魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第58話 短い平和は終わりを告げて⑧

「疲れたな」

 

 

 あすなろの街を歩きながら、杏子は傍らのナガレに向けて呟く。

 彼は杏子の声は聞こえていたが、頷きも言葉での同意もせずに前を見据えたまま歩いていた。

 同意は弱音であると思ったからだ。

 杏子もそれを理解しており、不快感は抱かない。

 また今は、依存対象である彼の反応に対する意識が希薄化するほど別の事象に心を削られていた。

 

 時刻は既に夕方になっていた。赤い夕陽が世界を染める。

 赤の光を浴びる人々や建物は、燃え盛る松明のようにも血に染まった亡者のようにも見えた。

 その一群の中に、ナガレと杏子も没している。

 

 しかし二人の心は、今の景色を自分のものとは思えていなかった。

 杏子は垣間見た光景が内心で吹き荒れ、ナガレはそれを知らない空白があった。

 だから彼はこう言った。

 

 

「杏子」

 

「ん…」

 

「かずみの事、教えてくれよ」

 

 

 亡者の群れの一部となって歩きながら、杏子は頷いた。

 そして右手の指をパチンと鳴らす。

 幻惑魔法が発動し、ナガレの意識に杏子の記憶が流れ込む。

 視覚で捉えられる世界に薄く覆い被さる様に、杏子が垣間見たかずみの過去が映し出される。

 

 最初は、和沙ミチルという名の少女の死から始まった。

 彼女に導かれ、魔法少女となった者達が味わった絶望。

 魔法少女の真実、その否定と奪われた命の奪還。

 それが自分たち本位の願望であったとしても、彼女たちは大切な者の命が奪われた事に耐えられなかった。

 自らを救う為にも、彼女たちはミチルの蘇生を試みた。

 

 夥しい数の試作体が造られた。

 それらは番号を振られず、彼女らの本拠地を護る意思なき守護者となった。

 その末に、ある程度の技術が確立された。

 

 それから型番が振られたが、出来た者達は身体の一部が異形化し、性質は狂暴。

 同じ記憶を持っている筈なのに、嘗ての彼女とは異なる生命。

 そして十三番目の個体が完成した。

 

 その意識の発露の瞬間が、ナガレの網膜に視界となって投影された。

 生まれて初めて放たれたのは、憎悪の叫びだった。

 初めて目にしたのは、先んじて生まれた自分の同類たち。

 

 それらに向けて、十三番目のかずみは襲い掛かった。

 手足を捥ぎ取り、首を圧し折り、腹を手で貫いて内臓を引き摺り出し………そして、喰らう。

 血の一滴も肉の一欠片も、細胞の一粒も漏らさないように喰らっていく。

 

 他の個体の抵抗を捻じ伏せ、二人の知るかずみは無数の同類を捕食し続けた。

 どれほどの時間が経過したか、動くものは絶えていた。

 そこで視界が暗転した。

 破壊され尽くされた回廊から、退廃の雰囲気が滲む街並みへと変わった。

 ナガレにはその光景に見覚えがあった。

 風見野の景色であった。

 

 やがて雨が降り注ぎ、身体に冷気が満ちていく。

 一糸纏わぬ身体で、人の視線を避けながら薄汚い路地裏の中へと進む。

 ビル同士の隙間に身を埋め、拾った段ボールを重ねて簡易的な居場所を設けた。

 

 他に何もする気も無く、何が出来るとも思えずに、少女は雨音を聞きながら体育座りをしていた。

 ふと、少女は視線を見上げた。その様子もまた、ナガレは主観として見ていた。

 赤い瞳の先に、こちらを見つめる黒髪の少年と赤髪の少女の姿があった。

 そこで、杏子の幻惑魔法は終わった。

 視界に重なる景色が消え失せ、現世の光景が目に浮かぶ。

 

 時間にして約五分。

 鋭い感覚によって、視覚に被せられた映像があったとしても彼の歩みは滞らなかった。

 しかし、彼にはそれまでの時間が非常に長く感じられた。

 杏子が見たかずみという存在の記憶は、長い旅をしてきた彼をしても重苦しいものだった。

 

 

「辛いよな、あいつ」

 

 

 杏子はそう言った。

 溶けて固まった、鉛のように重い声だった。

 ナガレは奥歯を噛み締めた。

 どう返していいか分からない、自分の不甲斐なさとかずみという少女が背負った理不尽への怒りであった。

 

 

「どうする?これから」

 

 

 杏子は問うた。

 それが逃げである事は分かっていた。

 答えは自分たちの中には無い。

 それはかずみが選ぶべき事だった。

 しかし、自分達も何かをすべきであると思っている。

 それが何だか、全く以て分からない。

 

 

「答えになっちゃいねぇが」

 

 

 ナガレは口を開いた。

 街の雑踏に紛れながらも、その声はよく聞こえた。

 

 

「俺らがあいつの保護者なら、あいつの傍にいてやる事は出来るだろうよ」

 

 

 言いつつ、ナガレは不甲斐なさに奥歯を噛み締める。

 一方で、杏子も似たような感慨と安堵を感じていた。

 相棒が答えを出した事に、依存心にも似た安心感を覚えたのだった。

 

 そのまま無言で二人は歩いた。

 街の中心部から少し外れ、物寂しい雰囲気の地域へと侵入していく。

 風見野の全体像に似た、それでも風見野よりは活気のあるその地域には廃ビルが複数並んでいた。

 その内の一つの裏手に回り、周囲に誰もいない事を確認してからナガレと杏子は地面を蹴った。

 ビルの二階の窓まで一気に跳び、壁を掴んで片足を付けて身を固定。

 そして窓を開けて内部へと入る。

 

 既に夜となっており、窓辺付近に設けられた階段には闇が溜まっていた。

 その室内に入った時、二人は異変に気付いた。

 顔を見合わせ、階段を一気に駆け上る。

 生活の拠点であるフロアまで上り、扉を開いた。

 途端に、二人の鼻先を匂いが掠めた。

 それは鉄錆と潮の香り。

 生き物の身体の中身から発せられる臭気であった。

 

 


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