魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
絶叫、苦鳴、喘鳴。
鮮血と共に、少女達の口からはそれらが漏れている。
佐倉杏子と呉キリカ。
真紅と黒の魔法少女は、それぞれの心の中で執着の対象と死闘を繰り広げていた。
燃え盛る炎の様な黒髪の少年。
杏子なら体格はほぼ同じ、キリカなら身長は十センチほど上。
髪で目元は隠れていたが、垣間見える顔付はまるで美少女のよう。
それでいて雰囲気は精悍な男のもの。
二人の魔法少女はそこから感じる異性の存在に胎の奥を疼かせていた。
初めて意識するに至った異性は、よりにもよって破壊神にも等しい異界の戦士だったとは。
フィジカルは弱体化しているとはいえ、滲み出る鬼気と雄々しさに変わりはない。
杏子とキリカは、その気配に欲情し、そして闘志を煮え滾らせていた。
「楽しいなぁ、ナガレ」
「楽しいねぇ、友人」
各々の心の中で、対峙しているナガレの幻影を前に杏子とキリカは言った。
互いを意識したわけではなく、ただ偶然にも思考が重なっていたのだった。
いや、それは必然的な偶然だったのだろう。
抱く想いは、仔細はあれど同一であるが故に。
声を掛けられたナガレの幻影は無言だった。
これまでの戦闘でも、一声も発していない。
戦闘は一時間に及んでおり、幻影は全身に傷を負っていた。
だが朱の線を走らせるに留まったナガレに対し、魔法少女二人は手足の切断及び腹を切り裂かれたことによる臓物の露出が生じていた。
手足を癒着させつつ、垂れ下がる腸を体内へと格納する。桃色の管である腸が麺のように傷口に啜られ、腸を飲み込んだ傷口もまた塞がった。
「ああ、愉しい」
「うん、すごく楽しい」
痛みさえ悦びに変え、魔法少女達は各々の武器を構える。
杏子の槍とキリカの斧は、彼女らの手首から垂れる血によって柄が濡れ、刃はナガレの血で彩られていた。
構えられた槍と爪に呼応し、二人の心の中のナガレは同じ姿勢を取った。
魔法少女の肉を切り裂き、溢れた血と脂肪で濡れ光る長大な斧槍を彼女たちに向ける。
そして口が動いた。
無音であったが、それは『来い』と言っていた。
次の瞬間という時間差さえなく、二人はそれぞれのナガレへと向かって行った。
そして自らの刃と拳と蹴りを見舞う。
溢れる血肉と体液。
交差する命。
凄惨で酸鼻な状況の中、二人の魔法少女は欲情に身を沈めていた。
彼との戦いとは、自分にとっての性行為。
そう定義したのはキリカであったが、杏子もその域に達している。達したというか、自分の欲望に素直になったと言うべきか。
度し難い交差は、彼女らの尽き果てぬ欲望の如く終わりの兆しの一切を見せずに続く。
願望と欲望、自らの依存心のままに、その対象へと血深泥になって挑んでいく。
青白い光が室内に降り注ぐ。
壮麗な白磁の壁や柱が整然と並ぶその場所は、神を祀る場所。
古代の神殿を彷彿とさせる広い空間の中、一人の少女が立っていた。
白と紫を基調とした武者風の衣装を纏った紫髪の少女。
日本刀を模した得物を大理石の床に突き立て、杖のようにして立っている。
疲労しているのではない。
手に得物を持つことで、即座に戦闘に入る為だった。
孤影として神殿の中に立つ麻衣の耳に、硬質の音が響いた。
それは等間隔を以て、彼女の元へと近付いていく。
その姿を、麻衣は凝視し続けていた。
血色の眼に宿るのは、殺意と闘志。
そして、恋慕であった。
「待っていたぞ」
麻衣は口を開いた。大理石に切っ先を埋めていた刀を抜いて右手で持ち、鋭い先端を前へと向ける。
「ナガレ」
口調は冷たく、されど纏った体温は火のように熱かった。
冷え冷えとした輝きを放つ刃の先に、その名を呼ばれた少年が立っている。
神殿の窓から注がれる月光を浴び、その姿は星を散らした夜空の光を帯びていた。
その姿を見て、麻衣は体内の鼓動が高まるのを感じた。
心臓は痛みさえ感じるほどに高鳴り、体内を巡る血液は溶けた鉄のような熱さを宿す。
「ああ。こうして会うのは久々だな、麻衣」
ナガレは答えた。それを見て、麻衣は溜息を吐いた。
安堵に満ちた息だった。
「どうしたよ?」
軽い口調だが、心配の色を滲ませた様子で彼は言った。
彼の配慮に、麻衣は思わず目頭を熱くさせた。
ナガレに想われるということが、堪らなく嬉しくて愛おしいのだった。
「いや、本物の君と話せるのが嬉しくてな」
顔を上に向け、滲んだ涙を眼の中に拡散させてから麻衣は前を向いてそう言った。
本物、とナガレは呟いた。
「たりめぇだろ。飯食ってる時からお前が呼んでたじゃねえか。あとよ、俺がそう何人もいて堪るか」
麻衣には不快感が伝わらぬよう、彼はそう吐き捨てた。
自分が何人もいるというのは、自分にとっての最大の皮肉であると自覚しているのだった。
「ああ、言い方が悪かった。ちょっと嫌な光景を見てね」
「どんなのだ?言ってみろよ」
「あの雌共…もとい、佐倉杏子と呉キリカの心の風景だ。同じ女の子宮の中に魂が奪われてる所為か、先程からその様子が脳裏に浮かんでくるんだ」
「そりゃ大変だな」
この状況も長いが、言葉にすると矢張り異常に過ぎていた。
そろそろ返してもらわねぇと、と彼は思った。
「あの連中、君との戦闘を夢の中で妄想している。狂犬病を発した犬のように息は荒くし、多分というか確実に股を粘液で濡らしながらな」
嫌悪感を隠そうともせずに麻衣は言った。
「あいつらは何を考えてるのだろうな。無礼を承知だが、これではまるで君を玩具として弄んでの自慰行為じゃないか」
「夢の中なんだから好きにさせとけ。あと他人の性癖はあんまり気にしねぇ方がいいぞ」
「君の心は広いな。尊敬に値するよ」
「そう言ってくれんのは嬉しいけどよ、俺の言葉を全部鵜呑みにはすんなよ。俺でも自分で言ってて正しいかどうかは分からねぇんだから」
「ああそうしよう。私は私の意思で君の言葉に向き合うとする」
微笑む麻衣。
その表情に自分もまた好まし気な表情で返すナガレ。
気が合う、というのはこういうことなのだろう。
「そうだ。これは私の意思だ」
呟く麻衣の掲げた刃の切っ先が僅かに震えた。
内心の動揺であると彼女は察し、少し迷った。
今の言葉を告げるかどうかを。
三秒考え答えを出した。吐き出すべきだと思ったのだった。
「気持ち悪い話をして構わないか?」と麻衣は尋ね、ナガレは無言で頷いた。
「今こうしている間も、映像だけではなく奴らの感情までもが私の中に流れ込んでくる。奴らが君を相手に何を想い、何を以て如何考えているかがだ」
苦痛を堪える表情で麻衣は言う。
「考えが垣間見えるが、理解できない。しかし流れてくる情報は私の脳で演算され、何を根拠にその考えに至ったのかを私に伝えてくる。状況的には私が考えた事柄という事になるのが実に気持ち悪い」
唇の端から一筋の血滴が垂れた。
舌の先を噛み潰したのだろう。
麻衣が見て、そして思考させられている想いは余程の毒物らしい。
「私は断固としてそれを理解しない。視点的には私の思考だろうが、私の想いでは断じてない」
攪拌される思考を握り潰すように麻衣は言った。
射抜くような視線でナガレを見据える。
場数を踏んだ魔法少女や魔女ですら、思わず後退りしかねないほどの鋭利な眼光だった。
対するナガレは一切の体勢を崩さず、呼吸音も安定したままその視線を真っ向から受けた。
「だから私は、私の想いのままに君と戦う。異形で異常なのは分かっているが、この気持ちは本物で、これは私の」
麻衣は口を閉ざした。
白い肌の頬が赤い色に染まる。
心の中では恥ずかしさと、歓喜が渦巻いていた。
心を侵食する、二人の恋敵の思考は既にない。
歓喜と羞恥が、悍ましい二つの感情を塗り潰していた。
「これは、私の愛情と呼べるものなんだ。ナガレ、私は君を愛してる」
唇を震わせながら、麻衣は言い切った。
震える反面、掲げた刃の先は震えていない。
切っ先はナガレの心臓に向けられている。
それは、彼女の望みであった。
「前置きが長くなったが……いくぞ、ナガレ」
刃を引き戻し、柄を両手で握る。
彼に対して左の側面を向け、霞の構えを取った。
対するナガレは無造作に右手を伸ばした。
牛の魔女が召喚され、長大な武具を右手が握り締める。
「来い」
麻衣から吹き付ける殺意を浴びながら、ナガレはそう言った。
口調には動揺も、異常な日常への移行の混乱も無い。
これがごく普通の日常であるのだから。
彼の招来に、麻衣は行動で応えた。
紫と銀の光となり、朱音麻衣はナガレへと襲い掛かった。