魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第65話 散華⑥

 鏡で出来た巨大な岩塊。それが砕けて銀の破片となって散る様を、呉キリカは眺めていた。

 その様子は奇しくも、無数の血肉の破片と化して宙を舞うキリカを見ていたナガレの様子に似ていた。

 銀の破片の中を悠然と歩きながら、破壊の原因となった場所へと近付く。

 

 

「さぁて、友人を喰らうとするか」

 

 

 今日は何処に遊びに行こう。

 そんな自然さでキリカは言った。

 

 

「やる事が多くて大変そうだが遣り甲斐はある。いやぁ、保健体育の勉強をちゃんとしててほんとによかった。赤ん坊が育まれるプロセスは、素人ながらきっちり学んだつもりだからね」

 

 

 舞い散る鏡の破片が無数の呉キリカを映し出す。角度の差はあれど、全てが美しい少女の姿である。

 

 

「早く友人を取り込んで子宮に宿して臍の緒で繋がらねば。そして私の血肉で育んで友人を産み落とし、今度はセックスで繋がりたい。そしてあれも…これも…ええと、色々とシたいなぁ」

 

 

 世にも美しい少女が語る言葉は、この世のものとは思えない美と狂気の混沌だった。

 当人としてはなんてことはない、ただ日常の事柄を語っているだけだ。

 頬が薄く朱いのは、夢想する光景に尊さを感じ、胸が熱くなっているからだ。

 自分に酔っているのではなく、ただただ嬉しいのだった。

 心中から滾々と、愛の感情が湧き上がる事が。

 

 

「お前…親が泣くぞ」

 

「嬉し泣きで?」

 

 

 掛けられた声に、キリカは反射的に応えた。

 疑問が湧いた。

 鏡の岩塊に愛する者を全力の拳で激突させたのは数秒前。

 岩と彼の背の激突地点に今いるが、彼の姿は見えない。

 そして彼の声が発せられたのは前からでも後ろからでもない。

 

 黄水晶の視線は下方に動いた。

 瞬間、視界は闇に包まれた。

 鉄が砕ける音が響き、それを激烈な掘削音が塗り潰した。

 それらはキリカの頭の中で鳴り、その一瞬後には彼女の頭部から外部に飛び出した。

 キリカのシルクハットが血肉と骨、体内に張り巡らされた針の破片と共に吹き飛ばされる。

 

 

「痛っ…たぁ……」

 

 

 呟くように言うキリカ。

 痛いと言うが、今のキリカの現状はそれどころではなかった。

 彼女は両足を地面に着けていなかった。

 絞首刑台の罪人のように宙に吊り上げられている。

 足元には大穴が空き、その淵にナガレが立っている。

 そして彼が掲げた腕の先に、宙吊りの呉キリカがいる。

 

 彼の右腕は身の丈にも近い巨大な黒い円錐となって、キリカの頭部を貫いていた。 

 切っ先はキリカの左眼を貫き、後頭部に抜けている。

 

 

「くひっ」

 

 

 その状態でキリカは微笑んだ。

 口内からも溢れた血で、全ての歯が深紅に染まっている。

 だが血染めでも、その笑顔は朗らかだった。

 その笑顔が霞み、銀の円錐からもキリカの顔が消えた。

 

 

「やぁやぁ友人」

 

 

 虚空に右腕を突き上げたままの彼の背後に回り、キリカがそう言った。

 言いながら、両腕から生やした斧爪を見舞った。

 

 

「よぉ、キリカ」

 

 

 その右側面でナガレの声。

 先の一撃の衝撃で、既に眼帯は外れている。

 だからキリカには彼の姿が見えた。

 破壊した両腕を黒銀の装甲で覆った姿。

 これに近い姿を、キリカは見た事があった。

 見滝原の郊外で彼と繰り広げた死闘。

 その終幕を引いた時の姿に似ていた。

 

 認識の瞬間、彼女の全身を衝撃が貫いた。

 比喩ではなく、頑丈な内部装甲を施した肉体が破壊されていた。

 瞬きの間すらない一瞬で、呉キリカの身体に多数の穴が開けられていた。

 穴は身体を貫通してその奥に抜け、肉と骨と血と、針の破片が全身から飛び散った。

 

 激烈に回転する黒銀の槍は、牛の魔女の変じた姿。

 魔女は頑丈極まりないキリカの針の装甲を貫くべく、切っ先を極限まで細くし、更に頑丈に自らを作り変えていた。

 魔女なりの報復心と忠誠心、そして呉キリカを喰らいたいという欲望。

 それが結晶となった姿である。

 ドリルであると、見たものは認識するだろう。

 

 

「ふふっ」

 

 

 血を吐きながら笑い、キリカは再び姿を霞ませた。

 黒く禍々しい風となり、ナガレの周囲を旋回していく。

 暴風となってナガレへと向かった刹那に、彼は地面を蹴った。

 爪先から膝までが、真紅の装甲で包まれていた。

 今の彼の脚は紅い細身の刃のような、そんな形を思わせる形状をしていた。

 

 そして二つの暴風が絡み合う。

 頑強極まりないキリカの袖が砕かれ、左肘関節が挽肉となる。

 胎に大穴が空き、掻き混ぜられた臓物が背中から微塵となって飛び出す。

 キリカが風なら、ナガレは光の如く速度であった。

 彼女が放つ速度低下も、回転するドリルを包む牛の魔女の魔力で吹き散らされ、僅かに効いた速度低下も相手が速すぎて影響を与えるには至らない。

 キリカは上を見上げた。全身は穴だらけで、開いた穴から見える体の内側には砕けた骨と内臓の欠片がぶら下がっているのが見えた。

 キリカの視線の先には、彼女が愛する者がいた。

 彼女は尋ねた。

 

 

「友人。前に見たキリクに似てるけど、その姿の元ネタは?」

 

「ゲッター2」

 

 

 言い様、下方へと、キリカに向けてドリルを突き出す。

 円錐の表面には無数の毒蛇のような紫電が巻き付いていた。

 キリカもまた、右腕を天に伸ばした。その先にいる彼を求めて。

 

 

「ドリルストーム!」

 

「ヴァンパイアカッター!」

 

 

 同時に叫び、技が放たれる。

 ドリルからは雷撃を纏う大渦が放たれ、キリカの右腕は刃渡りが十メートルにもなる巨大な翼状の刃となって撃ち出された。

 以前キリカが見せた際は、腕を覆う生地だけが飛翔した。今度は肘から先が寸断され、腕自体も放たれていた。

 巨大な刃は大渦を貫いて打ち砕いた。

 自らは雷撃の渦によって捩じ切られかけ、肌と肉を焼かれながらもキリカはその光景を見た。

 ナガレの記憶から垣間見た、キリカをしても理解を拒む鉄の魔神の技を模した攻撃魔法はそれに相応しい威力を見せた。

 捩じれたキリカの肉体を、左斜めから両断することによって。

 

 

「あ、ちゃあ…」

 

 

 言いながらキリカは失策を悟った。

 大渦によって推進力を減衰させられたキリカの大技は、ナガレによって掴まれ振られていた。

 減衰されてもなお強大であった力を利用されて反転し、その鋭利さを以てキリカを切断したのだった。

 そして刃の端を、ナガレはまだ掴んでいた。

 左斜めから右に抜けた刃を跳ね上げてその線上にあった右脚と右腕を切断。

 今度は右肩から左脇腹へと抜けさせた。

 

 

「ああ……これ、前にもあった、ね」

 

 背後に向けて傾斜するキリカ。

 開いた肉の断面からは、黒い触手が迸った。

 ナガレへと向かう前に、それらは引き千切られていた。

 キリカの口の中をドリルが貫き、そのままナガレは前へと疾走。

 その力で触手を引き千切り、彼女の背後にあった巨大な鏡へとキリカの頭部を激突させた。

 砕け散る鏡、降り注ぐ破片。

 衝撃が激しすぎて、鏡は粉となっていた。

 

 キリカの後頭部からは、回転を止めたドリルの先端が突き出ている。

 小さな壁程度に残った鏡へと、キリカはドリルで縫い止められていた。

 動きが停止した時、ナガレの背から鮮血が噴き上がった。

 口からは血の塊が吐き散らされ、それは留まる所を知らなかった。

 

 

「おやおや友人。随分と苦しそうだね」

 

 

 首だけになりながら、口にドリルを突っ込まれながらキリカは器用に言葉を発した。

 軽い口調だが、声には心配が滲んでいた。

 

 

「無茶しすぎだよ。全くもう、この子ったら」

 

「無茶しねぇと、お前らにゃ…勝てねぇからな」

 

 

 血を吐きながらナガレは答える。

 彼はキリカを圧倒したが、何の代償も無しに得た力では無かったのである。

 今の彼の内臓は大きく痛み、血は赤血球の一粒一粒に痛覚を付与し、その全てを煮立たせたかのような苦痛を彼に与えていた。

 

 

「君が負けず嫌い過ぎるのだろが、男の子ってのは大変だねぇ。ああそうそう、今思い出したけど」

 

「ん……?」

 

 

 吐き出そうとした血をナガレは飲み込んだ。

 これ以上の無様は見せたくないと思ったのだろう。

 この時うつむきかけていた為に、彼はキリカの右眼が上を見ていたことに気が付かなかった。

 

 

「ゲッターって、ここに来る前の君が乗ってたロボットだっけ」

 

「ああ」

 

 

 そう言えば前に話した事あったなと思い出していた。

 たしか、最初にキリカの家に招かれた時だったかと。

 

 

「思い違いじゃなければ、確かゲッターっていうのはアビスの上昇負荷を詰め込んだみたいな欠陥労災現場猫案件メカだよね」

 

「酷ぇ言い方だな」

 

 

 まぁ間違ってねぇけどと彼は思った。

 自分は特に健康を害した記憶は無いが、確かにあれは人を喰らう呪われたメカである。

 旅する中で、彼女曰くの災厄は幾度となく眼にしていた。

 

 

「じゃあ、あれもヤバいのかな?」

 

 

 首だけになったキリカが、舌をちろっと唇から前に突き出した。

 可愛らしい舌の先端は上を向いていた。

 振り返った時、ナガレとキリカを影が覆った。

 それは二人を取り巻く周囲をも暗く染めていた。


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