魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「デデデーン♪らったーららたーらららんたたんらららん友人ららららんららんららららららん♪大雪山♪」
廃ビルの中、謎のメロディを口ずさみながら私服姿のキリカは躍る。
両手は何かが詰められた、大きなタッパーを持っていた。
中に入っている物体は、銀色の光沢をしていた。
五センチ程度感覚に切り刻まれていたが、それは何かの装甲に見えた。
「友人早く帰ってこないかな♪好物を用意してやったんだから♪佐倉杏子も帰ってきたら嬉しいな♪死体になって戻ってきたら嬉しいな♪」
「呉キリカ。随分と元気だねぇ」
躍るキリカの近くのソファに座るかずみはそう言った。
キリカの舞踊は彼女の気分次第の気紛れな動きのそれだが、妙に様になっており、かずみはそれに魅入られていた。
特に本人が気にせずとも、何かしらの美を発露してしまうのはこの呉キリカという少女の特徴であり長所だろう。
「そりゃあもう!虎型っていうかデストワイルダー似の魔女モドキを探すの、すっごい苦労したんだからさ!」
「あー…だからあんなに沢山歩いたんだね。何体くらい倒したの?」
「んー…十五体くらいかな。人型してて装甲も分厚いから技の実験台にも最高なんだ。直ぐ死なないから色々と試せる」
邪悪に過ぎるキリカの言葉に、かずみはふーんと呟いた。
彼女の脳裏では、直立歩行した白銀の虎がキリカに首を喰い千切られ、狂った笑い声を挙げる彼女に追い廻されて殴り潰され、また赤黒い触手で全身を引き裂かれて破裂させられる光景が浮かんでいた。
破片となったそれらの一部を回収し、タッパーに詰めていたキリカはその際、
『これが女子力ってヤツかな?』
と返り血を浴びた貌でかずみに問い掛けていた。
きっとそうだよ、と空気の読める性格のかずみはそう応えていた。
その返事に満足し、キリカは次の狩場へと赴く。
そんな事が十五回も繰り返されていた。
「まぁ、今日はいい勉強になったね。新しい技にもだいぶ慣れてきた」
流石私ってば大天才。
彼女はそう締めくくった。
確かにそうだろう。
戦闘のセンスと残虐性、そして狂気という意味で。
「ところでかずみん、まだ思い出さないかい?」
「?」
舞踏を止め、キリカは問うた。
かずみは首を傾げ、ようとしたが、その動きをキリカの右手が止めた。
今にも壊れそうなものを扱うような、厳かな手つきだった。
「逃げちゃ駄目だ」
キリカは告げた。そして彼女の顔をじっと見た。
身長的には、キリカの方がかずみよりも二センチは低い。
ほんの少しだが、キリカはかずみを見上げる形となっていた。
「よく思い出すんだ。今日の私の姿を、私の技と声、そして動きを」
キリカの黄水晶の瞳が輝く。
乗せられているのは彼女の魔力。
速度低下魔法が発動し、かずみの全身を包み込む。
遅滞する感覚の中、かずみは思考した。
それしか出来なくなっているからである。
考えて考えて、記憶の中を辿った。
何も無い記憶。
その中を探っていく。
その感覚は、一度経験していた。
ナガレが彼女に対し、「ミチル」という名で呼んだその時に。
かずみが思考している間、キリカは近場に置いてあったものをかずみに手渡していた。
肉体の反射で、かずみはそれを握り込んだ。
瞬間、欠落した記憶の闇で覆われたかずみの脳裏に、闇ではないものが浮かんだ。
それは闇の様な黒だった。その黒は、片目を眼帯で覆った奇術師風の姿をしていた。
眼の前の少女と酷似した姿だった。それが美しい声で、悍ましい叫びを上げながら両手から生やした複数の斧を振っていた。
赤黒い光を纏った武装が振られる度に、複数の手足が飛んだ。
小さな少女の部品であった。
手足に加えて、弾けた血肉と体内の臓物や首も飛んでいた。
跳ね飛ぶ首。
その形は。
「おめでとう」
現実のビジョン。
かずみの眼の前の呉キリカは微笑んでいた。
光り輝く春風の様な笑顔だった。
口の端からは一筋の血が垂れていた。
血の線は面積を増やし、可憐な唇の隙間から滝となって吐き出された。
「キリカっ!?」
かずみは叫んだ。その時に、かずみは気付いた。
自分の両手が握り込んだ包丁が、キリカの胸を貫いている事に。
豊かな膨らみの隙間に薄い刃が通り、胃と心臓を貫いていた。
後退しようとしたかずみの手を、キリカの手が掴んだ。
そしてあろうことか、自分に向けて引いた。
包丁の切っ先がキリカの身体に沈み込み、傷口からも大量の血が滴る。
血は、キリカが何時の間にか床面に敷いていたビニールシートの上で跳ねた。
「向き合うんだ、かずみん」
血を吐きながら、それでいて微笑みながらキリカは告げる。
その表情はまるで、我が子を抱く母のよう。
「自分の感情、いや、本能に従うといい。君の本能は、私をどうしたいと思ってる?」
キリカの言葉に、かずみは内心を探る。
即座に分かった。
キリカに対して自分が抱く感情は、どす黒い殺意。
認識した瞬間、かずみの手は勝手に動いた。
キリカから包丁が引き抜かれ、直後に腹に突き刺された。
変身せずとも弱い魔法少女程度はある、とキリカは評した。
その通りに、かずみの突き刺した包丁は根元までキリカの体内に埋まった。
手首が捻られ、キリカの傷が拡大。
広がった傷口からは、切断された腸が零れた。
血と臓物の酸鼻な臭気が室内にさぁっと波のように広がった。
「違う…違う!」
かずみは否定の言葉を叫ぶ。
対して、彼女の手は動く。
凶器が引き抜かれ、再度突き刺される。
それが何度も何度も繰り返される。
キリカの身体の前面は、瞬く間の間に傷で覆われていった。
左の乳房が切断されかけ、内部に詰められた脂肪の層を露わにしながら、皮一枚で垂れ下がる。
「違わない」
傷だらけになりながらも、キリカは微笑んでいた。
痛覚遮断は用いていない。
このくらいの痛み程度では、彼女の表情を変えることは出来ないのだった。
「そしてなんてことはない。これでも御相子には足りない」
キリカの黄水晶の瞳に、寂寥が掠める。
それは憐憫と、後悔の色が映えていた。
次の瞬間、キリカは左手を振った。
右手は既に、肘の辺りで切断されて足元のビニールシートに落ちている。
キリカから溢れた血によって、三分の一程度が血の中に沈んでいた。
跳ねる血の中に、キリカ以外のものが混じった。
それは、かずみの右頬から生じていた。
キリカが振った左手。その手首から一本だけ生じさせられた斧が、かずみの頬を薄く切り裂いていた。
「すまない、かずみん」
キリカは謝罪した。
深い罪悪感に満ちた口調だった。
「荒療治だが、君の記憶を思い出す事に役立ててくれ」
それが、かずみが聞いたキリカの最後の声だった。
自らの負傷に、かずみは彼女は叫んでいた。
傷の痛みと恐怖が、それまで理性で押し留められていた殺意を解き放った。
叫ぶかずみの手は、包丁を手放していた。
先程よりも厚みを増した血の層の中に包丁が沈む。
そしてかずみの両手は、キリカの腹と胸の傷に侵入してた。
手首まで一気に沈ませ、指先が触れた臓器を思い切り掴み、そして引いた。
傷だらけのキリカの身体から、血塗れの内臓が引きずり出される。
湯気を立てるそれに、かずみは歯を立てて喰い千切り、そして咀嚼し始めた。
自分の内臓が貪り食われる光景を、呉キリカは血塗れの顔で、それでも微笑みながら眺め続けた。