魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第58話 短い平和は終わりを告げて⑦

「すいませんすいませんすいません!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいい!!!」

 

 

 床に平伏し、何度も何度も謝罪の言葉を繰り返す少女がいた。

 白いローブを纏った上半身に黒いミトンで覆われた両手、ボディラインが浮き出た黒い衣装に白いタイツ。

 日常では見かけないメルヘンチックな衣装は、彼女が魔法少女である事を示していた。

 謝罪と連動しての頭の上下は、魔法少女特有の身体能力も相俟って残像さえ発する超高速となっていた。

 少女の背後には黒い布袋が置かれていた。

 内部にいるものが動き、芋虫のようにもぞもぞと蠢いている。

 

 

「お話を聞く限り戦端を発したのは黒江さんで、こちらが全面的に悪いのは分かります!でも悪気はなかったハズなんですってああごめんなさい!言い訳してごめんなさい!罰するなら私を罰してください!黒江さんには何卒慈悲を…」

 

 

 少女の前にはニコが立っていた。

 それより背後に、少々の間を置いてナガレと杏子が立っている。

 場の雰囲気は沈痛さで満ちていた。

 白いローブの少女の発言から襲撃者の名前は「黒江」と判明した。

 杏子と黒江の間では未だに殺意の糸が結ばれているが、一応の戦闘終了ということもあり、杏子はその黒江の仲間には悪印象を持たなかった。

 

 しかし無論と言うべきか、かずみへ甚大な苦痛を与え、杏子が報復として土手っ腹を破壊してやった桃と黒のローブの少女には恨みを持ち続けている。

 それはそうとして、といった視線で杏子は少女を見ていた。

 だが加害者であるが故に何も言えず、対応をニコに任せている。

 杏子の相棒であるナガレはそもそも魔法少女ですらなく、完全に蚊帳の外だった。

 ただ少女の発言に耳を傾け、新しい固有名詞等を覚えようと努めていた。

 

 

「いいよ、別に。施設はあとで私の魔法で直すからさ」

 

 

 気にしてなどいない、そんな口調だった。

 多少思うところはあるのだろうが、それはニコの本心だった。

 しかしその口調に裏があると思ったのか、白い少女は顔を引きつらせた。

 ローブの裾で眼が隠れていたが、裾から覗くぱっつん髪は委縮したように震えていた。

 

 

「ほんとにほんとにごめんなさい!!こんな事、都合が良過ぎとは思いますけど今後ともよき協力関係をと環さんも仰ってましたので何卒解析と技術供与は継続してくださいおねがいします私も微力ながら粉骨砕身してこの身を捧げますから何卒…」

 

 

 タマキ…と杏子は内心で呟いた。

 それがあの女の名前かと、彼女は報復心を漲らせたのだった。

 その様子にナガレも気付いた。

 今回の戦闘は止められたが、次回はどうなるか。

 それでも止めなければいけないのだろうなと彼は思った。

 

 

「その辺りは今回の件とは無関係、ということにするから大丈夫だよ。ええっと」

 

「黒です!私の名前はそれで構いません!なんなら匿名希望とか「ここに名前を入れてください」でもいいですから!私なんてモブ以下の空気で背景なので…」

 

「そっか。じゃあ黒さんや、早いとこ帰宅して君たちのリーダーである環いろはに無事な顔を見せてあげなよ」

 

「え、でも今回の損害は」

 

「いつも餌を届けてくれてるだろう。それで十分さ。報酬は今度人を出して送るからさ」

 

 

 ニコと少女、彼女曰くの黒との会話を風見野の二人は眺めている。

 杏子は環いろは、黒江の名前を魂に刻み込んだ。

 ナガレは名前を覚えつつ、相棒の暴発といつか必ず訪れる激突の際の制圧方法について考え始めていた。

 

 

「そ、それでは私達はここで……」

 

「うん。気を付けてお帰り」

 

 

 ばいばーい、とニコは手を振った。

 深々と頭を下げてから、黒は黒江が入れられた袋を担いで背後の大きな扉から出ていった。

 歯車が模様のように刻まれた大きな扉が閉まると、外界から遮断されたかのように黒と黒江の気配も消えた。

 今頃はこの施設の外にいるに違いない。

 今いる場所は杏子達が入ってきた位置とは異なっている。

 魔法を用いて、ニコが造った出口であった。

 破壊された施設はすぐに直せる、というのは事実らしい。

 

 

 

 

 

 

「さて、あたしらの話をしようか」

 

「ああ」

 

 

 杏子の言葉にニコは同意した。

 そのまま三人は少し歩いた。

 歩いた先、暗い部屋へと辿り着いた。

 黒江と杏子が凄惨な交差を繰り広げた場所だった。

 鎖や首輪の残骸、そして木箱の破片が散乱している。

 光はなく、闇と破壊で満たされた部屋だった。

 そしてこの部屋の中には、見知った者の気配が染み付いていた。

 

 

「ここがあいつの故郷か」

 

「否定するほど間違ってはいないよ」

 

 

 淡々と、しかし疲労感の滲んだ声でニコは言った。

 

 

「落ちてる首輪の数、ざっと十二個ってところか」

 

「そうだよ。君たちの保護したかずみは、十三番目のかずみだ」

 

「それだけじゃねえだろ」

 

 

 冷たい声で杏子は言った。

 声に滲むのは理不尽への怒り。

 

 

「ああ。ナンバリング以前に、夥しい数を試作した」

 

「へぇ。で、その試作やナンバリングとやらは今はどうしてる?」

 

「十三番目のかずみが脱走した際、現存していた個体は全て彼女に捕食された。骨のひとかけら、肉の筋一本残さずにね」

 

「なるほど。あいつのマントで蠢いていたのはそれかい」

 

 

 狂気としか思えない事実に対し、杏子は努めて声を抑えていた。

 心の中では、血みどろの感情が荒れ狂っている。

 

 

「だから失敗作か。ていうかさ、失敗や成功の基準てなんだよ?」

 

 

 この問いはナガレのものである。

 彼も抑えてはいた。恐らく、杏子がいなければ彼も切れていただろう。

 

 

「元の彼女。和沙ミチルの完全なる蘇生だ。或いはその人間性に限りなく近い存在の誕生を、私達は成功例と定義している」

 

「そいつは難儀なこった。で、あのかずみをお前らはどうしたいんだ?」

 

「現状維持で構わない。私達は彼女を処分しようとは思っていない」

 

「そうかい。じゃ、あいつはこれからも俺達の仲間だ。もし気が変わってあいつを始末しようってんなら」

 

「あたしらが相手になってやる」

 

 

 ナガレの言葉を杏子が引き継いだ。

 闇の中、苛烈な二条の視線がニコへと向かう。

 ニコは黙ってそれを受けた。

 虚無の表情を浮かべた右頬に、一筋の汗が伝わった。

 

 

「言えた義理では無いのだが」

 

 

 苦痛を堪えるようにニコは言う。

 

 

「彼女の事を、よろしく頼む」

 

 

 体を前に九十度角に曲げて、ニコは頭を下げた。

 その態度に、杏子は感情を爆発させかけた。

 生み出しておいて、何を言う。

 ニコへと歩み寄ろうとした彼女の襟を、ナガレの手が掴んで止めた。

 その手を払い、杏子は歯を食い縛る。

 数分が経過し、漸く激情が静まっていった。

 

 

「言われるまでもねぇ」

 

 

 そう吐き捨てる杏子。

 ナガレとしても同意見だった。

 今も頭を下げ続けているニコへと背を向け、二人は元来た道を戻り始めた。

 今度は邪魔が入る事も無く、二人はプレイアデスの本拠地を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二時間が経過した。

 二人の気配が消えたが、ニコは闇の中に佇んでいた。

 さらに一時間が経過した後、彼女は口を開いた。

 

 

「成功例なら、既にいる」

 

 

 その呟きの直後、ニコのポケットで振動が生じた。

 着信により震える端末を手に取り、通話を開始する。

 

 

「ああ、海香先生か。こちらはトラブルがあったが無事だ。うん、そうそう。私も後で行く。そうだね、私達は今後の事を話すとしよう」

 

 

 ニコは淡々と話していた。

 顔に宿るのは虚無の表情。それがふと、感情の波紋を帯びた。

 それは罪悪感と喜びが、奇妙な配分を見せて描かれたものだった。

 

 

「料理に期待していると、彼女に伝えておいてくれ。って途中で変わってたのか。受話器を奪うとは中々に活動的だな」

 

 

 苦笑交じりにニコは言う。

 そして、こう言った。

 

 

「改めて言うが、今日も料理に期待しているよ……ミチル」

 

 

 チャオ、と加えて、ニコはその通話を終わらせた。

 

 

「成功例は、一つだけ……か」

 

 

 通話から数分後、彼女はそう呟いた。

 その身と心に宿るのは、耐えがたい罪悪感と幻の痛み。

 この闇の部屋に囚われていた者達の遺した気配が微細な無数の針となって、自分の細胞の一つ一つを刺し貫いているように感じられた。

 

 


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