魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
朝を迎えた。
時刻は五時二十五分。
朝焼けが薄っすらと世界を彩る時間だった。
既にかずみは目覚めており、朝食の支度をしていた。
朝強いなとナガレが言うと、そういう風に作られたんだろうね。感謝。とかずみは言った。
屈託のない笑顔であり、ナガレもそれに合わせることにした。
「得したな」
「うん!」
輝く笑顔で返すかずみ。
ナガレも似たような調子で返したかったが、彼が笑うとどうも不敵な笑みになる。
それが彼の自然体なので、かずみは特に違和感を覚えなかった。
「そういや、あいつらは?」
「話し合いするんだってさ。さっきご飯食べたら出ていったよ」
「朝からご苦労なこったな。何処行ったとか言ってたか?」
「んー、なんていうか状況的にはこのビルから動いてないんだよね」
「ん……ああ、そうか」
ナガレは即座に理解した。
魔女結界を開いてそこに向かったと言う事かと。
牛の魔女を呼び出して握ると、肯定の意思が伝わってきた。
彼が寝ている間に魔女に呼びかけたのだろう。
「よく夜這いされなかったねぇ」
「反応に困るな」
率直な物言いのかずみにナガレは思わず怯んだ。
今のかずみは変身不能となっているが、それ以前に妙に強い雰囲気がある。
自分はなんだかんだで今まで生き続けているが、自分の死はこういう奴に齎されるのかもしれない。
そんな事をふと思った。
しかしながら死ぬ気も無く、破滅への願望がある訳でもない。
寝惚けてるなとナガレは思いを切り替えた。
「ちょっと早いけど、食事摂ったらコンビニに買い物でも行かねぇか?明日から一日空けるからよ、買い物済ませておきてぇんだ」
飯と言わずに食事と言ったのは彼の気遣いである。
細かいところではあるが、彼も成長したものだ。
同僚相手に食堂で大暴れしていた時が懐かしい。
「いいよー!」
かずみはサムズアップしながら応えた。
冗談とはいえ彼を父親扱いする時もあるかずみだが、真っ当に過ぎる娘であった。
それからは平和な時が流れた。
かずみがこしらえた朝食は焼きたてのパンに刻んだベーコン入りのスクランブルエッグ、瑞々しい野菜が盛られたサラダに苦めのコーヒー。
言うまでも無くどれもがハイレベルであり、常に地獄の中にいるナガレをしても安息の大切さを思い知らさせる代物だった。
一時間後、二人は買い物から帰還した。
近場にもコンビニはあったが、少し散歩がしたいと遠目の店を目指してあすなろの街を練り歩いていた。
良い感じに歩いた後で目に入った店に入って買い物を済ませた。
菓子に缶詰めにアイスなどである。
また、杏子から頼まれていた生理用品も購入する。
この様子も慣れたもので、彼には既に違和感も無い。
強いて言えば、この行動をしても店員になんらの疑問も持たれない事にもやっとするのだった。
それは彼女持ちだからと思われているのか、或いは彼が美少女と思われているのか。
少し前ならイラついて何かを破壊していただろうが、この外見になって結構経っている。
慣れとは恐ろしいと、彼は改めて実感したのだった。
そんな事を、寝転がって漫画を読みながら思い返していた。
漫画の中では犬型最強軍事兵器と、どう見ても格闘漫画とは思えない肩書と性能をされたサイボーグ犬が数枚の隔壁を鼻先からの突撃で破壊する場面が描かれていた。
物理法則もあったもんじゃねえなと彼は思った。
読んでいて疲れたので、ナガレは少し寝た。
目を覚ましたのは三時間後だった。
時刻は昼の十時。
昼食にはまだ早い。
かずみも彼に倣ってか少し遅い二度寝をしている。
安らかに過ぎる様子に、彼も思わず柔和な表情を浮かべる。
しかし少し経つと、それは怪訝なものへと変わった。
この廃ビルの中で生き物の気配は二つ。
自分とかずみしかいない。
ネズミや昆虫といった小動物は、本能的にこの連中を恐れて逃げ出しているのであった。
この建物の中では蟻や蠅すら存在していない。
「まだやってんのか」
そう呟き、彼は再び横になって漫画を読み始めた。
驚異的な性能の心臓を移植されたことで、イキり始めた主人公の様子が描かれていた。
その様子にイラっと来てフラストレーションを覚えたのと、少し心配になってきたというのが重なり、彼は行動に移すことにした。
起き上がって斧槍を持ち、魔女結界を開こう…として動きを止めた。
彼の感覚は、別の存在を捉えていた。
「かずみー」
「うん。行ってらっしゃーい」
起こしたら悪いと思っての、小さめの声だったがかずみは反応した。
仰向けに寝ながら、右手を伸ばしてバイバイと振る。
魔女に命じて複数の使い魔を生成し、それらをかずみの護衛とさせるとナガレは廃ビルの窓を開けて飛び出した。
窓に足を掛けた時に、既に周囲は確認しており人目は無い。
街中の監視カメラも魔女の魔法で胡麻化してある。
そのまま彼はビルの屋上や壁面に足を掛け、昼の風見野を魔鳥のように飛翔していった。
人の世の平穏を脅かす者どもを狩りに行ったのだった。
無数の星に似た光が輝く空。
砂のようだが硬い地面。
コールタールのような粘液で出来た波。
異界の中、ナガレは戦闘を繰り広げていた。
振り下ろされる斧槍が、白銀の猛虎の掲げた両腕を切断し頭部を両断。
胴体に達したところで刃を止め、装甲された身長三メートルの異形をハンマーのように振り回す。
周囲に並ぶ異形、魔女モドキの群れに直撃し、白鳥にサイ、レイヨウ型の異形が装甲と血肉の合い挽きとなって砕かれていく。
旋回を終えた彼は背後からの気配に身を捩った。
開いた隙間を胃液か吐瀉物のような黄色い液体が迸る。
地面に当った瞬間、地面は白煙を上げて異臭を放った。
跳ねた液体は異形達にも当り、装甲された体表を一機に溶け崩らせた。
それを放ったのは、装甲で覆われた紫色の大蛇。
蛇特有のシュウシュウという威嚇音を上げてはいるが、それは暴虐による満足げな笑い声でもあっただろう。
異形達の頑強な装甲を貫通する猛毒を浴びた少年は、骨も残らず溶解している筈だった。
それを啜り呑んでやろうと身を屈めた瞬間、毒蛇の視界は途切れた。
一瞬途切れ、次に映ったのは溶解した地面だった。
それが最後に見えた光景で、直後に意識を苦痛が占め、それを最後に意識が絶えた。
「痛ぇじゃねえか」
毒蛇の額から拳を引き抜き、血糊を振り払いながらナガレは言った。
毒蛇の顔は殴打によって粉砕され、眼窩からは視神経を引いた眼球が飛び出している。
十メートル近い巨体が死の痙攣で震えている。
駄目押しに踏み付けを見舞って頭部を完全粉砕してから、ナガレは周囲を見渡した。
ナガレによる斬撃と猛虎を利用した質量攻撃、そして毒蛇の猛毒によって周囲の異形は原形をほぼ喪って蕩けていた。
地面や装甲も溶かす毒を浴びたナガレの顔の右側は、頬の辺りの皮膚が溶け崩れて桃色の肉を露出させていた。
それだけだった。
「免疫って奴が付いたのかね。何事も経験て大事だな」
異形を融解させ、地面にも深い孔を穿ってまだ止まない毒の猛威を見ながらナガレは意味深そうに呟いた。
彼の言う経験とは、キリカを庇って魔女の猛毒を受けた時の事である。
毒に苦しむナガレは血を吐き、キリカはそれを啜り、自分の血を彼に飲ませて力を与えた。
狂気に満ちた解毒であったが、それが功を奏したと言う事だろう。
それにしても、彼は頑強に過ぎていた。
毒を受けたナガレは苦しむ程度で済んでいたが、彼が吐いた血を飲んだキリカは身体を溶かしていた。
そもそもこの時点で異常であり、元々毒には強い耐性があるようだ。
生き物としておかしいというか、物理法則を歪めている可能性すら感じられる頑強さである。
そんな自分の異常さについては特に何も思わず、ナガレは改めて周囲を見渡した。
毒はなおも止まず、最早原型の残滓すら残さずに全てが溶けている。
それを見て彼は舌打ちした。
「今回は素材は…無しか」
くたびれ儲け、と彼は言わなかった。
自分がこれらを屠った事で、被害を受ける人間はいなくなったからである。
精々、サルミアッキに似た味だという猛虎の腕が残って無くて残念と言った具合である。
それが狂った認識であるという考えは彼には無い。
彼の感覚的には、魔女モドキ退治は常人が果物狩りに行くのとなんら変わりは無いのであった。
仕方が無いと、トドメを刺した大蛇を持ち帰ろうと視線を落とした。
先程までそこにあった、踏み砕かれた大蛇の頭部が消えていた。
察しが付いた。
「おい」
ドスを利かせた声を出すナガレ。
振り返ると、ドキッとして身体を震わせる牛の魔女の義体があった。
直立させた牛のような黒い身体は、もう半ばどころかガラガラヘビの尾そっくりな尾の末端ぐらいしか残っていない魔女モドキの残骸を抱えていた。
責めるようなナガレの視線に、彼よりも倍は大きな体躯の義体が食べかけの魔女モドキを恭しく差し出した。
彼はそれを一瞥した。
少し考え、
「その部分は余ってる。好きにしな」
そう言われるが早いか、魔女の義体は尾の末端を口に相当する部分に押し込んだ。
黒い靄状の身体の中にそれは沈み込み、やがて内部からバキバキという咀嚼音が聴こえた。
それが終わると義体は消え失せ、石突を地面に突き刺して立つ斧槍に吸い込まれていった。
義体ごと餌食を喰らい、牛の魔女は満足に刀身に光を宿した。
「さて、帰るか」
牛の魔女を握って地面から引き抜き、彼は魔女に治癒を命じた。
既に薄膜が肉の表面に生じており、治りかけだったが帰りはスーパーに寄りたかった。
今回の戦闘は一時間程度であり、良い暇潰しになった。
帰った頃には魔法少女どもも帰っている事だろう。
そう思いながら、ナガレは魔女モドキ達を喪って崩壊を始めた異界を後にした。