魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第60話 訪れた平和②

 朝になるとキリカは学校へ行く。

 学校が終われば自宅へ帰り、午後の六時くらいに廃ビルへと訪れる生活を続けた。

 キリカの母が彼女に持たせたサンドイッチなどの料理は、かずみからしてもかなりの美味との評であった。

 

 麻衣も朝になると風見野へと向かおうとした。

 が、途中で引き返して廃ビルでの不登校生活を開始した。

 優木の洗脳魔法が彼女の親や学校の朋輩達に付与されているので問題は無い。

 問題があると言えば麻衣のメンタルであり、ナガレと離れると不安になって仕方ないらしく、あすなろ駅で動けなくなりベンチに座っている所を彼女に呼ばれたナガレに保護される始末であった。

 情けないと泣きじゃくる麻衣はナガレに肩を貸されて廃ビルへと帰還した。

 

 

「御帰り」

 

 

 と何事も無いように告げたかずみの優しさと

 

 

「あざとい」

 

 

 と冷たく言い放った杏子のリアクションが麻衣の心を切り刻んだ。

 声を押し殺しての慟哭にかずみは心を痛め、杏子は三十分ほど笑っていた。

 笑った後で自己嫌悪に陥ったらしく、杏子はその日一日をローテンションで過ごした。

 帰還してきたキリカは立ち直って家事手伝いを始めた麻衣の姿に関心を覚え、頭を抱えてソファに座り続ける杏子の姿に人生の悲哀を感じたのだった。

 

 そして夕食を食べ、学生二名は宿題や自主学習、または木刀の素振りなどの鍛錬を行った。

 杏子は漸く立ち直り、ソファに寝そべって漫画を読み耽っている。

 

 

「なぁナガレ。今生きてたはずのキャラが十年前の回想中に死んだぞ」

 

 

 声には覇気が無いが、雑談を言い出せる程度にはメンタルが回復していた。

 話を受けたナガレはそんな馬鹿なと思ったが、杏子が読み終わったものを読むとその通りの事象が描かれていた。

 因果律兵器みたいなものかと、ナガレは案外素直にその事象を受け入れた。

 

 彼自身が非現実じみた存在だから、というか何も考えていないのだろう。

 平和な時間が流れる中、彼はぼーっとしながらソファに座って漫画を読んでいる。

 読み終えた時、足元に三つの篭が置かれていた。

 中には脱ぎ捨てられた下着が入れられている。

 鼻先を掠めるのは雌の匂い。

 歯軋りを一つし、篭を抱えて水場に急ぐ。

 欲情などしないが、さっさとこの匂いと別れたいのだった。

 

 

 

 そんな日々が八日間続いた。

 その間、三人の魔法少女達は隙間時間があれば罵り合い、殴り合いを繰り返した。

 少し目を離す、買い物で外に出ていると一フロアが一面血の海になっている事もザラだった。

 牛の魔女に命じれば即座に綺麗になるとはいえ、彼をしても気が滅入る光景が幾度も繰り広げられた。

 血の海の中から、身長と髪型くらいでしか判別できなくなった肉の塊を取り出して魔女に治癒させる行為は、常人なら即PTSDに陥るであろう凄惨で異常な状態だった。

 治してからの夕食時に闘争の理由を聞いてみると

 

 

「忘れた」

 

「どーでもいーよー」

 

「今後の方針を話し合ってたら手が出てしまった。今回の発端は…誰だったか。まぁいいか」

 

 

 上から杏子、キリカ、麻衣の順番でそう答えが返ってきた。

 砕けた脳味噌が飛び出していた頭部や、肺と肝臓と腸が混ぜ合わされた肉塊が漏れていた腹、叩き潰された手足も完全に修復されており当人たちも苦痛の欠片も留めていないのでナガレはそれ以降の言及をしなかった。

 その日の夕食はハンバーグと腸詰の盛り合わせだった。

 献立のメニューに困っていたかずみが、肉塊となった三人の様子を見て閃いたのかどうかは、ナガレは考えないことにした。

 肉汁が詰まりながらも、大根おろしとポン酢のさっぱりとした風味が際立つハンバーグと、香料が効かされた腸詰は絶品だった。

 

 普段通りの暴力的で陰惨な遣り取りの傍らで、一緒に買い物に出かけるなどの平和的な光景も見受けられた。

 協定でも結んでいるのか、ナガレと買い物に行く同伴者数はかずみを除けば一人だった。

 外に出て買い物をしていると、流石の連中も年相応に楽しく生きている様子が見えた。

 その様子にナガレは心に一抹の翳りが射すのを感じた。

 戦いの虚しさというものだろう。

 

 戦いは嫌いではないし人生そのものだが、この年頃の連中が血深泥の闘争に明け暮れている現状は彼をしても異常としか思えない。

 だが彼女らは闘争が好きで、更に言えば戦わなければ生きていけない。

 自分と戦う事がある種の安らぎとなっているようだが、なんだかなという気概は付いて回る。

 その一方で理解もしてしまう。

 彼自身が、闘争から離れられない存在故に。

 

 

 

 

 

「ちょっと明日一日、外出してもいいかね」

 

 

 九日目の夕食時に、ナガレはそう言った。

 疲れたとか逃げたいとかではない。

 家事全般は元々、杏子との二人生活の時にほぼ自分がしていたし、洗濯も別に恥ずかしい事じゃない。

 ただたまには、一人でのんびりしたいと思う時があるのだろう。

 要は普通の感情である。

 テーブルの上には焼き肉用のプレートが置かれ、周囲には瑞々しい赤桃色の肉が並んでいる。

 食事も戦闘と捉えているのか魔法少女姿となって食事をしているヤンデレ魔法少女三人組は、程よく焼いた肉を糧に大量に炊いた白飯をバクバクと消費していた。

 焼けた肉は、意外にも呉キリカによって取り分けられて皿に置かれていた。

 

 狂気の行動が基本スタイルのキリカであるが、一方で常識的な側面も持つ。

 狂い方が異常なので常識的な事をしている方が狂っているように見えるというのが皮肉であるが、焼き加減や肉の大きさ、部位のバランスも考えて配膳している。

 別に媚を売ろうとかではなく、自然に行動出来ているあたり彼女の善性が伺えた。

 肉や野菜を掴む銀のトングがぴたりと止まった。

 周りの連中に配り終わり、最後に自分の皿に取り分けていた時のことだった。

 杏子と麻衣も咀嚼や箸の動きを止めた。

 変わりないのは、追加のわかめスープを作ったり肉を用意しているかずみだけである。

 

 

「いいんじゃねえの」

 

「君の自由だろ」

 

「気晴らしに良さそうだな」

 

 

 一瞬の停滞の後、返事は直ぐに来た。

 了解、とナガレは答えた。

 そして何事も無かったように食事が再開される。

 ほぼ同時に、調理を終えたかずみが大鍋を持ってやって来た。

 コンソメで茹でられた海藻のスープは、本能を刺激するような海の塩気を放ちながら湯気を立ち昇らせる。

 キリカは早速取り分けを始めた。

 

 かずみも慣れたもので、手際よくキリカに食器と匙を渡していく。

 残り二人も動こうとしたが、先にキリカに仕事を取られていた。

 何人も動いても邪魔になるので何もしない方がいいのだが、バツが悪そうだった。

 仕方ないなと、自身も特にやることが無いナガレも似たような気分になった。

 

 配膳が終わると、スープを啜った。

 程よい塩気が心地よく、ほっとする味わいだった。

 飲みながら、ナガレは前を見た。

 五つの眼球による視線が、自分に注がれていた。

 

 眼帯で覆われているキリカの右眼も、魔法の布越しにナガレを見続けている。

 三人の魔法少女達は、食事を続けながらナガレを見ていた。

 先程までは時々見る程度だったが、今は瞬きさえせずにじっと見ている。

 真紅と黄水晶と血色の視線の中には、それぞれの色で出来た溶岩の流れのような、粘ついた何かが見えた。

 これが感情の発露というのなら、宿った感情の種類は悍ましいに過ぎるものだろう。

 常人なら発狂、植物なら枯れ果てるような何かが宿った視線を前にしてもナガレは平静だった。

 彼の予想では、最悪の場合はその場で闘争に発展するかもと踏んでいたので、この程度で済んで寧ろ安心なのであった。

 少なくとも今は、平和に食事を終えられそうだった。

 

 少なくとも、今は。

 

 


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