魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第59話 闇の恋慕⑦

 泥が跳ねるような音が続く。

 硬いものが砕けるような音も混じる。

 砕けて飛んで、床に落下して音を立てる。

 それは血と唾液で濡れた歯であった。

 落下した場所には既に複数の歯が落ちている。

 歯の根元には歯茎の肉が付着し、赤と白に桃色の趣を加えている。

 

 それらが飛来した根元の場所では、二つの物体が絡み合っていた。

 元の色は白のシャツと桃色のスカート、緑色のパーカーと青みがかったホットパンツ。

 それらが赤黒く染まり、裂けた腹からは桃色の管が垂れている。

 飛び出た腸同士は絡まり、まるで交尾中の蛇のような有様となっている。

 

 人間なら瀕死、というか死の寸前の重傷だが腸の持ち主同士は動きを止めなかった。

 元は桃色のスカートと白いシャツを纏っていた少女に、パーカーを着た少女が馬乗りになって顔面に向けて殴打を繰り返していた。

 一撃の度に顔からは肉と血が飛び、加害者の少女の顔や体に振り掛かった。

 加害者の拳も皮が破れて肉が爆ぜ、白い骨を剥き出しにしていた。

 

 それでも殴打を止めず、殴られている方もまた加害者の首を右手で締め上げ、残る左手は垂れ下がる腸を掴んで引き延ばしたり握ったりを繰り返している。

 度し難い事に、そうしながら自分の腸と相手の腸を絡ませていた。

 蝶々結びや堅結びなど、まるで綾取りをするように肉の管を絡ませている。

 

 それに飽きると、キリカは伸ばした人差し指を杏子の腹の真ん中へと突き立てた。

 臍を貫いて体内に減り込み、指を鉤爪のように曲げる。

 激痛は耐えられても嫌悪感はそれを上回るのか、杏子は痙攣し一瞬動きを止めた。

 その隙にキリカが杏子を押し倒し、攻勢側へと回る。

 この陰惨な輪廻が、既に何回も繰り返されている。

 

 一面のブルーシートを敷いた廃ビルの一フロアは、酸鼻な臭気で満たされていた。

 此処に足を踏み入れたなら、鼻孔を貫く鉄と潮の香りに脳髄を焼かれ、異常な光景に心は狂気に陥るだろう。

 

 

「ふああ……」

 

 

 そんな室内で、場違いな欠伸が鳴った。

 一切の緊張も恐怖もなく、その欠伸は自然体のままに放たれていた。

 

 

「そろそろ朝かなぁ……」

 

 

 紅い瞳の少女は、黒い長髪を垂らしながらビルの窓に腰掛けていた。

 視線の先には、地平線に滲む光が見えた。

 室内に籠る陰惨さとは無縁な、清潔な光だった。

 地平線の果てから昇って行ったそれはビルの隙間や屋上から滲み出し、紅の眼の少女は眩しそうに眼を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはぁっ!」

 

 

 麻衣はナガレの胸から顔を離した。

 顔を離しつつも縋り付き、彼から離れようとはしない。

 高鳴る鼓動をナガレの腹へと押し付ける。

 高鳴りは止む気配が無い。

 荒い呼吸を繰り返す中、麻衣は自分の心の内を探った。

 恐怖によって興奮し、感情が昂っているという自己診断が出た。

 心の奥では、巨大な三体の影がいた。

 異界か高次元からか。

 

 彼女のドッペルによって招かれた、全身を棘で覆った漆黒の異形の竜達は巨体を縮こませて怯えているように見えた。

 心の中で麻衣は、それらの鼻先を手で優しく撫でた。

 竜の巨大な顔と麻衣の手では、比べようもないサイズ差があったが、竜達は麻衣の存在を認識し震えを抑えていた。

 まるで母親に対して強がりを見せる幼子のように。

 それを見て麻衣は微笑み、意識を現実へと戻した。

 どちらも彼女にとって現実である為、物質世界へと意識を戻したとするが正しいか。

 竜達は顕現に制約があるが、既に麻衣と一体化しつつあるようだ。

 

 彼の胸に頬擦りし、大きな胸を彼の腹へと麻衣は押し付ける。

 身体を引いては前へ押すを繰り返す。

 弾むトランポリンのように、柔らかい肉と脂肪の塊が膨縮を繰り返す。

 

 与えられる性的な快感は相当なものである筈だが、麻衣はその変化を感じられなかった。

 自分に女、というよりも雌としても魅力が無いのか。

 彼女はそう思った。

 思った時に去来したのは、悔しさよりも諦観だった。

 思えば異性を性の対象と思った事が殆ど無い。

 将来は結婚して母となりたい、とは思っているが、その過程に興味を持ったことが無い。

 

 かといって同性愛の気も無い。

 というか、性欲とはほぼ無縁に生きてきた。

 命を紡ぐ機能を肉体が獲得してから、本能によって性欲が疼くくらいだった。

 疼いたら指で慰めればいい。

 敏感な粘膜を適当に弄っていれば、やがて肉体が反応して絶頂に至る。

 その快感は嫌いでは無かったが、積極的にしようとは思わなかった。

 性欲が薄いと言う事に、自分は果たしてちゃんとした大人になれるのかという危惧を感じた。

 

 その反面、肉体は女性である事を示す乳房の肥大化が顕著だった。 

 赤ん坊を育てる為の器官であると云うのに、男はこれに欲情することが不可解でならない。

 胸が大きくなり、中学に上がる頃には周囲から視線を感じることも増えた。

 元々そういった感覚に敏感であり、故に闘争というものに興味が湧いていた。

 昔から争いは避ける傾向にはあったが、人よりも発育が良い肉体の事を揶揄された時は物理的な解決を取ることが多かった。

 それは中学になってから更に増えた。

 

 趣味のゲームセンター通いの際には男に絡まれることが増え、その度に体よく躱すか暴力での解決で済ませた。

 反撃され、顔を腫れ上がらせた事もあったが相手の事はそれ以上に痛めつけた。

 パイプ椅子で殴打し怯ませてから、筐体の角に顔をぶち当ててやったときの感覚は今でも覚えている。

 

 自らも鼻血を垂らしながら、昏倒した男の禿頭を何度も踏みつけていた時に、自分は暴力が、正確には戦いが好きなのだと自覚した。

 それから暫くして、麻衣は魔法少女となった。

 願い事は『強い相手と戦いたい』。

 その願いは直ぐに叶った。

 地元風見野にて、仲間となった魔法少女達。

 仲間になるまでのひと悶着と、仲間になってからの多くの闘争。

 魔女に魔法少女にと、鮮血と破壊に満ちた日々に朱音麻衣の心は満たされていった。

 

 しかし、満ち切りはしなかった。

 黒い髪と黒い衣装を纏った少女達の群れ。

 宝石狩りの多重人格の悪鬼。

 その他多数の魔法少女に魔女達。

 戦いは苛烈だが、どこか空虚さがある。

 それが最後の障壁のように、麻衣の心に聳えていた。

 消えることは無いと麻衣は思い続けていた。

 

 しかし、それが瓦解する日が来た。

 今自分が抱く、少年と出逢った事で。


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