魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第65話 散華

「ぐう……ううう…」

 

 

 獣のような声が鳴る。

 声を形成する音は可憐な少女のものではあるが、歯の間からは声と一緒に血も流れていた。

 米粒のような歯には亀裂が入り、幾つかは砕けていた。

 白いドレスを纏った少女は床に這いつくばり、下腹部を抑えながらのたうち回っている。

 床の絨毯は口から吐かれた血に汚れ、騎士を模した仮面の戦士たちのソフビ人形も少女の狂乱に巻き込まれて手足や首を捥がれていた。

 竜や蛇、牛や虎の玩具も壊れて転がっている。

 色と形を繋げれば十三体に達するそれらの中で、銀色の装甲をした犀の玩具だけが無事だった。

 

 

「先輩!気をしっかり持つんだ!今浄化すっからなぁっ!!」

 

 

 苦痛に呻く少女の傍らで、人語を発する黒い獣が叫んでいた。

 四足で床を蹴って跳躍し、身体を丸めて円盤のように回転する。

 すると少女の下腹部、臍の辺りから黒い靄が発生し、靄は回転する獣へと吸い込まれていった。

 

 

「ぐぇぇ!?」

 

 

 靄を吸った時、獣は苦痛の叫びを上げた。

 回転が中断されて落下する。

 背中から落ち、床面と毛皮と肉が激突する生々しい音を立てて床に転がった。

 

 

「な、なんだぁっこの感情は…!?」

 

 

 苦痛の痙攣を起こしながら獣は疑念の声を出す。

 

 

「オイラと先輩の自動浄化機能を突破するたぁ……なんだこれ。怪異かなにかか?」

 

 

 声には驚愕と恐怖があった。

 苦痛の中で獣は必死に体を動かし、部屋の隅で丸められた風呂敷を手早く広げた。

 はらりと解けた布の中には、黒い獣と似た趣を持った白い獣が重ねられていた。

 白い獣たちはぴくりも動かず、瞬きもせず血色の眼を剥き出しにして硬直している。

 

 

「待ってな先輩!今こいつら喰って回復するからよ!!」

 

 

 そう言って獣は手近な白い獣に牙を立てた。

 毛皮を引き剥がして内側の肉を喰い漁る。

 血の赤と、綿のような膨らんだ肉が毛皮の下に広がっていた。 

 獣は一心不乱に喰らった。

 瞬く間に一匹が喰い尽くされ、二匹、三匹目も同じ道を辿った。

 終いには三匹一片に肉を齧られ、喰い貪られた。

 喰いながら、黒い獣は首から生えた手のような器官を伸ばした。

 伸ばした先には黒電話が置かれていた。

 受話器を取り、素早くダイヤルを回す。

 数秒で繋がった。

 

 

「ああ!チーム環のお嬢さん方!急で申し訳ねぇんだけど、大至急腐れインキュベーターどもを届けてくれ!!数はあるだけいい!肉片になってても構わねぇ!!」

 

 

 叫んではいたが丁寧で真摯な言い方だった。

 それに感化されたか、電話の相手も「待ってて」とだけ伝えて切った。

 

 

「頼むぜぇ…」

 

 

 黒い獣は呟き、受話器を置いた。

 少女は、双樹はなおも苦しんでいる。

 その様子を見る獣の眼には、心からの心配が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てなわけで佐倉杏子は離脱状態。肉体はズタズタだけど処女膜は無事だから実質無問題」

 

 

 呉キリカは結論付けた。非人間的にも程がある言葉だが、魔法少女という不死身同然の存在による認識なのでそこまでおかしくはない…訳が無い。

 そんな訳は無いが、既に事象は完結している。

 キリカ曰く、今の杏子は全身を針に貫かれ、手足の関節や口内も針で満たされているとのことだった。

 流石に直ぐには動けないだろう。

 ならば、やる事は一つである。

 

 

「じゃあお前を斃して…その頃には復活してる筈のあいつも斃す」

 

 

 倒すではなく、斃す。

 発音は同じだが、彼はそう言っておりキリカもそれを感じ取っている。

 彼から発せられる殺意を受け止め、高鳴る動悸を愛おしく感じていた。

 真正面から、命を賭けて向かい合う。

 

 生と死の交差。

 血と体液の交わり。

 それが自分たちの性行為。

 キリカの認識では、今の現状は互いに寄り添い合って肌を触れ合わせて敏感な場所に手を這わせ、舌で舐めあう愛撫や前戯の状態である。

 雌が、子宮が疼くのを感じる。

 子宮から伸びた二つの卵巣も、それぞれが熱を帯びていた。

 その時が近付いている。

 キリカの意識に同調し、内臓たちも興奮しているのだろう。

 

 

「では、いざ」

 

 

 朗らかに微笑み、キリカは地面を蹴った。

 両手から複数の赤黒い斧爪を生やし、疾走の中で振う。

 狙いはナガレの首と胴体。

 無論だが、最初から殺す気で放っている。

 そうでなければ愛せない。

 愛してるから、殺す為の刃を振う。

 殺したいのではないあたりが、朱音麻衣の愛とは異なる部分だろう。

 キリカはそこに狂気を感じていない。

 純粋で真摯な愛があるだけだ。

 

 ナガレもそれに応えた。

 彼に関しては、愛しているから殺したいといったものは一切ない。

 

 ただ、戦わなければ殺されるから。

 だから戦うのである。

 左右から水平に振られたキリカの斬撃に対し、彼は縦一文字に斧槍を振り下ろした。

 刹那を更に数十に分割する時の中、刃と刃が交わる時にそれは起こった。

 

 

「お前……!」

 

 

 噴き上がる鮮血。

 弾ける血肉。

 振り下ろされた斧槍はキリカの頭頂を断ち割り、胸の谷間を裂いて、湾曲した刃をキリカの下腹部に埋めていた。

 先程ナガレが発した声には怒気が含まれていた。

 

 

「キリカ。お前何考えてやがる」

 

「君の事を考えてる。大好き。愛してる」

 

 

 断ち割られた顔と声帯で、キリカは器用に声を発したが、発声には血泡が弾ける音も付随している。

 

 

「だからまともに受けたってのか」

 

「うん。おかしいかな?」

 

「ああ」

 

 

 基本的に、ナガレは他人の意見を否定しない。考えはそれぞれだと思っているからだ。

 なのでこの否定はかなり珍しい事であった。

 刃の交差の瞬間、キリカは速度低下を発動した。

 その対象はナガレではなく、自分自身に対してだった。

 結果、キリカの刃は斧槍とは交わらず、刃の代わりにその身で斧槍を受ける羽目となっている。

 そしてその速度低下は、今も続いていた。

 肉体自体に作用させた速度低下の効果によって、キリカの身体は斧槍を胎内に宿して離さなかった。

 

 

「おい、いい加減にしな。さっさとこいつを離しやがれ。さもねぇと」

 

「さもないと私の純潔が散る。そうだろう?」

 

 

 微笑みながらキリカは言った。

 斧槍の湾曲した刃は既に彼女の子宮を半ばまで切り裂き、激突の衝撃によって左右の卵巣を破壊していた。

 通常、ナガレは魔法少女らの肉体を破壊しても性の部分には攻撃を行わない。

 舐めているのではなくやる必要が無いのと、それを為した上で勝てる技量があるからだ。

 更に言えば、その行いが嫌だからである。

 今回は彼をしても予想外の行動で、更にはキリカは自ら彼の得物に当りに行っていた。

 彼の予測を覆すほどに、今の彼女は狂っていた。 

 だがしかし、例によってキリカは自分の狂気を感じていない。

 春風のように朗らかに笑ったまま、キリカは前に進んだ。

 当然、刃はより深く彼女の子宮を切り裂いた。

 

 

「ふふ……」

 

 

 苦悶が滲む微笑みを漏らしながら、呉キリカは前進する。

 速度低下の影響下にある今、少しの動きで両断に至ると彼は気付いていた。

 故に彼は大きく動けず、ただ手先の動きでキリカによる肉体破壊の程度を減らそうと努めていた。

 

 子宮が裂けて、卵巣が潰れ、それらの感覚が腹腔を満たしていく。

 それを痛みとは、キリカは感じていなかった。

 感じているのだが、それは愛おしいものでしかなかった。

 斧槍と肉体との接合部からは血肉が滝のように溢れる。

 その時、跳ねた血肉が動きを止めた。

 物理法則に従って、液体を宙に迸らせた状態で。

 

 

「……来た」

 

 

 キリカは笑った。

 愛する者が握った刃で自らの子宮を破壊させながら。

 慈愛に満ちた笑顔は、春の日差しを浴びた白く美しい花のようだった。 

 

 

「じゃあね、友人」

 

 

 そして花の宿命がそれであるように、その美しい姿が吹き散らされた。

 呉キリカを構築していた肉が爆ぜ、血が赤黒い霧となって飛散する。

 


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