魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
夜の帳の下、無数の光が煌く。
空には無限にも思える星々が並び、闇の中ではあったが故に光が映えていた。
それらが一望できる場所に、四人の年少者達は来ていた。
あすなろの街のビルの一つ、その中でも一際高い場所の屋上である。
地上二百メートルほどの高さであったが、魔法少女とそれに匹敵する体力の持ち主であるために上り切るのは造作も無かった。
屋上の淵に歩み寄り、かずみはそこから遠くを見ていた。
背後に立つナガレと杏子もそこを見ていた。
キリカは三人から離れ、手摺に腰掛け逆の方向を見ている。
方角的には見滝原がある場所に視線を送っていた。
『キリカ。お前、これを知ってたのかい』
『別に。でも予想は出来た事だろう?』
思念での会話。キリカからの返事に杏子を奥歯を噛み締めた。
ナガレも似たような気分になっていた。
魔法少女と少年の視力は、数キロ先の光景を手近なものとして捉えていた。
水槽を観察するように、三人は一軒の家を見ていた。
洋風の大きめの家にも夜の明かりが灯っていた。
一階の窓からは、内部の様子が見えた。
食卓を囲んで笑う、三人の少女の姿が見えた。
温かみのある橙色の髪の少女と、深水を掬ったような青髪の少女がいた。
その二人に囲まれるように、黒い短髪の少女が輝く笑顔を見せていた。
少女達の前には複数の種類の豪華な料理が並んでいる。
その趣に、ナガレと杏子は見覚えがあった。
そして何よりも、黒い髪の少女の外見は。
「私、だね」
かずみは呟く。
髪の長さこそ違えど、そこにいたのは紛れも無くかずみであった。
幸せそうにするもう一人の自分を、彼女がどう見ているのかは背後に立つ二人は分からない。
「大丈夫か」
ナガレは歩み寄り、傍らに立ってそう聞いた。
無力な言葉であり、これが正しい言葉遣いなのかも分からなかった。
それでも彼は声を掛けた。
杏子は立ち尽くすしか出来なかった。
ナガレと同じ言葉しかかずみに掛けられそうになく、その後の言葉も紡げそうにない。
「うん」
杏子よりも一歩を踏み出した彼に、かずみは頷きで返した。
「大丈夫」
「そうか」
「うん。だから、もう帰ろう。眠くなってきちゃった」
「ああ」
かずみに同意した彼。振り返るかずみ。
彼女が浮かべた表情は、遠方で今も笑い続けるもう一人のかずみと寸分違わぬ笑顔であった。
そして彼女は「帰ろう」と言った。
彼女の云う家とは、ナガレと杏子と共にあることなのだろう。
彼女の紅の眼差しは、そう二人に訴えているようだった。
二人の内心を察し、そして気遣うことが出来る少女だった。
高空から身を翻したかずみを、ナガレと杏子は従者のように後を追った。
少し遅れて、キリカも飛翔した。
「世知辛いね」
彼女の呟きは夜風に紛れ、夜の中に蕩けて消えた。
『起きてるかい、相棒』
『ああ』
拠点に戻り、ナガレと杏子は横たわりながら思念を交わす。
向かい合わせた二つのソファをベッドとし、それぞれが羽織った毛布の中にいた。
かずみはと言えば、廃ビルのフロアの一角を占めるくらいに大きなベッドの上にいる。
白いブランケットを身体に包んで眠る彼女をキリカが優しく抱き、彼女自身も寝息を立てて眠っている。
その様子は妙に様になっていた。
曲りなりにも、愛という存在に重きを置く魔法少女らしい。
かずみを抱くその様子は、キリカ自身の母によく似ていた。
『意外な長所だね』
杏子は素直に認めた。
相手の美点を認められるのは良い事であると彼が思った一方で、随分と弱っているという事が分かった。
マグロ三尾を喰い尽くした食後、かずみは外に行きたいと言った。
そうして辿り着いたのが先のビルの屋上だった。
彼女の視線の先を見た時、二人はかずみが自分の存在が何たるかを認識したことを知った。
不在の間に、キリカが教えたのだろうと思った。
考えてみればキリカは至る所でトラブルを起こしており、故に情報通なところがあった。
かずみの事も知っているのはおかしくない。
少し考えれば分かる事だった。
分かろうとしなかったのか、頭が足りな過ぎたのか。
しかし知っていたとして、黙っている事が良い事なのか。
何をとっても分からない。
思考には黒々とした虚無が渦巻き、考えを紡ぐことを拒絶する。
杏子の思考は杏子自身に苦痛を与えた。
身体が実際に切り刻まれる痛みには慣れている。
過去の罪からの罰を欲し、心は常に拷問を受け続けているような苦痛に苛まれている。
だが、それらは自分の事だから耐えられる。
故に、他人の境遇を想って去来する苦痛は処理が出来なかった。
未知の苦しみとなり、杏子の心を苛んだ。
それは業罰を求める苦痛とは別種の存在であり、彼女はそこからの逃避を求めた。
それが卑しく浅ましい行為であると知りながら。
傍らにいる、依存心の対象へと縋る事を選択した。
『こんな時に……なんだけどさ』
『何だよ』
『あんたの話、聞きたいんだ』
『例えば?どんなのが聞きたい?』
杏子の言葉にナガレは応じていた。
ロクでもない記憶と経験ばかりだが、彼女の気晴らしになればいいと思っていた。
『かずみ、みたいな……生まれ変わりっていうのが、あんたの記憶の中にあったら教えて欲しい』
『…分かった。だがよ、ご期待に添えられる感じじゃねえぞ』
『構わない。頼むよ、相棒』
彼は再び、分かったと言った。
『昔、平和とか誰かの為を思って戦う事を選んだ奴がいた。まぁ、そいつの興味本位ってのもあったんだろうけどな。兎に角そいつは戦いを選んだ。それで戦い続けて、仲間と世界を護る為に死んだ』
『…一種の英雄、ってやつか。それが生まれ変わったってのかい』
『ああ』
彼の思念は苦々しさを滲ませていた。
『そいつは生まれ変わった。外見はそのままで、そして戦い続けた。いや、違ぇな』
『そいつは、どういう』
言いながら、杏子の背筋が凍えた。
彼女の脳裏に、真紅の巨体が浮かび上がっていた。
岩塊の様な装甲、怒髪天を突くような複数の大角、そして宇宙さえも圧する巨体。
『戦いじゃなくて、そいつがやってたのは虐殺だ。宇宙規模のな』
異様な発言に、杏子は息を呑んだ。
彼が属する世界の事象を、改めて垣間見させられてた。
『星みたいな大きさの戦艦型ゲッターで片っ端から惑星を攻め滅ぼして、子供も女も皆殺し。星を腐らせる兵器を嬉々として使いまくる奴になっちまった』
嫌悪感と共に告げる。
杏子の脳裏では、彼の言葉が曖昧ながら映像として描かれていた。
今いる世界と心が切り離され、その戦場を遠く眺めているかのような感覚が杏子を襲う。
異界の事象に完全に心が引かれないのは、傍らにいる依存の対象と、遠くで寝息を立てる守るべきものがいるからだ。
『それでだ、そいつを作っちまったのがその世界の』
『分かったよ。ありがとさん』
その先の言葉を聞きたくはなく、彼女はナガレの思念に割り込んだ。
彼としても逃げでは無いが言いたくはない事柄だった。
何より、聞きたくないのであれば言わない方がいい。
今自分が言った事は、自分で思っても胸糞が悪い事に過ぎていた。
別の世界とは言え、それを行ったのが他でもない自分であるが故に。
そのまま暫く時間が過ぎた。
杏子の呼吸音は、押し殺したような静かさだった。
一方で、鼓動の音は激しかった。
近くにいた彼だけがそれを知った。
手を伸ばせば届く距離。
だから彼は手を伸ばした。
毛布から顔を出した彼の右手に、杏子の左手が指を絡ませた。
触れた体温は、溶鉄のように熱かった。
『吹っ切れたとか、どうでもいいとか…そう思った訳じゃねえけど』
彼の手を握りながら、杏子は顔を伏せながら思念を送った。
今の表情を彼に見られたくないのだろう。
『無駄にスケールがデカい話を聞いて、気分が少し紛れた。なんとか眠れそうだ』
『そうか。ならさっさと寝ちまえ』
『そうするよ』
彼の手に触れたまま、杏子は意識を喪失するように努めた。
時が来れば朝が来る。
朝が来たら、動く必要がある。
その為には休まねば。
精神を破壊するような異界の異常な事象を麻酔とさせ、その上で自らに使命感を架すことで杏子は強引に眠りに就いた。
彼女の意識が消えてから、彼もまた眼を閉じた。
手を離す理由は無く、彼はその状態のまま眠りに落ちた。
にしてもアーク放送から一周年……早すぎる