魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
重低音が鳴り響き、地響きが鏡で出来た異界を震わせる。
崩れ落ちるのは真紅をベースに黒と紫を体表に散らばせた人型の巨体。
異界の兵器、ゲッター1をモチーフとした、光子で出来た紛い物。肘と膝のあたりで腕と脚が切断され、達磨状とされていた。
巨体の落下に少し遅れて、黒髪の少年が空中から地面に着地する。
足が触れた瞬間、ナガレは膝を着いた。片膝だけで耐えたのは彼の意地である。
悪魔翼は崩壊し、黒い鱗粉のように飛び散って行く。
背から伸びた竜尾は根元部分だけを残して欠損。残った部分も剥離して落下し、地面に当った衝撃で粉となって消える。
全体にヒビが入った斧槍を杖にして、なんとか転倒を防いでいるナガレであったが、顔面は蒼白となっていた。
恐怖ではなく、体内の血が残り僅かとなっているのである。
戦闘はナガレが優勢を保っていたが、攻撃の一つ一つの威力が尋常ではなくその蓄積が彼を追い遣っていた。
斧槍同様、彼の全身の骨もまた砕けかけている。
十秒だけ彼は休んで立ち上がった。
あと少しだけ、作業が残っている。
この存在を切り刻み、中にいる魔法少女三人を抉り出して現世に帰還するという事が。
倒れ伏した巨体までの距離は二十メートル程度。
復活を果たす前にさっさと済ませて仕舞おう。
彼はそう思った。
その瞬間、彼の意識は途絶した。
「ぐぁぁっ!?」
一瞬の後、全身に刻まれた苦痛によって彼は覚醒した。
咄嗟に、本能によって掲げた斧槍で防がなかったら少なくとも四肢は胴体から離れていただろう。
全身から噴き上がる血が大気を染める。
今の彼は、地面から高空へと瞬時に移動していた。
血反吐を吐きながら、激痛によって真っ赤に染まった視界を睨んで原因を探った。
赤の奥に、更に赤が見えた。
形を備えた真紅の色だった。
それが眼球の破壊と苦痛による視界の紅ではなく、実体としての赤として見えた。
巨大な、超が付くほどに巨大な拳であると彼は認識した。
拳だけで、先程斃した紛い物に相当する大きさだった。
それが更にもう一つ、彼に向って接近していく。
彼は叫び、再び悪魔翼を形成させた。
翼膜は形成の時から既にボロボロであり、魔女も限界が迫っていた。
それでも受けたら確実に死ぬとして、死力を振り絞っての形成だった。
接触の寸前に飛翔するが、なおも拳は迫り来る。
血を吐きながら叫び、魔力を行使して速度を上げる。
間髪で逃げ切り、更に飛翔。
高空から相手の全容を確認する。
ナガレは息を呑んだ。血臭と胃液の酸味、そして死の香りがした。
下方からの颶風。
即座に上を見上げた時には、高空から見降ろしていた筈の存在が更に高所へと舞い上がっていた。
影が降りる範囲は異常に広く、逃げ場はない。
瀕死の身で出来ることは、ダメージカットを全開にする事だけだった。
彼の全身を幾重にも重なる障壁が覆った瞬間、異界全体に激震が奔った。
高空からは一筋の黒い閃光が地面に向けて落下したように見えた。
地面に触れた時、二度目の激震が生じた。
着弾地点からかなりの広範囲が、蜘蛛の巣状にひび割れた。
例えるなら、一つの学校の敷地内に相当する面積が破壊されていた。
その破壊の淵へと、赤く巨大な何かが降り立った。
足と思しき光子の塊は、大破壊による孔と比べても巨大であった。
それが巨塔のような脚に繋がり、更に巨大な胴体、胸部に繋がる。
肩からは三枚の刃を生やし、頭部には巨大な複数の角。
機械の鬼。それもまるで鬼神のような姿だった。
「『ゲッターエンペラー』……たしか、そう言ったよな。これ」
真紅の光で構成されたそれは、佐倉杏子の声を発した。
声の矛先は、ナガレの落下によって生じた深淵に向けられていた。
「あんたにゃ普通じゃ敵わねぇ。だからこっちも勉強させてもらったよ」
杏子の声には色濃い疲労がへばりついていた。
ナガレから得た記憶の一部を解析し、キリカによって打ち込まれた無限増殖する針を用いてこの形を形成。
更に朱音麻衣の次元接続魔法の応用で、この姿自体を形ある魔女結界とでもいうべき存在と化した。
つまりはこれも一種のドッペルである。それも、複数の魂を用いて形成したもの。
そしてそれの元となり、制御しているのは。
「気に喰わないのは確かだけど、悔しいが今回ばかりは佐倉杏子の案に乗ることにした」
「こうでもしないと、君は振り向いてくれそうにないからな」
杏子に続いて、キリカと麻衣の声がした。
声には疲労と恋慕、そして暗い感情が付随している。
「あんたは別の場所から来た」
「地獄みたいな場所からね」
「あれと比べれば、君の今は退屈なのだろう」
三人の魔法少女の口調には、鬱屈としたなにかがあった。
悍ましいなにかが。
「だからあんたは」
「私達を」
「見てくれないんだな」
声に含まれているのは、愛と憎しみ。三人の声は愛ゆえの憎しみで、愛憎によって出来ていた。
愛しているから。
でも振り向いてくれないから。
だから憎い。愛しているから、こんなにも憎しみが生まれてしまった。
だから、君が最も憎むものの姿を取った。
そういうことなのだろう。
「だから」
「だから」
「だから」
同じ言葉が連なる。
聞くものの耳と魂にこびり付いて、永劫に魂を汚染するかのような、悍ましい感情が込められた声であった。
声に合わせて、佐倉杏子が造り出した…疑似エンペラーとでも言うべき個体が巨大に過ぎる腕を掲げる。
オリジナルの大きさとは比べ物も無いが、それでも腕だけで二百メートル以上、本体を含めれば一キロに達するサイズである。
握り固められた拳は、まるで一つの山に等しい。
「だから…」
再び同じ言葉が発せられた。
その続きは、終ぞ言われることは無かった。
言葉が終わるのを待たずして、巨大な拳が振り下ろされた。
地面は衝撃に耐えきれず、鏡の地面の全ては瞬時に銀の飛沫と化した。