魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第67話 無明

「なぁ、呉キリカ」

 

「おぅ、なんだい朱音麻衣。猿先生が描いた小説版龍騎大喜利でもしたいのかい?」

 

 

 キリカの返事に麻衣はデジャヴを感じた。

 もちろん麻衣の要件は別なので、キリカの度し難い発言を否定すべきだったが興味があったので頷いた。

 

 

「ラストバトル中に何の伏線もなくベノスネーカーが喋る。それでベノクラッシュ射出時に『勝利の呪文』を叫ぶ。でも言われた本人は気にしてないだろうし、その後は原作通りの展開」

 

「よくネタにされる『いけーっ〇〇の息子!!』か……酷い言い様だな。まぁ作中だとそれは事実なのだけど」

 

「出生が酷過ぎるんだ。理不尽だろうが仕方ないんだ」

 

 

 予想以上に酷い返事が返ってきた。該当する部分の明言を、麻衣は自分の良識に従って避けた

 麻衣は平静を装っていたが、ツボに入ったらしく胸の中では胃がひっくり返りそうになっていた。要は腹を抱えて笑っている状態だった。

 君は?とアイコンタクトがされたので首を振った。こういうロクでもない言葉遊びではキリカに勝てる気がしないからだ。

 キリカは勝ち誇って胸を張った。

 麻衣は逆にふふんと鼻を鳴らした。胸の大きさでは自分の方が上であると自負している。

 キリカもそれを察し、麻衣を睨み付けた。

 負け犬め、と麻衣はキリカに対して余裕の眼差しを送った。

 

 

「(とまぁ、そんな事思ってるんだろうなぁ。面倒くさい子)」

 

 

 それをキリカは見越しており、やれやれと溜息を吐いた。

 そして会話を軌道修正しようと考えた。

 誰が原因で脱線したのかという意識は彼女には無い。

 

 

「言いたい事はこれだろ?」

 

「ああ」

 

 

 やり取りを終えると同時に轟音と振動。

 二人は自室を模した空間の中におり、部屋の窓から外を見ていた。

 窓からは外界の様子が見えている。

 鏡の異界の中で、赤く輝く光の光子で出来た異界の兵器…ゲッター1を模した巨大な存在と戦闘を繰り広げる少年の様子が見えた。

 場所的には麻衣とキリカがいる場所は、少年と対峙している存在の中なのだが、麻衣の用いる空間接続の魔法によって客観的な視点での観測を可能としている。

 麻衣はそれを便利と思い、キリカは応用が強引でご都合主義すぎると思っていた。

 そして、その戦闘の様子はと言えば。

 

 

「予想通り佐倉杏子が劣勢か」

 

「役立たずだな」

 

 

 麻衣とキリカが罵り、同時に激震が異界に轟く。

 身長五十メートルに達する巨体が、鏡の地面へと腹這いになって激突したのだった。

 首の裏には黒い翼を背から生やしたナガレの姿があった。

 高速飛翔で翻弄しつつ、背後に回ってからの渾身の蹴りを叩き込んでいた。

 単純な力では圧倒されているため、翻弄によりこの紛い物が直立のバランスを崩した瞬間を狙って放った一撃だった。

 だが即座に紛い物が体を捩じって反転、巨大な顔がナガレへと向けられる。

 揺らめく炎のように曖昧な輪郭が、口の部分で大きく崩れた。

 一瞬で発生したのは、淵に無数の鋭角を持った裂け目。即ち口だった。

 

 

「ここ小説版王蛇」

 

「一々関連付けるな」

 

 

 麻衣の指摘を切って捨てるキリカ。真面目にやれという意思表示で正しいのだが、麻衣は釈然としなかった。

 そう言っている間に再度の衝撃が来た。

 瞬時に開いて即座に閉じた口の間を縫ってナガレが飛翔し、紛い物の右側頭部を殴打していた。

 今の彼の手と腕、脚と膝は黒銀の装甲で覆われていた。

 装甲を形成するのは牛の魔女の使い魔であり、戦力の出し惜しみ無しの総力戦状態。

 そうでもしなければ相手にならない程に今の杏子は強力なのだが、それでも培った経験の重さが明暗を分けている。

 

 流石にナガレ自身も無傷ではなく、顔は鮮血で濡れて装甲はヒビ割れ、悪魔翼も翼膜を穴だらけにされていた。

 赤い光子で形成された紛い物のダメージは外見では判別しにくいが、戦闘開始から今に至るまでを比べると形の輪郭に崩れが生じている。

 そしてここ数分は攻撃は掠りもせずに一方的にナガレからの干渉を受け続けている。

 今までの戦闘で間合いを見切られ、攻勢が反転したのだろう。

 

 攻撃を受けたのが頭部という事で、衝撃が中の杏子も揺らしたのか紛い物の動きが停滞した。

 彼は勝機と見た。

 

 

「あ、これ決まっちゃうんじゃない?」

 

「かもな」

 

 

 自分達も紛い物の中にいると云うのに、二人は妙に楽しそうである。

 やられてるのが佐倉杏子であり、ナガレの活躍も見れるので愉快なのだろう。

 また活躍が見れて嬉しいというのは彼の事が好きだからでもあるのだが、その彼の動きを覚えて次に戦う時に役立てようという打算もある。

 つくづく度し難い連中だった。

 

 強引に立ち上がった紛い物だが、ナガレはそれに激突することなく翼を広げて飛翔。

 手に持った斧槍を揺らめく光の装甲に突き立てながら、紛い物の体表を這うように旋回する。

 一瞬も停滞せずに巨体の上を飛び回り、手足に間接、指などの部位を切り裂いていく。

 既に紛い物の手には巨大な得物は無く、遠く離れた場所でそれを握る手首ごと地面に落ちてる。

 破壊された部位は既に直っていたが、破壊と再生の速度は破壊の方が僅かに速い。

 塞がり掛けた溝が埋まるより早く、その傷を再び斬撃が薙いでより深い傷を刻む。

 

 

「あちゃあ…佐倉杏子ってば、私の針を巧く使えてないのかなぁ…」

 

 

 額に右手を当てて嘆くキリカ。

 それだけで一端の名画の図と為り得る美しさがあった。

 麻衣ですら思わず息を呑んだが、動揺を出さぬように努めて「そのようだ」と相槌を打った。

 

 

「あの、というかこの身体は無限増殖する私の針で造られてて、傷も早く埋められるってのにあいつが巧く使えてない。あいつってばまた暴走しちゃってるよ」

 

「ただでさえ投げ捨てられてる人間性が、更に放棄されている訳か」

 

 

 破壊の音は部屋を包みつつあった。

 更に感覚として発生していた振動は物理的に室内を揺らし、テーブルの上のコップやお菓子、読みかけの漫画が震えていた。

 

 

「…あいつは、第一部のラスボス務めたくせに一体何を学んだんだ?」

 

「言ってる事は不明だが、言わんとしてる事は分かるぞ」

 

 

 キリカの架空メタフィクション的な言葉に難色を示しつつ、麻衣は頷いた。

 今の杏子は暴走状態であり、魔法を制御できていない。

 

 

「まぁ少しくらいは私の針のせいだろうけど」

 

「頭や心臓、臓物の中も針で貫いているのだったな」

 

「うむ。処女膜は無事なようにしてあるけどね」

 

「貴様にも良心があったとはな」

 

 

 軽口を言いつつ自分もキリカのグロ触手で顔の内側と脳味噌を切り刻まれた事がある麻衣は、苦痛を思い出して身悶えた。

 普通なら発狂するに違いない苦痛を受けてこの程度で済んでいるのは、魔法少女の不死性もあるがそれだけ麻衣のメンタルが強いという証明でもある。強過ぎる気がしないでも無いが。

 

 

「少しくらいは自分のせいと言ったな」

 

「うむ。で、残りは」

 

「ナガレへの欲情と」

 

 

 続く言葉を麻衣は飲み込んだ。

 血色の視線を、飛翔するナガレの斬撃の嵐の中で刻まれている巨体に注いでいる。

 

 

「ゲッターと言ったな。あの存在からの……」

 

「フィードバック、とでも言うべきかな。それに汚染されてるんだと思う」

 

 

 キリカは結論付けた。それきり彼女も黙った。

 二人の眼の前では、ナガレの攻撃に晒されながら紛い物が暴れ狂っている。

 息が吐かれた。鉛のように重く、火のように熱く氷よりも冷たい息。決意の吐息だった。

 

 

「奴だけに任せてはおけないな」

 

「言われるまでも無い」

 

 

 キリカは右手を前に突き出した。手首からは既に斧爪が発生し、赤黒い獰悪な姿を露わにしている。

 麻衣の手にも魔の愛刀が握られている。

 

 

「奴の心の中に入って、ぶん殴ってブチのめして」

 

「手足をバラバラに切断してからハラワタを取り出し肝臓と膵臓を摘出して肋骨を切り出して肉を削って」

 

「やり過ぎだよ。俗に云うメスガキ分からせ程度にメってしてあいつを制御すればいいんだから、肋骨切り出し迄にしといておくれ」

 

 

 諫めになってない諫めをし、キリカは斧爪を振った。

 部屋の壁に傷が刻まれた。

 五本の爪による傷は横に開き、壁面を黒い孔で覆った。

 その先に光は無く、闇が続いている。

 

 

「うへぇ。これがあいつの心か……まるで宇宙だな」

 

 

 顔をしかめてキリカは言った。顔の形としては崩れている筈なのに、それですら美の結晶だった。

 

 

「さて、この中に入っていく訳だけど、経験者として幾つか注意点がだね」

 

 

 何から話そうか、とキリカは思っていた。

 以前垣間見たナガレの記憶。

 それは断片的にだが杏子も共有している筈だった。

 その杏子の心に入り込むということは、彼の心を見る事にも近い。

 記憶の共有と言う事で面白い気分はしないが、今はその嫉妬心を抑え付ける。

 そうでもしないと、危険極まりないからだ。

 ナガレが見てきた異界の記憶は、紛れも無く地獄の景色であった。

 今からそこに入る。

 戻って来れるのかすら、いや、意識を保てるのかすら分からない。

 

 よし、決めた。

 とキリカは話の内容を頭の中で構築し終えた。

 キリカは隣を見た。

 そこに朱音麻衣はいなかった。

 

 

「…は?」

 

 

 既に壁面に闇の孔が生じており、その中から湧き出す闇に麻衣の部屋は吞み込まれていた。

 闇の奥で、叫び声が聞こえた。

 恐怖に泣き叫ぶ幼子の声に聞こえた。

 

 

「あのおバカ!!」

 

 

 キリカは叫び、躊躇もせずに闇の中へと飛び込んだ。

 少ししてから、絶叫が闇の奥で生じた。

 それを発したのは麻衣か、キリカか。

 或いはその両方か。


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