魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第60話 訪れた平和

 時は流れる。望むとも望まなくとも。

 そんな場面が、この廃ビルの中でも流れていた。

 白いテーブルクロスを通された四角いテーブルの上には、大量のおにぎりと焼き魚にベーコンが並んでいる。

 塩におかか、そして梅が入ったおにぎりだった。巻かれた海苔はパリッと香ばしく、シンプルながら味わい深いおにぎりの魅力を引き立てている。

 焼き魚とベーコンも焼きたてで、流れる肉汁の香しい匂いが食卓を彩っている。

 三つ置かれた大鍋は、豆腐の味噌汁と卵スープ、そしてコンソメスープで満たされている。

 食欲を湧かせるいい匂いが、互いと争う事無く共存し、朝の差し込む廃ビルの一室に広がっていた。

 

 ここまでは、量が多い事を除けば理想的な朝の光景だろう。

 問題はそこに集っている面々、正確には集まっている五人の中、半数以上を占める三人の間で流れる空気だった。

 誰であるかは言うまでも無い。

 佐倉杏子、呉キリカ、朱音麻衣の三人である。

 

 並んで座るナガレとかずみから見て向かい側に、杏子を真ん中として右にキリカ、左に麻衣が座っている。

 奇妙なのは、前者二人が私服に対して後者三人は変身し魔法少女となっているところだった。

 しかしながら三人は戦闘態勢に無く、更には隣や近くの存在の事など無いかのように食事に精を出している。

 食べ方は丁寧であり、黙々と食べていく。

 かずみお手製の味わい深い食事に表情は綻び、三者の美しい貌が口内の美味によって蕩けたような形を描く。

 それだけに、不気味な光景だった。

 これだったらまだ、罵り合っていた方が自然な光景だ。

 一貫して近場の恋敵の存在を無視し、三人は食事に没頭している。

 その異常さが空気を歪ませ、眼の前の光景を異界じみたものへと変えていた。

 

 しかしながら、ナガレもかずみも気にもせずに食事をしている。

 異常なのはいつもの事であるし、何にせよ平和なのだからいいという考えである。

 

 

『ねぇナガレ』

 

 

 かずみは思念で彼に尋ねた。

 

 

『ん?』

 

 

 と彼は答えた。

 

 

『気付いてる?』

 

『まぁな』

 

 

 そう言われたかずみは、『ハァ』と溜息の思念を送った。

 実体としての彼女は、卵スープを静かに啜っている。

 

 

『死なないでね。おとしゃん』

 

 

 かずみの思念に、ナガレはそれとなく何気ないように頷いた。

 付け加えられた呼び名は、かずみのからかいか、或いは心配からか。

 魔法少女姿となった魔法少女三人は楽しそうに食事を摂りつつも、その視線は片時もナガレから離れていないのだった。

 真紅と血色と黄水晶の眼の奥には、危険な輝きとしか思えない光が溜まっていた。

 それは闇か、それとも混沌か。

 地獄が存在するのなら、こうだろうと思える色だった。

 

 

 

 

 

 昼になった。

 食事の後、

 

 

「ちょっと学校行ってくる」

 

 

 とキリカは言った。

 真っ当に過ぎて、ナガレは思わず困惑した。

 

 

「いってらっしゃーい」

 

 

 かずみは笑顔で手を振り、キリカもニコリと笑って応えた。

 仲の良い二人である。

 対して学校は違えど同じく学生の身分である麻衣は

 

 

「素振りしてくる」

 

 

 と彼に言ってから上階へと向かった。

 遠く耳を澄ますと、木刀か何かが物体を叩く音が聞こえた。

 更に感覚を鋭くすると

 

 

『滅びろ、雌餓鬼ども』

 

 

 という麻衣の声が聞こえた。

 音からして、(恐らくは魔力で作った)巻き藁を木刀から叩いているのだろうが、その顔には写真でも貼られていそうだなと彼は思った。

 良い趣味では無いが、別に迷惑を掛けている訳では無い。

 無害だと思って今の行動を継続した。

 彼はソファに座り、キリカが置いていった漫画を読んでいた。

 

 

「おい」

 

 

 そんな彼に、背後から声が投げ掛けられた。

 かずみはこんな風に声掛けをしない。

 キリカはいないし上階からは怨嗟の声と巻き藁を打つ音が聞こえる。

 消去法で、というか声的に声の主は佐倉杏子である。

 声と共に、空間に広がる湿気を彼は感じた。

 

 風呂上りだろうなと彼は思った。

 廃ビルで暮らし始めてそこそこの日数が経っている。

 魔女に命じて生活空間を整えていったところ、魔女もやり方を覚えてしかも楽しさを感じているのか簡易的な風呂場まで作ってしまったのである。

 野生化した後、これで人を喰う積りなんだろうなと彼は思った。

 この辺りの容赦のなさが彼らしいと言えばそうか。

 

 

「おい!」

 

 

 声が再び発せられる。音が怒気を帯びていた。

 

 

「なんだよ」

 

 

 振り向かずにナガレは答えた。

 若干、鬱陶しいという響きがある。

 漫画を読み耽っている最中だからという理由だろう。

 その反応に杏子の怒気は殺気へと変化した。

 

 

オイ!てめーエロい絵ばっかりみてねーでアタシを見ろ!

 

【挿絵表示】

 

 

「え?」

 

 

 怒りと殺意と羞恥心の混じった杏子の叫びに、ナガレは疑問の声を出した。

 漫画の場面の事か、と思って漫画を見直す。

 見開きブチ抜きで、序盤のボスキャラである国民的ヒーローのプロレスラーが、己の妻を「メスブタ」と罵りながら思い切りぶん殴る場面が描かれていた。

 情交を終えた後の場面だったので、両者はこのページでは部分的だが裸体で描かれていた。

 杏子はそれをエロい絵と評したのだろう。

 どうやら実写は平気でも漫画やアニメだと性に関連する部分は杏子にとっては刺激が強いらしい。

 可愛いとこあるなと思い、ナガレは振り返った。

 部屋の隅で、

 

 

「恥ずかしくねぇのか、あいつはよぉ…」

 

 

 と呟いて着替える杏子の姿が見えた。

 丁度下着を穿くところであり、言いながら背後をチラッと見ていたのが見えた。

 

 

「チッ…」

 

 

 舌打ちを放ったのは、見るのが遅ぇよということだろう。

 近くには脱ぎ捨てられた黒い水着が見えた。

 裸体ではなく、水着姿を見せたかったらしい。

 複雑な年頃だなと思いながら、ナガレは漫画を再開した。

 漫画の中では殴られた女が鏡に顔面を激突させて床の上で痙攣し、家から追い出せとの台詞が告げられていた。

 八度目の離婚だから大したことは無いという男の言葉に、こいつは後で酷い目に遭うんだろうなとナガレは思っていた。

 

 

 

 

「はい友人、これよろしく」

 

 

 帰宅、というか帰還してきたキリカはそう言って、黒い篭をナガレに差し出した。

 

 

「頼むぜ、相棒」

 

 

 杏子も少し間を置いてから、紅い篭を彼に手渡した。

 

 

「君にしか頼めない。受け取ってくれ」

 

 

 麻衣も似たような感じで紫色の篭を渡した。

 それぞれの中には、数枚の布が入っていた。

 どれもが彼女らの下着だった。

 見ないようにはしたが、彼の鼻は性能が良すぎた。

 それらから汚れの類の匂いはせず、ただ雌の香りが宿っていた。

 篭を手渡す際、三人の視線はこう言っていた。

 

 

『お前or君のせいでこうなったから、責任を取れ』

 

 

 イラっとしたが、事を荒げるとロクなことにならなそうなので彼は黙って受け取った。

 波風立っているのは悪くない。

 何でもいいからよ、と確かに昔そう言ったがこういう事では起こしたくない。

 また下着を洗うのはキリカ宅で経験済みであり、なら今回も、と彼に思わせる原因となった。

 経験を積ませてくれたキリカ母に感謝…するのは何か違うなと思いつつ、彼は黙って三人の少女の下着を洗うことにした。

 

 

「ねぇ、ナガレ」

 

 

 廃ビル内の水場に赴いて手洗いで下着を洗うナガレに、かずみが声を掛けた。

 

 

「どのくらい、メンタル保ちそう?」

 

 

 声は心配で出来ていた。

 少し間を置いて

 

 

「…一週間」

 

 

 彼はそう答えた。

 沈痛な表情を浮かべて、かずみは何度も頷いた。




素晴らしすぎる挿絵は日大太郎様(@ura47869454)からいただきました!

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