魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第65話 散華③

「ヤベぇヤベぇヤベぇヤベぇ!!」

 

 

 横に広い回廊を走りながら、黒い獣は叫んでいた。

 走りながら背後を見ると、回廊の奥の闇が光によって駆逐される光景が見えた。

 開いた闇は光となった。

 光の中、白と赤のドレスを纏った美しい少女が見えた。

 その認識と、獣の前方で光が炸裂したのは同時だった。

 

 

「ヤベえええええええ!!!」

 

 

 溶解する鉄と砕けたコンクリを避け、獣は走ろうとした。

 が、歩みはそこで停止した。

 迸った熱線は回廊を粉砕し、獣の逃げ道を奪っていた。

 山積した瓦礫は、獣の力ではどうしようもない。

 獣は覚悟を決めた。

 

 

「いいぜ、先輩」

 

 

 牙を見せて獣は笑う。

 不敵な形にはなっていたが、そこに悪意はなかった。

 

 

「オイラは先輩から造られたんだ。その先輩に滅ぼされるんなら、悔いはねぇさ」

 

 

 そう告げた獣の貌の前に、双樹はサーベルを突き付けた。

 表情は虚ろであり、瞳は膜が掛かったみたいに薄く瞳の色が透ける半透明となっている。

 口の端からは唾液が垂れ、首は左右にゆらゆらと動いている。

 唾液が溜まる口端が痙攣しているのは、その身と精神を苛む苦痛に依るものだろう。

 今の双樹は自意識を奪われるほどの苦痛によって支配されている。

 ここに至るまでにも、狂乱する彼女によって対消滅魔法が連射され、施設内に甚大な被害が与えられていた。

 

 

「だからこれ以上壊されると面倒なんだなぁっと」

 

 

 無関心さと、虚無感が入り混じる声が生じた。

 獣へと剣を向ける、双樹の背後から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金属音が絶え間なく響き渡る。

 異界の空を高速で移動しつつ、剣戟が交わされていた。

 ナガレは背から悪魔翼を生やし、キリカは人間サイズのドッペル体とでも言うべき新たな姿で、通常時よりも大きく発達した燕尾を翼として飛翔していた。

 共に音速を越え、二人の周囲では空気が赤熱化し赤い膜のように輝いている。

 その空気を断ち切り、得物が交差する。

 ナガレは斧槍を振り、キリカは両手から伸びた斧爪を振った。斧爪は刃部分から無数の針が生えていた。

 リーチが大幅に上昇し、また刃から生えていると云うのに針自体が鋭利な刃物となっている為に切断力は以前よりも増している。

 より深く自分の感情と同一化しているためか、ただでさえ高いキリカの身体能力が更に跳ね上がり、最近では互角になってきていた膂力は再びキリカがナガレを圧倒するようになっていた。

 

 ナガレの斧槍は今、目も眩む速さで連打されるキリカの斧爪を前に防戦一方となっていた。

 受けては弾き飛ばされ、そこに接近したキリカの斬撃を受けてまたも吹き飛ばされる。

 飛ばされた先では、既にキリカがいた。

 飛翔能力も彼を上回り、数段強力となった速度低下魔法は牛の魔女の魔力抵抗を凌駕して効力を発揮し機動力を削いでいた。

 振り下ろされる斬撃。

 能力で上回り、魔法の効力も発揮されている今となってはナガレに成す術はない。

 その筈であった。

 直後に鳴ったのは、肉が寸断される音ではなく金属音だった。

 

 

「やるじゃねえかキリカ」

 

 

 振り下ろした両手の斧爪を、斧槍の柄が受ける。

 その先に、不敵に嗤うナガレの顔があった。

 口角が引き攣っているのは、掛け値なしに全力を振り絞って全身の筋力を酷使している為だろう。

 牛の魔女と半共生状態ということもあり、彼もキリカの速度低下魔法の分解に力を貸していた。

 魔女から与えられる魔力に己の思念を乗せ、空間そのものから発せられる速度低下の力に抗う。

 要は「お前に好き勝手させて堪るか」という拒絶の意思を放ったのだった。

 それが速度低下に干渉し僅かに減衰させ、キリカの計算を狂わせていた。

 そして更に、

 

 

「君もだ友人。相変わらず先読みがお上手で」

 

 

 必殺の一撃を防がれながら、キリカは優しく微笑んでいた。

 よく見れば安堵の色が見えなくもない。

 殺すつもりで、というよりも精神を殺意の塊と化して技を振ってはいるが、彼が生きているのは嬉しいようだ。

 度し難いに過ぎる精神構造だが、誰にも理解は不可能だろう。

 恐らくは呉キリカ本人にすら。

 

 

「戦いの年季が長いからな。お前らよりは少しよぉ」

 

「うわ。マウント取ってきた。友人てば大人げなー」

 

「あ?お前、俺を年上と思ってくれんのか?」

 

「んーんー。二歳くらい年下」

 

「せめて同い年くらいにしてくれよ」

 

「やーだーよーっと」

 

 

 刃を挟んではいるが、和やかな会話が流れる。

 それを覆い隠すように、颶風が生じた。

 両者の背後から。

 

 

 がぎん

 

 

 その音は、顎と歯の自壊を顧みずに全力で噛み合わされた牙鳴りに似ていた。

 続いた水音は歯茎から滴る血の音を思わせた。

 

 

「いい手を使うな。ちょっと驚いた」

 

「下手なお世辞は相手を傷付けるんだぞ、友人」

 

「世辞じゃねぇよ」

 

 

 言葉を交わす両者の顔の前には、鋭い鋭角の切っ先があった。

 それらの発生源はそれぞれの背中。

 ナガレは悪魔翼の中央から伸びた竜尾の鞭、キリカは翼として広がった燕尾の内側から伸びた細かい斧爪で出来た鞭。

 相手の顔を狙って伸びたそれらは、相手の鞭に絡めとられて静止させられていた。

 絡み合いながらも止まり切らず、あわよくば相手を破壊しようと二本の鞭は藻掻いていた。

 

 

「こうして使ってあげないと、ヴァンパイアファングも拗ねるからね」

 

「技を擬人化するのかよ」

 

「失敬な。これは私の血肉も同然というか私の血肉だ」

 

 

 憤然と告げるキリカ。

 鞭となったヴァンパイアファングの軌道から見るに、その根元はキリカの腰である。

 恐らくは背骨の一部を変形させて放ったのだろう。

 だとすれば、キリカの発言も間違ってはいない。

 実際、ナガレの背から伸びた竜尾と絡み合うキリカの鞭は部分的に圧壊され、赤い液体を滲ませナガレの鞭を濡らしていた。

 

 

「ん。なんかえっちな光景だね」

 

 

 それに淫らなものを感じたのか、キリカは上唇を舐めた。

 少し想像力が豊かなものであれば、まるで自分が舐められたかのような気分となり、意識を奪われかねない妖艶さがそこにはあった。

 

 

「言ってろ」

 

 

 言い様、絡み合う鞭の交接部分が弾けた。

 彼の言葉に言い返そうとしていたキリカであったが、「いぎぃっ!」という悲鳴に言葉が塗り潰された。

 普段から肉体損壊に慣れ切っているキリカであるものの、彼女をして想定外の痛みだったようだ。

 怯んだ瞬間に速度低下が切れ、ナガレの斧槍と噛み合う斧爪の力も緩んだ。

 その隙を逃がさず、ナガレは斧爪を弾き飛ばして前進した。

 

 斧槍の長さは三メートルを超えるが、ナガレの技量であれば長大な得物であっても相手の懐で最高の威力を発揮した斬撃が可能である。

 キリカの四肢を切断し胴体も両断、可能なら首も落として戦闘継続を不可能とさせ、ようとした時にナガレの背を悪寒が撫でた。

 刹那を千分割する時の中で、彼は翼を翻して背後に跳んだ。

 その瞬間、彼の視界を瑞々しい程の紅が覆った。

 その直後に、紅は黒となった。

 

 

「あーらら。外しちゃったっていうか避けたのか。ほんと勘が鋭いったらありゃしない」

 

 

 退避したナガレは宙でぐらつき、それでも斧槍を構えた。

 斧槍の先に、一面の黒が広がっていた。

 黒が引き裂け、その内側からキリカが姿を顕す。

 黒とは彼女の翼となっている燕尾であり、それが前へと伸びて彼女の姿を覆っていたのである。

 そして、紅とは。

 

 

「でも一部は齧れたね。じっくりゆっくり、はむはむと味わうとしよう」

 

 

 笑うキリカ。

 黒い衣装の内側は、紅が広がっている。

 血のような、とは少し違う。

 キリカの衣装の内側は、血の通った肉の色をしていた。

 その一部が黒く染まっていた。

 肉色のもので覆われたそれは、ナガレの悪魔翼の一部だった。

 その上に紅が貼り付き、内側へと沈み込ませていく。

 泥の中に沈む様に、悪魔翼の一部は紅の中へと消えた。

 

 

「さて、次は君を頂くとするか」

 

 

 童女の笑顔でキリカは笑う。

 少女のような、それでいて母のような。

 そして獲物を前に興奮を抑えきれない、雌の獣のような貌だった。


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