魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第65話 散華②

 赤と桃色の破片が宙を舞う。

 赤と桃の間には白い欠片も混じっていた。

 血と肉と骨。

 それらが微細な破片となって宙に広がっている。それは一面の星空か、舞い散る膨大な数の桜吹雪を思わせた。

 呉キリカという存在を構築していたものが、飛散していく光景だった。

 

 ナガレの斬撃を自ら受けて子宮を切り裂かせたキリカは今、夥しい数の破片となって悍ましくも美しく輝いている。

 上空で散華するキリカの構成物を、ナガレはじっと見上げていた。

 

 

「そろそろか?」

 

「そうだね。頃合いだ」

 

 

 見上げながらの問い掛けに、キリカの声が応えた。

 散華した破片が広がる直径二十メートルの空間。それ自体から声が発せられていた。

 キリカの破片が渦を巻いて、一転へと集中していく。

 漏斗状に窄んだ場所は、ナガレから見て数メートル先だった。

 散っていた形が輪郭を取り戻していく。

 

 骨が見えた。骨の上を肉が這った。筋肉の筋が奔っていく。脈動する内臓が肉と骨の狭間に配置される。その上を白い肌が覆う。

 自らが光を発しているような美しい裸体を、美麗な衣装が彩る。

 ほんの一瞬の出来事だったが、彼にはその全ての様子が見えた。

 最後にコツリという音が鳴った。

 黒い丸靴が、地面に当る音だった。

 

 片時も目を離さずに前を見るナガレの先には、恭しく頭を垂れた少女の姿があった。

 赤いリボンが巻かれた、黒く大きなシルクハットを白手袋で覆われた繊手がそっと抑え、同じく白手袋で覆われた右手は豊かに膨らんだ胸に添えられていた。

 

 

「お待たせ。友人」

 

「気にすんな。それほど待ってねぇ」

 

 

 血肉と骨の無数の破片から蘇ったのは、言うまでも無く呉キリカである。

 白と黒を基調とした、奇術師風の紳士服とでも言うべき姿。

 スカートを除けば男装の麗人にも見える呉キリカの姿であったが、幾つかの差異が見受けられた。

 まず前述のとおり、頭には赤いリボンを巻かれた大きな黒いシルクハットを被っている。

 腹やタイツ、腕の裾からの白いレースの量も増え、フリルの膨らみが大きくなっていた。

 

 首には赤いネクタイが巻かれ、普段の白と黒に赤の趣を足していた。

 また上着の燕尾部分は、佐倉杏子の上着のように大きく広がり、まるで外套か翼を思わせる形となっていた。

 燕尾の内側にも鮮やかな赤が映えていた。鮮やかに過ぎる色だった。

 そこをナガレは少し凝視し、何の色かを理解した。

 一瞬ではあったが、キリカも彼が何を見ていたのかは分かった。

 分かったので、にまっと笑った。

 

 

「髪の色も変わるんだな」

 

 

 ナガレが言った。あ、そこ突っ込む?とでも云うような顔をキリカはした。

 

 

「ふふん。マイナーチェンジってやつさ。ちょっとカラフルさを演じてみた」

 

 

 得意げに語るキリカ。

 今の彼女の髪の色は、普段の濡れ羽色から黒寄りの紫色。紫黒色へと変わっていた。

 例えるならば、沈みゆく太陽が遺した最後の陽光が海と空の狭間を染め、それと交わった夜の闇が淡く輝く時のような。

 光と闇の狭間で揺蕩うような、そんな色となっていた。

 

 

「そいつもドッペルってやつか?」

 

「うむ。なんか出来ないかなぁって思ってたら出来た。そうでないと困るのだけどね。子宮を壊した甲斐がある」

 

「やり過ぎなんだよ。それにお前、さっきのは」

 

「ん。あの血肉と骨の桜吹雪?」

 

「それだ」

 

 

 苦々しく肯定するナガレ。

 少女と剣は交えて戦えてはいても、傷付けるとか傷付くことに慣れてはいない。

 

 

「我が魂の形と肉体を混ぜ合わせる儀式だね。元々私のドッペルは私の心臓が変わったものだから、今回のこれも、まぁ…ささいだ」

 

「ささいで済むか」

 

「ふふ。他人を散々傷付けてるんだから、自分の身体を破壊することくらいわけないさ」

 

 

 新たな姿となったキリカは微笑む。朗らかな様子は、全くとして変わっていない。

 

 

「では、やろうか」

 

「ああ」

 

 

 短い言葉の応酬の後、二人の姿は地上から消え失せていた。

 キリカとナガレがいた場所の上空から、激しい金属音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぞぶり ぐちゃり くちゅ ばき べき ぞくっ

 

 

 柔らかいものが潰れ、硬いものが砕ける音が響く。

 それは大型の肉食動物が、骨ごと獲物の肉を貪る音を連想させた。

 音は断続的に続き、空気を震わせながら響いた。

 

 震える空気に触れて、赤い水面が小さく波を生じさせた。

 一面に広がる血の池は、自らを震わせる音と発生源を同じくしていた。

 震える赤い水面には、無数の針が映っていた。

 針と言っても直径は十センチ以上、長さもメートル単位。柱と言っていいサイズである。

 

 それが二十本ほど、佐倉杏子に突き刺さっていた。

 手、腕、肩、胸、腹、腿、膝、足。

 生殖器以外の場所へと、佐倉杏子という存在を掻き消すかのように巨大で長い針が突き刺さっている。

 手足を投げ出し、地面に座り込む杏子。

 背中からも針が胴体を貫通し、まるで昆虫標本のように杏子をその姿勢で固定していた。

 

 針で貫かれた杏子からは、先に表した肉食動物が獲物を貪る様な音が鳴っていた。

 彼女を貫いた針は、その表面から無数の小さな針を伸ばしていた。

 こちらのサイズは流石に常識的なサイズの針だが、行われている残虐性は外側よりも酷いかもしれない。

 体内で伸びた針は、植物の根のように広がり、広がった先で更に枝分かれをして杏子の体内を掘削していた。

 骨に触れたら骨を貫いて中の骨髄の中で広がり、内臓を刺し貫いてその中でウイルスのように増殖する。

 今の杏子は、外側を巨大な針に、内側を際限なく増殖する細かな針によって、内外から徹底的に破壊されていた。

 

 

「ふぅん……」

 

 

 新たな音が血の水面を揺らした。

 それは杏子の声だった。

 声帯や肺も、蛆虫のように蠢く針で埋め尽くされている。

 それでも声は出た。

 出来損ないの笛のような音であったが、それは確かに杏子の声だった。

 

 

「痛ぇけど………こんなんじゃ足りねぇな」

 

 

 開いた口の中も、動いた舌も、並ぶ歯も、それを支える歯茎でさえも内側を針で破壊されている。

 こうしている間にも針は増え続け、脳や心臓の中も隙間なく針で埋め付くされつつあった。

 極限の苦痛ではあったが、杏子はそれを足りないと言った。

 それは自分が背負うべき業罰に対してのものだった。

 未来永劫の苦痛と地獄。

 それは彼女の望みである。

 杏子は眼を動かした。

 眼球の中でも針は増殖し、すぐに見えなくなった。

 だが一瞬だけで十分だった。

 自らが求めるものは、異界の空にいた。

 

 

「…ははっ」

 

 

 頬を痙攣させながら杏子は微笑む。

 その動きによって、内側の針が皮膚を突き破って飛び出した。

 彼女の頬は溶け崩れるようにして剥離し、肉片はなおも増え続ける針を蠢かせながら落下した。

 

 露わとなった杏子の口内から、針が液体のように溢れ出す。

 その流れが止まったのは直ぐだった。

 針が生えた杏子の歯が、針を噛んで止めていた。

 

 そして顎が動いた。

 込められた力によって、彼女の歯が増え続けるキリカの針を数十本まとめて砕いた。

 口が上下し、同じ事を繰り返す。

 増え続ける針を噛んで、噛んで、噛み砕いて飲み込む。異常な行為が続いていく。

 

 異常はそれだけではなかった。

 彼女の身体を貫く針が、ゆっくりと杏子の中に沈んでいく。

 体内で増え続ける針も、杏子の再生力に増殖の速度を上回られ、彼女の血肉に覆われていく。

 包まれた針は、杏子の肉が発する熱で蕩けて彼女の中に溶けていった。

 

 そしていつしか、彼女から鳴り響く破壊の音が変質していた。

 針が杏子の肉体を破壊する音から、杏子が針を壊す、いや、喰らう音へと変わっていった。

 

 

 

 

 

 


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