魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第58話 短い平和は終わりを告げて

 昼過ぎのあすなろ市内。

 薄い雲が生じ、仄暗くなった街中をナガレと杏子は歩いていく。

 平日の昼であったが、大通りを歩く人並みは多い。

 活気に満ちた街であった。

 だから、二人の会話も喧騒に紛れた。

 その出だしは、この一言だった。

 

 

「失敗作。確かにそう言ったんだよな」

 

「ああ」

 

 

 杏子の問いをナガレは肯定した。

 数日前の戦闘にて、かずみを知っていると思しき魔法少女が告げた言葉だった。

 

 

「殺して、っても言ってた」

 

「ふざけやがって」

 

「ああ、ふざけてやがる」

 

 

 淡々とした口調で、表情は共に無表情。

 つまり切れる寸前という事である。

 

 

「で、あたしらはあのクソガキがほざいてた、そのクソみてぇな事をバカな頭で考えなきゃならねえな」

 

「まぁな。暴れるのは楽だがよ。それじゃ話が進まねぇ」

 

 

 共に息を吐き、思考を切り替える。

 

 

「あんたの見解はどうなんだい?」

 

 

 杏子の問い掛けは、年上のものに対する趣があった。

 これまでの経験で、何か思い当たる事は無いか。

 杏子はそう言っているのだった。

 

 

「失敗作って言葉からは、確実な事が一つだけ分かるな」

 

「…あいつは、かずみはあいつらに」

 

「造られた、ってことだろうよ」

 

 

 忌々し気にナガレは言う。杏子もまた、苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。

 しかし止まる訳にもいかず、思考を続ける。

 

 

「失敗作ってこた。完成があるって事だろ」

 

「言葉通りだね。で、完成ってのは?」

 

「例えば武器だ」

 

「嫌な例えだな」

 

「全くだ。でもよ、そうだとしたら申し分ないよな」

 

 

 杏子は頷く。

 苦々しい表情は、なおも二人から消えることが無い。

 かずみを武器として認識することの忌避感である。

 

 

「暴走するから失敗作、って感じでもねぇ。あれはかずみ自体をそう言ってやがった」

 

「それは雰囲気でそう感じたのかい?」

 

「ああ」

 

「なら信頼できるな。あんたはそういうとこは妙に鋭い」

 

 

 歩みが止まる。赤信号の交差点に差し掛かったからだ。

 

 

「そういえばかずみに喰われてた、あの調教師女はそもそもかずみを見て驚いてたね」

 

「生きてたのが信じられない、って感じだったか」

 

「てこたぁ、あいつらはかずみを捨てたのか」

 

 

 ナガレは吐き捨てる。

 脳裏に浮かぶのは、風見野の路地裏で即席の雨避けを作って座っていた裸体のかずみの姿。

 

 

「…ヤバい」

 

 

 杏子はそう呟いた。

 声は震えていた。

 

 

「あん?」

 

「キレそう」

 

「ああ、俺もだよ」

 

 

 青信号になり、二人は歩みを再開した。

 

 

「少し脱線するけど、いいかい?」

 

「構わねぇよ。寧ろ頼む」

 

「ありがとよ。ついでにもう一つなんだけどさ」

 

「なんだよ、相棒」

 

「少し、っていうか気持ち悪い言い方になるけど大丈夫?」

 

「早く言えよ。そういうのは我慢すんな」

 

 

 ナガレは続きを促した。杏子は頷いた。

 

 

「あたしさ…あの子の事、家族だと思ってるのさ」

 

「それの何処が気持ち悪いんだよ」

 

「気持ち悪いじゃねえかよ。他人を家族だなんて」

 

「それだけ大事だって事だろ。こんなやり取りはさっきもあったけど、あんま卑屈になりすぎんなよ」

 

「それがさ、少し違うんだよ」

 

「ああ?」

 

「あたしにとって、あの子は子供みてぇなものなのさ。腹を痛めて産んだ、あたしの子供」

 

「へぇ」

 

 

 少し驚いたが、彼は間を置かずに返した。

 沈黙は否定と捉えられそうだと思ったからだ。

 

 

「そいつはおかしい事なのか?」

 

「おかしいだろ。大事にするって言っても過剰すぎるし、あたしも孕んで産める歳で機能もあっけどあたし本人がクソガキもいいとこだ」

 

 

 自分で発した言葉と思考に嫌悪感を滲ませながらも杏子は語る。

 女にしか出来ない思考で、命を紡ぐ行為も女にしか出来ない故に男である彼は黙って聞いている。

 その沈黙は否定と思わず、杏子は更に続けた。

 

 

「でも、あいつに関してはどうしてもそう思っちまうんだ。あの子はあたしの子。あたしから産まれて、だからあたしの近くにいる」

 

 

 杏子は内心を素直に吐露した。顔には苦痛が滲んでいた。

 

 

「笑っちまうよな。気持ち悪いよな。考えもそうだし、あたしはそもそも命を残す資格もねぇし、そもそもしたくもねぇってのにさぁ…」

 

 

 杏子の言葉は血が滲んでいるかのようだった。

 

 

「それでもさ。何でか知らねぇけど本能が疼く。大事にしねぇとって、この子はあたしの子供なんだって、そんな妄想だか欲望だかが込み上げてきやがるんだ」

 

 

 そこで杏子はナガレに顔を近付けた。

 

 

「可笑しいだろ?なぁ、笑えよ相棒。笑ってくれよ」

 

「お前、本当に笑って欲しいのか?」

 

「じゃあ、あんたはどう思うのさ。あたしのこの、トチ狂った母性本能」

 

「分からねぇよ。俺は女じゃねぇんだから」

 

 

 下手な返しだなと彼は思った。

 しかしながら、杏子は笑った。

 彼の返事が理屈的に苦しいところと、彼の困惑した態度が気に入ったのだろう。

 

 

「あー、そういやそうだっけ。悪いね、忘れてた」

 

 

 喉を見せて笑いながら、杏子はそう言った。

 対するナガレの顔には苦み。

 

 

「お前な…」

 

 

 この外見になってから長いが、慣れてはいつつも気になるのだろう。

 当然の事ではあるのだが、最近の彼はこの見た目に慣れ過ぎていたからいい薬である。

 笑う杏子に対し、彼もまた苦笑いではあるが笑い返した。

 少しの間ではあるのだが、冗談を交えた事で互いの心の中に浮かんでいた荒波が僅かに鎮まっていた。

 だからか、杏子はこう提案した。

 

 

「ネカフェ出たばかりだけど、またどっかに入るかい?雨も降りそうだしさ」

 

 

 空は薄曇りから曇天へと変じていた。

 雨は嫌いでないし多少は平気だが、確かに何処かで休みたかった。

 ナガレは街中で視線を動かした。

 黒い瞳の先に、一つの建物があった。

 それはあすなろの観光ガイドにも載っていた。

 そして彼の今までの人生の中で、訪れた事も無い場所だった。

 

 

「あそこなんてどうだ?面白いかもしれねぇぞ」

 

 

 杏子もそこを見た。ナガレが指さした先にある建物を視認し、彼女は思わずため息を吐いた。

 

 

「組んで長いけどさ。あんたのセンスってよく分からねえな」

 

 

 そうは言いつつも、杏子は笑っていた。

 先程のため息も、半分は呆れだがもう半分は期待だった。

 歩む矛先を決めた時、空から雨が降り出した。

 それを合図にして二人は走った。

 

 敷地内のタイルを蹴り、風のように走る。

 途中から競争となっており、激烈なデッドヒートが展開された。

 扉の少し前で、即席のレースは終わりを告げた。

 入り口で人に接触しない為である。やはりというか、基本的には善人である二人だった。

 そして二人は木製の大きな扉を開け、小さなお城を思わせる洋風の建物へと入った。

 

 建物の入り口にあった名前は『Angelica Bears』。

 あすなろ観光ガイドによれば、テディベアの博物館とのことだった。


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