずが無い。死ぬなんて許さない」

 

 

 自らの愛憎と殺意を込めた攻撃を放っておいて、という考えは彼女らにも残っていた。

 それでも言葉が出た。それは祈りと願いであった。

 

 

「だから」

 

 

 立ち上がれ。

 戻って来い。

 いつものように。

 立ち塞がり、対峙してくれ。

 

 

 二の次を次いで、その後に続く言葉はきっとそれであっただろう。

 言葉が出る前に、異変が生じた。

 白霧のように空間に広がる銀の粒が、風に吹かれたようにある一点に向かって行った。

 それは巨体と比べれば、極微な点だった。

 粒が発する光がそれを照らした。

 

 

「言われるまでもねぇよ。死んで堪るか」

 

 

 斧槍を携えた、黒髪の少年の姿が闇の中に浮かび上がった。

 全身は血に染まった、どころか血に浸されたような姿。

 腕も脚も歪み、斧槍も砕け掛けている。その斧槍が、銀の光を吸っている。

 そして全身の負傷が、銀の光を纏って治癒されていく。

 治癒をされても、傷は塞がらずに血が零れた。

 強引に塞ぐように、全身に光が纏わり付く。

 

 この姿を維持するための、強引な処置だった。

 恐らく彼は、攻撃を受けた際に肉体をほぼ喪失したのだろう。

 そこで魔女と融合し、紙一重のところで死に至るのを防いだ。

 そして今、鏡の世界の残滓を取り込み力へと変えている。

 

 黒い洞となっていた眼球が再形成され、黒い瞳がエンペラーの模倣体を、いや、その中にいる杏子とキリカと麻衣を見据える。

 

 

「それでだな」

 

 

 黒い瞳には、雷嵐のような渦が巻いていた。

 叫びが轟いた。

 杏子とキリカと麻衣の声で。恐怖の叫びだった。

 ナガレの声は、普段と変わらない。

 機械に掛けても、魔法で分析しても寸分変わらないと診断されるだろう。

 だが違う。

 ナガレだが、ナガレではない。

 人間性はそのままに、更に恐ろしいものへと変貌している。

 三人はそう察した。愛しているから分かるのだった。

 恐怖とは、喜びの裏返しであるが故に。

  

 叫びと共に右の拳が放たれた。

 絶対に外しようが無い距離であり、回避も不可能な巨大さと速度の拳である。

 着弾の瞬間、轟音ではなく、キンという音が鳴った。

 金属が断ち割られる、鋭い音だった。

 直径五十メートルを超える拳の、光子で出来た塔の如き五指が根元から切断されて落下した。

 次いで手の甲が複数の破片となってバラけた。

 破壊は手の甲にまで達し、光が鮮血のように散った。

 輝く破片と化した巨腕の中、ナガレの姿があった。

 

 

「俺の自業自得もあるんだろうがよ……今回は、俺も怒ってる」

 

 

 そう言ったナガレの顔には、凶獣の如く獰悪な形が刻まれていた。

 渦巻く瞳は血走り、怒りを湛えている。

 自らが最も忌み嫌う存在を模したという事に対する怒りと、それを招いた自分への怒り。

 後者の方が、遥かに色濃い怒りであった。

 驚愕と恐怖と安堵と愛憎。

 それらが綯い交ぜになり、それでいてその何れもが独立した感情と想いを三人は抱いた。

 そして彼女らは見た。

 万物を破壊する剛腕を破壊したものの正体を。

 それを察した時、三人の魔法少女は息を呑んだ。

 

 

「あ……あぁ……」

 

 

 魂から漏れた喘ぎには、感嘆と、胸を締め付ける愛慕の念が込められていた。

 

 

 

 

 


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