魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第59話 闇の恋慕⑤

「君を愛してる」

 

 

 朱音麻衣は語る。

 本心の、魂の奥底からの愛情を。

 

 

「だから、君を殺したい。我が刃で首を刎ねて、その首を抱いて、君を喪う喪失感に浸りたい」

 

 

 これもまた、彼女にとっての愛の言葉だった。

 渇望と狂気と愛。

 麻衣の言葉には、それらの感情が一切の矛盾なく合わせられていた。

 言葉を発しつつ、血と脂で濡れた刃を携えながらミリ単位で間合いを詰めていく。

 ナガレは黙って聞いている。

 麻衣はその間も言葉を紡ぐ。

 

 

「君が死んだ後に私も死ぬだろう。そして一緒に黄泉の国に行くんだ。そこならもう邪魔する者はいない」

 

 

 狂気の言葉の影で、血で濡れた足裏が漆黒の地面を濡らす音が響く。

 

 

「ずっと二人きりでいられる。永遠に……そうだ、永遠に二人でいよう」

 

「……」

 

「その時の為に……君を殺させて欲しい。いや、私の全てを賭けてでも必ず殺す」

 

 

 血色の眼で、片時も眼を逸らさずに麻衣は言った。

 ナガレもまた、瞬きさえせずに麻衣を見ている。

 

 

「その為に君を今ここで殺したい。私の手で殺して、私の物にして、私の想いを注ぎ込みたい」

 

 

 麻衣の全身からは汗が流れ出していた。

 それは極度の緊張か、それとも性欲による発情か。

 そこに差はなく、両方によるものだろう。

 

 

「だから、君を」

 

 

 そこで麻衣は踏み込むはずだった。

 全身を一つの刃とするかのように、神速を以てナガレへと接近。

 一太刀にて彼の首を切断し宙に舞わせる。

 ナガレの反応も防御も無意味とさせ、一瞬にて葬る。

 しかし麻衣は動かなかった。

 血色の眼は、ナガレの眼を見ていた。

 黒く渦巻く瞳に、彼女の視線が吸い込まれていた。

 

 

「それがお前の本心か?」

 

 

 狂気を責めるでも、嘲笑うでもない問い掛け。

 

 

「そうだよ。私は君の事が好きで好きで仕方ない。狂ってしまうくらいに好きなんだ」

 

 

 麻衣は即答する。

 そこには嘘偽りはない。

 ただただ純粋に、彼女はナガレの事が好きだった。

 だからこそ殺したい。

 自分の手で彼を斬り刻み、自分の物にしたい。

 

 

「そうか」

 

 

 ナガレの声は、やはり静かだ。

 怒りも侮蔑もない。

 ただ淡々と事実を確認するかのような声色。

 その反応が、麻衣を困惑させた。

 何故怒らない。

 何故困惑しない。

 そう思った。

 しかし直ぐに気付いた。

 自分が恋慕の対象とした最高の獲物は、この程度で屈する相手では無いと。

 

 

「そうか…そうだな。うん、そうしよう」

 

 

 麻衣は心の中で、何かが割れる音を聞いた気がした。

 それは理性が砕ける音ではなく、逆に狂気が爆ぜ割れる音であった。

 自分の本心。

 彼に対する欲望は語った通りではあった。

 だがそれは本当の意味で本心ではない。

 だから感じたままに、彼に応えようと思った。

 

 

「私は…君を殺して如何こうしたい、という訳じゃない」

 

 

 胸の高鳴りが止んでいく。

 一度ずつ脈打つたびに、静かに穏やかとなっていく。

 

 

「君を越えたいとか、君に勝てば成長できるとか、ましてやそれが英雄的な行為になるなんてバカな事は思っちゃいない」

 

 

 穏やかな風が時折掠める程度の静寂に満ちた湖面の様な、麻衣の心臓の動きはそんな鼓動となっていた。

 

 

「愛してるから。だから殺したいんだ。全力を出し合って戦って、その果てに君を殺したい。君を手に掛けた後の虚無が、私の望みだ」

 

「成程な。素直なもんだ」

 

 

 麻衣の言葉を受けながら、ナガレも間合いを詰める。

 長大な柄の先にある巨大な斧槍は、その矛先を麻衣へと向けている。

 ナガレの返事に、麻衣は困ったような表情を浮かべた。

 

 

「ええっと…重ねるけど、怒らないのか?」

 

「別に。人様が俺をどう思おうが勝手だからよ」

 

「おかしいとか…思わないのか…?」

 

「仮にお前が片っ端から人を殺しまくってたんなら、そう思ったろうな。でもお前が殺してぇのは俺だけなんだろ?」

 

「ああ」

 

 

 麻衣は断言した。

 殺したいとは即ち、愛しているという事の証明であるからだ。

 

 

「なら難しく考える事ぁねえ」

 

 

 ナガレがずいと前に進んだ。

 それまでの足先をにじり寄せての牛歩の進みではなく、無造作に足を踏み出しての前進だった。

 驚く彼女を前に、彼は歩みを続ける。

 

 

「掛って来な。相手になってやる」

 

 

 彼は言い切る。

 そして不敵に微笑んだ。

 麻衣の喉奥からは呻き声が漏れた。

 

 

「……いいね」

 

 

 麻衣の顔には、既に狂気の色はなかった。

 あるのは歓喜のみ。

 自分の本心を曝け出した事で、麻衣の思考はクリアになっていた。

 今目の前にいるのは、自分が最も望む相手。

 その彼と、存分に戦える機会を得た

 

 

「いいじゃないか。そういうの」

 

 

 麻衣の全身からは、闘志と共に殺気が立ち上っていた。

 

 

「と、ここでなんだけど、ちょっとだけいいかな?」

 

 

 湧き上がらせた闘志と殺意を消し去りながら、麻衣は恥ずかしそうに言った。ナガレは無言で頷いた。

 

 

「さっきの私の、その、色々と勿体ぶった言い方さ…ほら、君を殺して一緒に黄泉の国ってやつ…あれも私の望みではあるんだけど、やっぱり虚無感が欲しいんだ。でもそれだとちょっと変だろう?だからさ…それっぽく理由をつけてみたんだ。……さっきの私、変だったかな?」

 

 

 長々と言葉を発する麻衣。

 物事を簡潔に済ます彼女にとっては珍しい事であった。

 少しばかり、沈黙が流れる。

 その間に、ナガレの脳裏にはいくつかの単語が浮かんでいた。

 

 

「……確か…アレだよな。『恋は盲目』とかいう諺っていうか言葉があったよな」

 

 

 何言ってんだろ、と彼は思った。

 またこの言葉を知ったきっかけはキリカ由来である。

 幸いにしてその事について口を滑らせるほどは、愚かでは無かった。

 

「うん、まぁそうだね。うむ、私はちょっと普段と調子が違ってました」

 

「そうか」

 

「そう。そうなんだ」

 

 

 ナガレは大きく息を吐き出した。麻衣も同じように息を吐いた。

 互いを隔てる距離は、既に五メートルも無い。

 

 

「じゃ、改めて」

 

「やるか」

 

 

 吐き終えると言葉を交わし、二人は同時に踏み込んだ。

 次の刹那に、決着が着いていた。

 宙高く、細長い刃が飛んでいた。

 根元から折られた刀を握る手が緩み、乾いた音を立てて柄が落下した。

 振り切った斧槍を手放し、ナガレは両手で麻衣の細首を掴んでいた。

 

 手と麻衣の首の間からは、紅い液体が滲み出ていた。

 手を離せば、麻衣の頭部は首から転げ落ちてしまう。

 それを防ぐ為、他ならぬ加害者である筈のナガレは両手で首を掴んでいた。

 外見的には、締め上げている様子に見えた。

 

 首を切断された麻衣は、両手をナガレの背に回した。

 そして思い切り自分の元へ引き寄せた。

 首を離すまいと、ナガレは更に力を込めた。

 その様子に、麻衣は優しく微笑んだ。

 そして倒れ込む様にして、彼の身体に身を預けた。

 

 

「大好きだ。愛してる」

 

 

 単純で、思ったままの言葉。

 陳腐だと人は思うかもしれない。

 しかしそれが麻衣の本心だった。

 自分が殺害しようとし、そして自分の首を切断した相手への素直な気持ち。

 

 その感情のままに、麻衣は顔をナガレの顔に重ねた。

 心の中の事象ではあったが、唇同士が触れ合った。

 唇の隙間から入り込んだ血の香り。

 それが例えようもなく、甘美に感じられた。

 胸を満たす幸福感の中、急速に視界が光に覆われていった。

 幸せな夢が終わり、現実へと世界が切り替わっていく光景だった。

 

 

 

 

 

 


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