魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第59話 闇の恋慕⑧

 歯が喰い込む。傷口を指で抉る。

 絡み合う二つの女体は、全身を血で染めながら互いを傷つけあっていた。

 赤黒い血肉が全身を濡らし、外見の差異は髪の長さと身長くらいでしか分からない。

 

 乳房の大きさも今は大して変わらない。

 大小に関係なく、両者とも胸の肉が剥ぎ取られていた。

 肉の下の肋骨が露出し、乳房に蓄えられていた脂が血深泥の骨に黄色の趣を加えている。

 肉片に変えられた乳房は粉砕され、室内の何処かに転がっている。

 相手の女性を象徴する部分を抉り取ったのは、憎悪か嫉妬か。

 その両方であるのだろうし、ただ単に破壊できる部分だからとか手の先にあったからとか、どうでもいい理由でもあるのだろう。

 そもそも理由など不要であり、闘争は呼吸同然の行為だった。

 

 

「ぐるるるるるるるぅぅううううう!!!」

 

「きひ、ひひひ、ひひひひひ」

 

 

 キリカの喉に喰らい付きながら杏子は唸り、キリカは杏子の喉を肉に突き立てた両手の指でぐちゃぐちゃと弄りながら奇怪な笑い声を挙げていた。

 歯と肉の断面からは唾液と血が溢れ、キリカの指先は血泡に塗れていた。

 ぶちぶち、ぐちゃぐちゃという悍ましい音が鳴り続ける。

 肉が剥ぎ取られている為、互いに鼓動の音が聞こえていた。

 

 その音を止める為に、両者は争っていた。

 自分の生存を考えず、相手からの暴虐に晒されることのリスクなど全く考慮せずに闘争を続けている。

 いつもの異常行為であり、つまりは異常な状況だった。

 廃ビルの床に敷かれたブルーシートにはたっぷりと血が乗せられ、元の青色など殆ど見えない。

 一面に広がる赤黒が、光を帯びて輝き始めた。

 

 窓から入り込む光が、浄化の炎のように酸鼻な光景でさえも等しく照らし始めたのである。

 それが、闘争の終焉の合図となったかのように、二つの身体は同時に倒れた。

 バシャンという音を立てて、二つの胴体が血の大河に沈む。

 それより少し早く、それよりは小さな音を立てて落下物が二つ生じた。

 

 

「はぁ……ふ」

 

 

 欠伸を一つし、かずみは窓の淵から床に降りた。

 スリッパを履いたかずみの足は、地面の血の洗礼を受けなかった。

 足裏が触れる寸前、接触面からは血が消え失せていた。

 血は小規模な竜巻となって巻き上げられ、壁に掛けられた斧槍へと吸い込まれていく。

 

 竜巻はかずみを器用に避け、三呼吸もする頃にはビニールシートは新品同然の輝きを取り戻していた。

 後に残ったのは、重なって倒れる二つの女の身体だった。

 その傍らでは、悪鬼の表情をした佐倉杏子の顔と、朗らかさの背後に邪悪さを孕んだ度し難い表情をした呉キリカの顔があった。

 両者の首は胴体から離れ、筋線維と骨が強引に破壊されて千切れた首の断面からは血が滴り小規模な赤の川を生み出していた。

 

 

「うう……ううう…」

 

「き、ひ、ひ」

 

 

 声帯が千切れている為、首が発する声のようななにかも掠れ切っていた。

 首だけでも生きているのは魔法少女ゆえであるが、本来ならば身体より先に精神が死ぬだろう。

 二人は正気であった。

 だから狂わず、狂気の世界に明確な意識を以て沈んでいる。

 首だけになっても闘争を止める気はなく、まだ前哨戦程度の気分なのだろう。

 

 

「えいっ」

 

 

 可愛らしい声と共に、杏子とキリカの頭部の額に軽い衝撃が放たれた。

 軽かったが、込められた技能は尋常では無かった。

 額から入った衝撃が脳を揺らし、正気のままに狂っている二人の魔法少女を安らかな闇へと誘った。

 

 

「さぁて、そろそろ朝ごはん作らないと」

 

 

 そう言ってかずみは少しばかり作業をしてから杏子を背負い、キリカを小脇に抱えた。

 離されていた首も糸で縫われて胴体と繋がれていた。

 かずみの背中では黒髪のセミショートが顔をかずみの首筋に頬を触れさせており、かずみの右腕は赤い長髪の少女を抱えていた。

 

 

「これで少しは大人しくなるといいんだけどねぇ…」

 

 

 溜息と共にそう告げて、かずみは部屋を通って階段へと向かって行く。

 その背後に、壁に掛けられていた斧槍が浮遊しながら従者のように付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 細胞の一つ一つが想いで満ちている。

 想いは血や体液となって体中を巡り、それらが巡る管である骨格や脊髄も想いが結晶化して出来ている。

 狂ってるとは思いつつ、朱音麻衣はこの想いは本心であると確信していた。そこに微塵の疑いも無い。

 そして彼女は切なる想いを抱いていた。

 

 この想いを伝えたい。

 身体を巡るこの想いを、血と肉の交わりを繰り広げたい。

 彼と想いを分かち合いたい。

 

 

 命を、混ぜ合わせたい。

 

 

 

 

 

「あぁあああっ!」

 

 

 体と心を駆け巡る感情に、麻衣は甲高い声を発した。

 それは雌の嬌声そのものだった。

 声を放った時、彼女は自分の雌が潤んでいるのを自覚した。

 

 途端に羞恥心が心に押し寄せる。

 そしてその奥から、堪らない幸福感が溢れ出した。

 自分は彼に欲情し、肉体もそれに応えている。

 その事を嬉しいと感じている。

 想いはやはり嘘ではなく、本物だということが自覚出来た。

 

 だから、言おうと思った。

 毎度ながら自分の狂気は自覚している。

 しかしながら、嘘は吐きたくなかった。

 彼には自分の全てを曝け出したかった。

 だから口を開いた。

 興奮は止まらず、吐いた息に宿った熱はまるで火のようだった。

 

 

「私は……君が好きだ。話すことも、触れることも、そして……殺し合う事も」

 

 

 殺し合うか戦うか。麻衣はどちらを言葉に用いるか少し考え、前者を選んだ。

 そちらの方が言葉として惹かれ、そして願いそのものだからだ。

 鼻先が触れそうな距離で告げられる言葉を、ナガレは黙って聞いている。

 黒い渦を巻く瞳は、片時も麻衣から視線を逸らさない。

 彼女から去来する愛と殺意と欲望を、真っ向から受け止めている。

 

 自分の全てを喰らおうとするかのような彼の渦巻く瞳に、麻衣は恐怖と嬉しさを覚えた。

 自分の求めるものがそこにあると、更なる実感を得られたからだ。 

 この幸福感の積み重ねは先程から何度も繰り返されている。

 その度に上限が取り払われ、愛欲が際限なく蓄積していく。

 それはまるで濃縮と増加を繰り返し、殺傷力を上げていく毒物のようだった。

 そしてその毒が、言葉となって放たれた。

 

 

「私は…君と戦い殺し合うことに肉欲と愛を見出している。生と死の交差を重ねることが、たまらなく嬉しくてならないんだ」

 

 

 胎内の器官の疼きを感じながら、麻衣は言葉を重ねていく。

 そして。

 

 

「君との戦いは…私にとっては子作りに等しい行為に思えてならない。互いの命を血と肉と刃で交差させて新しい命を生み出す聖なる行為。私にとって、君との交わりはそういった意味を持っているんだ」

 

 

 度し難いに過ぎる言葉を朱音麻衣は告げた。

 そこに狂気は微塵も無く、この言葉はただ純粋な愛によって出来ていた。

 












どしがた

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